「そう…言うだろうと……思ってた……」

お前は絶対にそう言うだろうと。
一人話し続けたままの格好で、立ち尽くしたそのままの姿でハーレイに抱き締められたまま、
しゃくり上げながら、ブルーは言葉を続けた。

「それが分っていたから僕は…お前が苦しむのも分っていたのに、あんなことを聞かせた…」
「………………………………」
「お前の許しが欲しくて…あんな事までして生き長らえてきた、そんな僕を許すという言葉が
 欲しくて…っ…!」
「………………………………」
「僕は…っ……僕は……っ!!」
「…ブルー…」
「お前がどんなに傷つくか、分り過ぎるほど分っていたのに…僕は自分の事ばかり…っ」

ブルー。
ハーレイの腕はブルーの涙ですっかり濡れてしまっていた。
その腕で、ぎゅっと抱き締める。

「僕は…なんて酷い真似を…」
「もう、いいんです。あなたがここに、こうして居る、ただそれだけで私は……」
「…ハ…ハーレイ…っ」



その声に。
その響きに込められた熱は、かつて青の間でずっと、ずっと耳に馴染んできたもので。
"お前"と呼ばれたことと合わせて、ハーレイを微笑ませた。



「本当にお疲れ様でした。戻ってきて下さって、嬉しいです。ありがとうございます。そして、
 お迎えに上がるのが遅くなり申し訳ありませんでした」



これはブルーが帰還してすぐに、ハーレイが言いたかった言葉だった。
ありがとうございます。申し訳ありませんでした。
それを何度も繰り返す。
涙で言葉にならないブルーは、弱弱しく頭を横に振り続けるのだった。





泣きじゃくる嗚咽も治まり、ブルーが落ち着きを取り戻した頃。
黙って後ろから抱き締めていたハーレイが、意を決したように一つ息を吐く。

またこの小さい身体を苦しめてしまう。
だが、今度は自分の役割を果たすときだ。
本来ならば互いに正面を向いて、しっかり向かい合わなければならないのだろうが
―――そこまで出来る強さを持ち合わせている自信が、ハーレイには無かった。

こんな方法しか取れない私をあなたは許してくれるだろうか。
ハーレイは、すうっと息を吸ってから、口を開いた。

「ブルー、あなたにひとつ………いえ、二つ、お願いがあります」
「なに?」
「…………」
「ハーレイの頼みなら、何でも聞くよ」
「…………すみません……ブルー……」
「ハーレイ…?」

中々言い出そうとしないハーレイに振り返ろうとしたブルーは、背後から伸びて身体に
巻きついていた腕に抱き留められた。
ぎゅっと力を力を込められた甘い戒めは、だがかすかに震えている。

「ハーレイ、なに?」
「…一つ目は―――あなたの記憶を"直接見せて"下さること」
「直接…?……それって―――」
「私は、弱い人間なのです。心が、とても弱い……」
「そんなことは無い!ハーレイは―――」
「いえ、そうなんですよ」

ハーレイはブルーの言葉を遮るように話し続けた。


あなたの言葉を受け入れて、それを消化することが出来ない。
お辛い体験を話して下さったのに、聞いてそれで"お仕舞い"にすることが出来ないんです。

私の弱い心は、想像してしまう。
あなたに襲い掛かった様々な事柄を―――――対してあなたがどう対応して、反応したかを。

想像はどんどん膨らんで、悪い方に形を変え、ついには妄想に変わってしまう。
あの男の下で、あなたが―――。

そんなものは妄想だと、あなたはそんな方ではないと、頭では解っているんです。
でも、私の愚かな心は―――。

生きていて下さるだけで嬉しいはずなのに、それはいつの間にか私を侵食して、
ついにはあなたを恨んでしまうかもしれない。


「すみません、ブルー。大層なことを言ってもこんな嫌な事を考えている男なんですよ、
 私は」
「………ハー…レイ………」
「幻滅されましたか…?」

身じろぎしないブルーの後頭部に、そうっと額をあてる。

「あなたに同じ苦しみを、もう一度味合わせる事になる。解っています。でも、それでも、
 お願いします、ブルー」
「…………それは………僕に、もっと苦しめと言っているのと同じだ」
「いいえ!―――――…いえ、そうかもしれません。しかし、あなた独りではない、
 私も一緒に苦しみます」
「…………そんなものを見て、お前が離れていかない、そんな保障はあるのか…?」
「どんなものでも私は受け入れます。受け止めてみせます。でも、もし、万が一、私があなたから
 離れる素振りを見せたのなら―――私を殺して下さい。どんな方法でも構わない」
「―――いいのか…?」
「…はい」
「そこまで分かっていて、覚悟もしていて…見たいのか…」
「はい」
「解った」

ブルーは心の奥のシールドを外した。














motto zutto 03















頭の中に自分ではないものが入り込んでくる。
その嫌な感触に、ブルーは顔を顰めた。
招き入れるのではない、半強制的に押し入ってくる異物に身体が反応する。
後ろから抱き込まれたままの強張った身体が、ピクピクと震えた。

「……んっ、ふ…っ…!」

頭の深い所まで潜り込んだハーレイが動きを止める。
はぁ、はぁと浅い息を繰り返すブルーの中で、ざあっと広がった。
途端、映像が頭の中で再生される。
それは青い光の洪水から、人工の白いものへと変わった。
これが、あの診察台の光景だとブルーが思い至るまでに少し時間がかかる。
彼は強制的に己の記憶を遡り始めた。



再び悪夢を"経験"させられながら、ブルーは違和感を覚えていた。
何かが―――おかしい。

『共に苦しむ』
『離れようとしたら殺してくれて構わない』
それに―――――
『想像してしまう。妄想してしまう』
これもハーレイの本心だろうと思う。

もし自分が彼の立場なら…。
話だけを聞いて"諾"と頷けただろうか?
やっぱり……自分は無理だろうと思う。

想う相手の身に起こった全てを知りたい。
具体的に。
そう思うだろう。



では、自分は何が引っかかっているのだろう。



ああ、そうだ。
それらの言葉を口にしたこと。

ハーレイは決して自分を傷つけたり、苦しめたりすることはしない。
だから、キースに囚われていた時間に思いを馳せはするだろうか、こんな言葉たちを
自分に言うはずがないのだ。

彼、ハーレイならばあのまま、流すことは出来なくても全てを呑み込んで、自分に笑顔を
見せてくれる。
何も言わず「もう大丈夫ですよ」と、言ってくれる。

そう考えて、無条件に信じる自分がいる。
これは買い被りなどではない。
かつてのハーレイだったらそうしてくれたに違いない。

この行動は、彼らしくない。
とてもハーレイらしくない。

ハーレイなら―――――黙って受け入れてくれていた、絶対に。



ブルーは、入り込んで今は記憶を吸い上げていくハーレイに"乗った"。
コンピューターの中に容易に入り込むようになった自分にはそう難しいことではない。
人間の脳細胞の信号も、捉えてしまえば似たようなものだったから。

ハーレイの精神の中を飛び回る。
求めるものはすぐ見つかった。





何日前の記憶だろう。
僕がシャングリラに戻ってすぐだ。
ハーレイはブラウと話している。
二人が居るのは―――青の間…?

「こんなことを、今のあんたに言うのは酷だと分かってるよ」
「君の助言はいつでも的確だ。きつい言葉でもそれが今必要なのだろう?」
「そう言って貰えると助かる。他でもない、ブルーの事だ」

ハーレイは視線で先を促す。

「勿論、信じてないわけじゃない。個人としては彼が五体満足で戻ってきた、それだけで満足だよ」
「……………」
「でも、それじゃあ駄目なんだ、私たちは」

ハーレイが2、3度瞬かせた目を見開いた。
僕には分からなかったが、ブラウが言わんとすることを理解したようだ。

「キャプテンとして船を預かり、皆の命を託されている私たちには100%では足りない。
船に乗せる以上、120%の安全保障が必要なんだ」
「…………ああ、そうだな」

そこまで聞いて、やっと理解出来た。
ああ、その通りだよ、ブラウ………。

「エラでもブルーの深層までは降りられない。それに、あの子に…その…ブルーの
そんな姿を見せたくないんだ、私は」
「……私ならいいのかい…?」

そういったハーレイは笑っていた。
ブラウが目を細める。
ふざけてるんじゃないんだよ、の言葉に、すまん、と謝った。

「方法は?」
「あんたに任せる」
「難しいな…」
「どんな方法だったのか、彼がどんなことをされたのかを、ジョミー…ソルジャーも私たちも
 一切訊かない」
「……………」
「あんたが大丈夫だと判断したら、別に確認もしなくて良い。あたしたちはそれを信じるよ」

無条件で、あんたが下した判断を受け入れる。
ブラウはハーレイの目を見て、きっぱりそう云いきった。





僕がミュウに仇為さないか、それを確認して欲しいとブラウは言ったのだ。
敵の本拠地ともいえる場所に何ヶ月も拘束されていたのだ。
某かの処置を施されて戻されたと考えるほうが自然だ。

単純なものは胎内に爆弾を埋め込む。
少しレベルが上がれば深層心理にブロックワードでもかけて特定の人物を暗殺させる。
そんな方法を取るのはそう難しいことじゃない。

まして、僕はミュウで、しかも攻撃的なタイプの"ブルー"。
戻してシャングリラの船内でサイオンバーストでも起こさせれば、ミュウ殲滅は容易い。

そう、ブラウ。
君の言うことは正しい。

そうしてハーレイ。
君の行動も、また正しい。





ブルーは、瞼を少し開けた。
自分を抱き締めるハーレイの腕が、震えている。

ごめん、ハーレイ。
また君を苦しめている。

「ごめん…」

口に出した。
鼻の奥がつんとする。
先ほどあれだけ流したというのに、ブルーは堪えることが出来なかった。

「ごめん…ハーレイ……ごめん……本当にごめん…」

ブルーは心のシールドを完全に取り除いた。



















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