五







満倉が障子を引くと、あの薄い茶が出てきた。
手には小さな包み。
白い懐紙から、ぷんと甘い匂いが漂う。
それは南蛮渡来のカステラの匂いで。
コウが笑って手を振る様子に、部屋の奥、朱卓の向こうにいる男が
渡してやったのだろうと晴は思った。
廊下に正座したまま「遅くなりまして」と頭を下げた満倉に、
男が立ち上がる。
まっすぐに3人の元へ歩み寄った。

「コウは粗相をしませんでしたか?」
「いや。ちゃんと相手をしてくれたよ」

その言葉にコウの顔が綻ぶ。
ありがとうな、と薄い茶色の髪を掻き回すと、男は晴の手を取り
立ち上がらせた。

「じゃあ、あたしはここで―――」

満倉も立ち上がり、コウの手を引く。
去り際に晴の肩を軽く叩くと、上がった顔を見つめた。

「晴、しっかりつとめるんだよ」

その言葉を残して、満倉は消えた。










男に導かれるまま、1つだけの朱卓の横に座る。
そのまましばらくボンヤリしていたらしい。

「………俺が怖いか…?」

そう声を掛けられて、はっと我に返る。
とっさに顔を横に振った。
すると、男がにやりと笑う。

「顔が青いぜ?」
「………………」

からかうように笑う男―――自分を買った男を、晴は改めて見た。
年の頃はようやく三十路を超えた頃だろうか。

黒っぽい男だと思った。
精悍な浅黒い肌に、漆黒の瞳と髪、更に薄く肌の透ける麻の黒い着物を
着ている所為だろう。
瞳は黒目がちでくるくると良く動き、とても表情豊かで人なつっこいけれど
切れ長な所為か、どこか涼しげな印象を与える。

黒い着物に覆われた体躯は立派で、大人の男の匂いを放っていた。
太い首に、着物を着ていても分かる盛り上がった肩の筋肉。
袖から覗く腕、それに―――節くれ立った指の剣だこ。

それらが男の素性を表していた。

堅気ではない。
しかも、この男はこれから―――。
その行為に思い至り、びくりと身体が震える。
怖かった。
晴は小さく頷いた。

無言の返答に「…そうだろうな」と呟くと、男は朱卓から杯を取り
口元へ運ぶ。

「俺は多聞という。初めての男の名だ、覚えておけ」

再びこっくりと頷いた晴を見て、ぐいと一気に呑み干し、タンと音を立てて
杯を置いた。
空になったのを見て取ると、晴は卓と同じ塗りの銚子を差し向ける。

「…お酌してくれるのかい?」

そう言って笑った顔に、晴は息を呑んだ。
思わず引き寄せられ、釣り込まれてしまう。
人好きのするとは、こういうものだと思った。

男が杯を煽るのに合わせ、2度3度と酒を注いだ。
微かに震える手はどうにもならない。
それを見て、また男が笑う。





吸い込まれてしまうような綺麗な笑顔なのに、どうしようもなく怖かった。
このまま夜が明けてしまえばいいと、思った。

酌をするだけで済むのなら、この手が例えこの手が上がらなくなったとしても、
どんなことをしてでも酌をし続けるだろう。

触れられず、何もないまま終わればいい。
銚子を傾けながら、朱を見つめながら、晴はそう思った。

そうして。
夜な夜な呼び出される毎に、蒼もこんなことを願ったのだろうかと思った。





晴の目が朱塗りの銚子を見ていないことに、多聞は気がついた。
目では捕らえているが、それを見ているのではない。
頭の中は別のことに囚われている。
手の震えも綺麗に治まっている。

これから生まれて初めて男に犯されようと云うのに、余裕のあることだと
少し腹が立った。
だが気付いた。
"別のこと"ではない。

頭の中は、自分ではない、別の人物のことで占められている…か…。
晴を買うと決めた夜、満倉に告げられたことを思い出した。

――あれには想い人がいる。
――幼馴染みさ。
――しかも、あの鬼子母神のお手つきだよ。
――あんたも見たことあるんじゃないのかい?

ちり。
多聞の胸の奥が、微かに痛んだ。

「お前も、呑むか…」

まっすぐに目を見つめられ、多聞に問われる。
晴はぼんやりとしたままながらも、上げた顔を横に振った。
「そうだな」とすんなりと引っ込めた左腕が、杯を放る。
素早く晴を絡め取り、腕の中に引き込んだ。

「俺も―――酒を呑みに来た訳じゃない」

低く呟くと、顎を取り素早く口づける。
舌先で唇を開き、噛み締められた歯列をなぞった。

同時に右手が襟元から滑り込み、胸を弄る。
すぐに探り当てた突起を抓み上げた。

「…っ!…んっ、…ぅ…っ!!」

晴は両手で多聞の胸を押すが、びくともしない。
逆に腰に廻された腕に、更に深く抱き込まれてしまう。
親指と中指で痛い程に抓まれた乳首の先端を人差し指の腹で擦られると、
刺すような鋭い何かが腰を直撃した。

「んんっ!」

息が零れた瞬間、僅かに開いた歯を割って多聞の舌が押し入ってくる。
歯を立てる事を躊躇っているうちに、深く侵入された。
口蓋、舌の付け根と咥内を蹂躙する。
押し返そうとした晴の舌はあっさりと絡め取られ、舐られるとくちゅ、
くちゅと音を立てた。

「…んぅっ!んん…っ!」

ビクビクと跳ねる身体は押さえ込まれ、身動き出来ない。
他人に身体の中へ侵入される事の気持ち悪さと、口を塞がれたことからくる
息苦しさ、それに胸から這い上がってくるのは―――紛う事なき快感だった。
それらが綯い交ぜになり、晴を内側から責め立てる。

あまりの苦しさに目を開けると、多聞も瞼を閉じていなかった。
あの、人を魅了せずにはおかない黒い瞳が、光っている。
その黒がすうっと細められた。

右手が胸から離れると、一気に裾を割る。
足の間の赤い布を上から掴んだ。

「…勃ってるぞ…」

囁く多聞の唇が、晴のものに触れている。
伝わってくるその振動が、肌を粟立たせた。

形を取っているものの、まだ柔らかい晴のものを多聞が揉み拉く。
視線を落とせば、先端に当たる布が色を変えていた。
頬がかあっと熱くなる。

「助平なんだな、晴は…」

今度は耳だった。
触れられたまま囁かれ、唇の時以上の快感が肌の上を滑る。
身体が震えた。

予想外の快感、それに驚きが晴の目を見開かせた。
―――言葉の意味が分かったのだ。
多聞の唇は、見えないのに。
囁かれた言葉に、震える身体が熱を持つ。

多聞もそれに気付いたらしい。
淫やらしい言葉を次々に零していく。



びくびくしてるぞ。
凄い濡れ方だ。
棹も良いのか。
……舐めてやろうか…?



「…んん…、んふ…っ…ぅ…!」

身を捩るが、胸を押し返そうと突っ張る晴の腕が力を失っていく。
それは次第に多聞の黒い着物を掴んで、縋るような格好になった。

耳を嬲っていた唇が頬を伝い、再び唇を覆う。
ゆっくりと入ってくる舌。
それを晴は受け入れた。




































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