四







夜が明ける前だった。
だが、空は大分明るい。
すぐに朝日が顔を出すだろう。

晴はつるべを引き、井戸の奥底から水を汲んだ。
木桶を両手で高く掲げ、頭の上で逆さまにする。
水を頭から一気に被った。
想像以上の冷たさに、身体がぶるりと震える。

濡れた寝間着が張り付き、晴の身体の線をくっきりと表した。
太股に視線を下げれば、もう有るはずのない頭が見える気がした。
昨夜の様子が脳裏に蘇る。





自分のものを銜えて蠢く、小さな頭。
部屋の隅に置かれた行燈が作り出す淫靡な影が、壁一面に映っていた。

「ぅ…ふ……ん…う…」

まだ幼い少年だった。
見た感じでは10才くらいだったが、本当の年は蒼と同じだそうだ。
それを口にした満倉は行燈の向こうで壁に寄り掛かっている。
彼女は少年を"コウ"と呼んでいた。

白地に藍の模様の浴衣は、寝間着だろう。
四つん這いで、座った晴のものを口にする行為の所為か着崩れ、襟足や裾が大きく
開いてしまっていた。
そこから覗く抜けるように白い肌は、蒼のものと同じで。
色が抜け落ちてしまったような薄い茶の髪といい、蒼と同様の出自なのだろう。

真っ白なその肌には―――沢山の赤い痕が散っていた。
気付いて驚く晴に満倉は艶やかに笑ってみせるが、答える素振りはない。

けれど―――晴は視線を落とした。
枯れ葉のような茶色の髪が上下する。
この子は…。

躊躇いもなく男のものに舌を這わせ、あっさりと口に含んだ行動。
自分の背筋を這い上がってくる、抑えきれない程の快感は間違いなく彼の舌と口が
生み出すもので。
コウと呼ばれた少年が、こういう男同士のまぐあいに慣れていることは事実だった。
それも奉仕し、抱かれる事に―――そう、蒼と同じように。

もう一度満倉を見上げようとして、一際大きな快感に呑み込まれた。
堪えきれずに精を放つ、コウの口の中に。

「………―――んっ…ぅ…!」

吸い上げられて、身体が跳ねる。
放ったばかりなのに、コウは離れない。
腰を引く晴を追いかける。
その口戯の巧みさはすぐに晴に勢いを取り戻させた。
止せと肩を押すと同時に、満倉の声が響く。

「お止め、コウ」

コウは、顔を上げた。
晴は息を呑む。

着崩れた浴衣から覗く胸元の白さと、対照的な赤い吸い痕。
華奢な鎖骨と、薄い胸。
緩く括られた帯の下からは、胸元に劣らない白さの太股が露わになっている。
その奥のささやかな果実も。

なんて―――淫やらしい…。

細い手を括って、足を開かせて。
組み敷いて、存分に啼かせてみたい。
晴ですらそう思うのだ。
男色の気の有る者なら、堪らないだろう。

でも。
やはり色の薄い瞳には、生気がない。
虚ろな茶色い穴のようだ。

この子は、こうやって生きてきたのだ。

唐突にそう思った。
全てを諦めて、受け入れて。

どれだけ、涙を流したのだろう。
どれほど泣けば、こんな瞳になるのだろう。

幼い白い顔が、蒼と重なる。
彼も抱かれるときはこんな表情をしているのだろうか……。
きゅっと胸が痛んだ。

襟元を掴んだ晴の目の前に、満倉が現れる。
赤い唇が動いた。

「今度はお前がコウのものを銜えるんだ。舌や口の使い方は今見ていたろう?」

同じようにしてごらん。
満倉が立ち上がりながら、促すように肩を叩いた。

目の前で、コウが満倉の言うまま足を開く。
内股にも沢山の赤い華が散っていた。

両手を床に付き、小さいコウのものを掴んだ。
初めて手にする自分以外の同性の性器。
これを口にするのだと思うと、幾ら幼く小さいものでも抵抗が有る。

だが、蒼も―――。
再び感じた胸の痛み。
晴はコウのものを口に含んだ。





コウが吐精すると、今度は全裸になり互いのものを同時に銜えさせられた。
巧みな口戯に、コウのものからつい口が離れてしまう。
その度に尻を叩かれた。

晴は腰に当てていた手を後ろに回す。
何度も昇り詰めさせられた上に叩かれた所為か、そこはじんと重たるさを残していた。

掌をあて、ゆっくりとさする晴だったが、ふいに顔を上げた。
振り返った瞬間、どんっと背中に何かがぶつかってきた。
視線を落とせば、昨夜の茶色の髪が腰にしがみついている。

「このガキ…っ!」

コウを追ってきたのは、年の頃二十歳を幾つか超えたような若い男たち3人。
大きく開いた胸元に、曲がった髷、常に斜に立つ姿。
何よりその鋭い眼が堅気ではない雰囲気を醸し出していた。

「手こずらせやがって!」
「…そいつを寄越しな」

相手の言っていることは理解出来るが、状況が全く分からない。
晴は前から顔を逸らすことなく、背中に隠れたコウの様子を見た。

ぎゅっと晴にしがみつき、ガタガタ震えている。
口の端が赤い。
切れているのだ。
着物から覗く手首に赤い痣。
力任せに掴まれて、押さえつけられたのだろう。

―――これは満倉の指示ではない。

晴は背中にコウを庇い、ぎっと3人を睨んだ。
すると3人も晴とコウを取り囲む。

「小僧、そいつを渡せってんだよ」
「痛い目に合いたくないだろ?ん?」

晴は小さく顔を振った。

「なんだぁ?!痛めつけなきゃ分かんねーかっ!」
「下手に出てりゃ、調子に乗りやがって…!」

いきり立つ2人に中心の男が手を上げる。
コウを庇ったまま、後ろに下がった晴の全身を舐めるように眺めた。

「お前が"新入り"か」
「えっ?!」
「新入りってあの、口が利けないって…」
「そうなんだろ?」

あの女のトコの新しい陰間なんだろ?
2人よりも頭半分大きい男が、嫌な笑いを浮かべてそう言う。

「へえ…」
「声が出ないねえ…」

丁度良いじゃねーか。
手下と思しき男たちも、同じように笑った。

標的が自分に移った。
男たちの劣情をぶつける相手が、コウから自分に―――。

確信した晴はコウを後ろに強く押した。
行け、と顎をしゃくる。
ぱっと駆けだしたのを確認すると、自分も足を踏み出した。
真ん中の男に突進する。

速度を落とさないまま身体をぶつけ、地面に転がす。
ごっ…!と男の後頭部から鈍い音がした。
手加減する余裕など無い。
前髪を掴むと何度も地面に打ち付ける。

晴がぐったりした男から離れると、ようやく他の2人が声を上げて掴みかかって来た。
一緒に掛かってきたが、もう遅い。
晴は軽やかに身を躱して1人をやり過ごすと、残りの男の腕を掴んで背中で捩り上げた。

「くそ、ガキがぁっ!」

怒鳴る男に、捕まえた方を投げつける。
素早く地面にあった薪を1本手にすると、地面に這い蹲る2人目掛けて
振り下ろしたのだった。





コウに呼ばれた満倉が駆けつけると、晴は伸びた3人を縛り上げているところだった。
見知った姿と見るや、晴はきつい目を解き、ほっと息をつく。

「1人で伸しちまったのかい…!」

こっくりと頷いた晴は、満倉の後ろを窺った。
誰もいないと、縋るような視線を向けてくる。
何を探しているのか理解した満倉は、破顔した。

「ああ―――コウなら大丈夫さ」
「………!」

笑った晴の身体から、強ばりが抜けていく。
歩み寄った満倉はそんな晴の手を取った。

「怪我はなかったかい?―――そう。良かった…」

泥を払うと、くるりと振り返る。
そうして、括られ地面に転がされた3人を踏みつけた。

「それにしても、この馬鹿どもが。今度はコウにかい…!」

ぐりぐりと踏みにじる。

「こいつらは稲瀬のトコの若衆さ。親の仕事も半端だが、手下の躾も
 なっちゃない。一晩中騒いでまだ足りないのかい…」

どうしようもない連中さ…!
そう吐き捨て、ひとつ蹴りを入れた。
晴に食事を取ってしまうように言うと、縁側に上がる。
朝のまだ涼しげな風に翻った裾が、強く引かれた。

「晴―――」

引かれるままに、満倉は手を差し出した。
晴の指が手の平に文字を書く。

なぜ あのこに あんなことを させて いる

「あのこ…コウの事かい…」

あんなことを させて
あんなに ちいさいのに ほそいからだ なのに

「小さくて細いから良いってお客人もいるんだよ」
「―――っ…!」
「何だい、その目は…?」

満倉の目がすうっと細くなる。
そうして、ぐっと晴の襟を掴んだ。

「文句があるのかい?じゃあ、お前があの子を喰わして
 行けるのかい?」

女の腕だ。
けれど、振り解けない。
声音も大きなものでも、荒げたものでもない。
だが、晴は呑まれていた。

突き飛ばされ、地面に尻餅をつく。
その胸に細い足が当てられ、一気に踏まれた。
腰を曲げ、晴を上から覗き込んで、満倉が低い声で言う。

「………守ってやれるのかい、あの子を…」

さっきは3人を向こうに回して、負けなかった。
3人は男で、満倉は女なのに。
晴は起き上がることすら出来ない。

「こんな程度の腕で―――」

調子に乗るんじゃないよ…!
胸を押さえつけていた足が閃き、晴の顎を蹴り上げた。
ガチッと歯が音を立て、目の前が霞む。

「晴、よくお聞き」

食べる者は働かなきゃならないんだ。
お前も―――そうだよ。

衝撃から頭を振る晴の顎を掴んだ。
食い込む指の痛みに、少し意識がはっきりする。
その晴の耳に、満倉の声が響いた。



お前の水揚げが決まった。
5日後だ。

月がきれいな晩だといいね…。


































その夜の空には、薄い上弦の月がかかっていた。

晴は、満倉の用意した深い紅消鼠の小千谷縮の着物を身に着け廊下を進む。
離れでは、男が既に酒を呑み始めていた。

不意に。
名を呼ばれた気がして、晴は顔を上げた。
立ち止まり夜空を見上げれば、細い三日月。
満倉の言ったとおりのきれいな月だ。

蒼は今何をしているだろう。
そんな事を想いながら、ぼんやりと眺めていたが―――。

ぽろり。
涙が零れた。

それは後から後から溢れ、止まらなかった。
狼狽えるが、どうすることも出来ない。
晴は廊下に立ち尽くしたまま、泣いた。

しばらくして。
微かに響く振動に、晴は慌てて涙を拭う。

「何してんだい?」

晴は何でもないと、顔を横に振った。
真っ赤な両目に気がついたが、満倉は何も問わず言った。

「旦那がお待ちだ」

こくんと晴が頷く。
それを見届けると「行くよ」と背中を向けた。
満倉に続いて、歩き出す。

静かに、だがしっかりと。



































----------------------------------- 20080825