ハーレイ!
ハーレイ!!



悲鳴にも似たその叫びが、身体を突き抜けた。
鋭い刃物でもあったかのように強い痛みを感じ、ハーレイは思わず胸を押さえる。

「どうしたんだい、ハーレイ?」
「悪いが先に失礼する」

いぶかしむブラウに短く答えるとブリッジを後にした。
足を速めて、声の許に向かう。

天体の間か。

フィシスさまに逢いに行かれたのだろうが。
こんな時間に、とも思う。

しかし、何故あんな叫びを上げなければならないのか。
共に居るフィシスさまに何かあったのか。
それならば、忠実なアルフレートが真っ先に連絡してくるはず。
彼は何処に?
いや、ブルーならば彼女を抱えて必要な場所に"飛ぶ"…か。

確かに傍にある彼女の思念も、不思議な色をしていた。
困惑……だろうか。
動揺した様子が伺える。
あの落ち着き払った、全てが見えているかのような"女神"が。

解らない事だらけだ。
ハーレイは走り出していた。











青の部屋。
ハーレイはベッドから身体を起こした。

意識を失っているブルーの身体をベッドの中心に据えると、手早く身支度を整えた。
マントを付け終え、視線をブルーに落とす。

幼い寝顔。
額に掛かる柔らかい銀糸を撫でた。
先ほどまでの痴態は、影も無い。

もっと、もっと…と、せがまれた。
何度達しても、ハーレイを手放そうとしない。
狂ってしまわれたのか。
そう思ってしまうほど、ハーレイの与える快楽にしがみつくブルー。

何を忘れようとでもしているのですか。
一時でも、こんな行為にすら縋ってでも逃れたいと思うものとは何ですか。

あなたを庇って死んだ青年のこと?
それとも―――――フィシスさまとのことですか。

無論答えはなかった。

あるはずも無い。
ハーレイはそれらを胸の奥深くに仕舞ったまま、ブルーを抱いたのだから。















―― 在処 ――















深夜という時間にもかかわらず、ハーレイは再び天体の間を訪れた。
流石にアルフレートもいないため、フィシスが出迎える。

足取りに疲れを滲ませる彼に、フィシスはぎゅっと掴まれた様な
胸の痛みを覚えた。

キャプテンはソルジャーと―――――

「ええ……その通りです」

キャプテンの答えに、思わず振り返った。
胸に広がる、皮膚を焦がすような苦しみ。
これが嫉妬……。

今自分はどんな顔をしているんだろう。
彼の瞳に映っているであろう、自分の醜い顔を見れなくて良かったと
盲しいた目に感謝した。

座っても?
問いに人形のように頷くのが精一杯なフィシスにも、腰を下ろすよう促す。

ハーレイは背もたれに身体を預け天井を仰ぐと、ひとつ大きく息を吐いた。
視線を下ろしフィシスを見て、言った。

「単刀直入に聞きます。あなたは何故ソルジャーを受け入れないのですか?」
「―――!」

こんな直線的な物言いで、すみません。
息を呑んだフィシスに言葉では謝るが、真っ直ぐに見つめる目には先ほどの
別れ際の強い光が宿っていた。

「あれほど愛されているのに、何故です?」
「…………わたしは―――――」
「ソルジャーのことを、お嫌いなのではないのでしょう?」
「勿論です」

フィシスはきっと顔を上げた。

「あなたよりもずっと、ソルジャーを―――」
「ならば、どうしてです。何故、彼を拒むのです?」
「キャプテン、あなたには解らないことです……」

あんな風にソルジャーと愛し合えるあなたには。
嫌な感情が胸の奥から、いや、腹の底から湧いてくる。

「それほどまでに、私を憎むほどソルジャーを好いていらっしゃるのなら、
 彼の求めに応じても――――」

求められているのは、あなたでしょう…!

聞いた事の無い大声に、ハーレイは言葉を飲み込んだ。
思わず立ち上がったフィシスも、大きな声を発してしまった唇を指先で押さえている。
驚きながらも、「すみません」と謝る。

「私との行為のことを仰っているのなら、それは杞憂というものです」
「……杞憂…?」
「私は代替品に過ぎない。あなたのね」

あてつけているのかと思った。
ソルジャーの求めに応じられない自分を嗤っているのかと。

「都合のいいときに、たまたま彼の目の前にあった逃げ場所に過ぎないんですよ、私は」

そう言うハーレイから漏れてくる感情に、彼は本気なのだと悟った。
苦くて、ひりひりするように痛い感覚。
それがどこか甘いものを含んでいて。
本気で、ソルジャーのことを想っているのだと解った。

それ程想っているのに、代替品などで良いのか。
彼を独り占めしたくないのか。

フィシスの思念を感じ取ったのだろう。
ハーレイは言った。


どんな扱いを受けても、彼の役に立つのであれば―――私は満足なのです。


きっと今、彼は寂しそうに笑っているのだろう。
フィシスはそう思った。

「ですから、申し上げます。ブルーの伴侶に……どうか、お願いです」

彼の安らぐ場所になって差し上げて下さい。
その眼差しは真剣だった。
見えなくても分かるくらい。

ならば、自分も真剣に答えなければ。
フィシスは「それは出来ません」と答えた。

「わたしには、出来ないんです。多分、この先も―――」

どうして、ともうハーレイは口にしなかった。
はっきりとした理由は分からないが、彼女が言うのならそうなのだろう。
その哀しそうな表情が、彼女の心のうちを現しているようで。

ハーレイは口を噤んだ。
もう、これ以上彼女を責めることは出来ない。
夜分に失礼しました、と席を立つ。

その背中に、ぽつりとフィシスが言った。

「わたしたちが1人であれば良かったのに。キャプテン、あなたの身体が欲しい」
「この、大きくて無骨な身体がですか?」

いけません、とハーレイは目を細めて笑った。
ソルジャーと並んだ所を想像して下さい。
くっくっと可笑しそうに笑う。

「可笑しいですか?」
「似合いませんよ」
「そうかしら?」
「フィシスさま。あなたは―――――」





ソルジャーの魂が帰る場所なのですよ。





フィシスはハーレイの言葉を繰り返す。
魂の帰る場所……?

「そうです。あなたは我々ミュウの女神なのだから。そうソルジャーが決めた」
「………」
「最終的にはあなたの許にソルジャーは戻る。そうでしょう?」

その時に、この私の身体では……!
ハーレイに、再び笑いの発作が起こる。
つられてフィシスも微笑んだ。

扉まで見送る。
非礼を詫びながら、ハーレイは廊下に消えた。
その背中に、聴こえないように呟いた。





そうかしら?
あなたと並んだソルジャーも、よく似合っていると思うのだけれど。

ブリッジでも、この部屋に二人でいらっしゃった時も。
ソルジャーの心から流れてきた、あなたたちの二人だけの時間も。

まるで、二人で一対の人形ででもあるかのように見えたのだけれど。

でもそれは言わない。
教えてあげない。
悔しいから。
やっぱりわたしは、あなたに嫉妬しているから。






















---------------------------------------------------- 2万HTTで頂いたリクです。 「ハレブルの関係に嫉妬するフィシス」だったんですが… すんません…っ! 20070713