ブルーの記憶をなぞる旅は終わった。
途轍もなく長い間そうしていた気もするが、時計を見れば始めてからまだ30分も経っていない。

ハーレイはふうっと深く息を吐き、腕の中でいまだ謝罪と自分の名を繰り返し呟き続けるブルーの
正面に回った。
やはり、泣いている。
両眼を覆う手は腕まで濡れてしまって、冷たくなっていた。

「…ブルー」
「ごめっ…ごめ…ん…」
「ブルー、もう止めてください」

そうっと手を剥がす。
瞳は充血して赤くなっていた。
ハーレイと目が合った途端、また涙は盛り上がって溢れる。
再び「ごめん」と言い出しそうな唇を指で押さえた。

「もう、仰らないで下さい」
「でも…!」
「十分すぎるほど頂戴しました。第一、私はあなたに謝られるようなことは何もありません」
「…そんなことはない…っ」
「何も、無いんです」

まっすぐ正面からブルーを見つめて、ハーレイは笑った。
それは本当に嬉しそうな笑顔で。
泣くのも忘れて、ブルーは問うた。

「どうして…そんな風に笑えるんだ、お前は…」
「それは、嬉しいからですよ」
「…嬉しい…?」
「はい」

輝くような、そんな形容詞が相応しい程に、ハーレイは笑っていた。
訳がわからないという顔をしたブルーに感じるのは、限りない愛おしさ。
ハーレイは更に微笑みを深くする。















motto zutto 04















彼の記憶にあったものは、聞かされた言葉のままに酷いものだった。

自分ではとても耐えられない。
あの苦痛も。
恥辱も。
孤独も。

それを彼に力ずくで押し付けたキースという男が、もし今自分の目の前に居たら―――。
想像するだけで身体が震える。
堪えきれない怒りが全身を駆け回り、胎内を焼く。
八つ裂きにしても飽き足らないだろう。

どうしてもっと早く気がつかなかった…!
己の迂闊さを呪いつつ、深い場所を探る。
サイオンを殆ど失ったとはいえ、ブルーの遮蔽は強固だった。
だが、ある時を境に壁が消えるのを感じた。

どこまでも、どこまでも彼の精神の深い所まで行ける。
記憶を見る限り、ブルーに何かを施した痕跡は無い。
だが、記憶は消すことが出来るのだ。
それを身を持って知るハーレイは、どんどん潜っていった。

そうして、見つけた―――――己の姿を。
ブルーの無意識の奥底にあったのは、ハーレイだった。

正確には自分ではない。
彼のそんな奥底に入り込んだのは今回が初めてであったし、元より他人の精神に自分を
植え付けるなどという高度なサイオンの使い方など出来ないのだ。

この自分は、ブルー自身が創り上げたもの。
彼の想像の産物なのだ。
どうしようもないほど追い込まれたブルーが、逃げ、或いは縋ろうとして己の中に創り上げた場所。
その中心に自分が居た。

これほど嬉しいことがあるだろうか。
現実世界に舞い戻ったハーレイは今、全身で喜びを感じていた。

けれど、その事実をこの愛しい人に告げるつもりは無かった。
言えば、むくれ、へそを曲げ、そしてきっと恥ずかしがるから。

ハーレイはブルーを胸に抱き込んだ。
愛おしい、愛おしい。
愛おしくて堪らない。
そんな想いのまま腕に力を込めれば、ブルーは「痛いよ」と身を捩る。
ハーレイは腕の中の柔らかくて猫っ毛の銀糸に頬を当てて、言った。

「もう一つのお願いです」
「…何でも聞くとはもう言わないよ」
「こちらも是非とも叶えて頂かなければ―――」



この私の手を、二度と離さないとお約束下さい。



笑みを含んだ声でさらりと言われた言葉だったが、ブルーの顔は強張る。

今、何と言った?
僕の時間はもう幾らも残っていないというのに?
彼は今、何を言った…?

驚いて顔を上げた。
目が合い、ハーレイは微笑んで同じ言葉を繰り返す。
最後に「決して離さない、と」と付け足して。

ブルーは両手で厚い胸を押し返し、青ざめた顔を横に振る。
しかし、頬を大きな二つの手でやんわりと挟まれ、それは叶わなかった。

「い―――」
「そんな言葉は聞きたくありません。さあ…」

お約束を。
ブルーは小刻みに震えるように顔を振る。

「ブルー……お願いです」
「いや…だ…」
「今のは聞かなかった事にします」
「いやだっ」
「そんなことを言う口は、こうしてしまいましょうか」

ハーレイは頬を挟んだ右手をずらして、親指で唇を塞いだ。
少し顔を近づける。

「二度と離さないと、仰ってください」

どんな時も、絶対に離さないと。
大きく見開いたブルーの瞳に涙の膜が張る。
今日だけで自分の涙は涸れてしまうに違いない。
そう思った。

もう、顔を横に振ることも拒絶の言葉を言うことも出来ない。
出来るのはただ、頷くことだけ。
ハーレイはそれだけを求めている。










ああ、ハーレイ………
お前を連れて行っていいのかい……?










ブルーはこくんと頷いた。
ぼろぼろと溢れて止まらない透明な雫を、ハーレイは唇で受け止める。
涙で濡れた唇を震えるブルーのそれに重ねた。

帰還してからの、初めてのキス。
それは少し塩辛かった。



啄ばむようなキスの後、ブルーが自ら開いた唇を割ってハーレイは舌を滑り込ませる。
すぐにブルーを捕らえ、激情のまま舐った。

「…んっ…、ふ…っ…ぅ…」

たらり、と混じり合った唾液が零れ落ち、咽喉を伝う。
後頭部を押さえられ、分厚くて熱い舌に口内を良い様に動き回られた。
奥歯から口蓋をなぞられ、ぞくっとしたものが背筋を駆け下りる。
それは下腹部を直撃し、ブルーは腰を震わせた。

「んあっ!」

硬くなり始めて勃ち上がりかけた自身を、太股で刺激された。
すでに肌蹴させられたアンダーは腕に引っかかっているばかりで、着衣の役目を
果たせないでいる。
両胸の芯のある赤い飾りを摘まれ、押し潰された。

「あぁっ、ハーレイ…っ!ちょ、ちょっと…待って…んんっ!!」

くちゃ。
濡れた水音は、下穿きを下ろされ硬く張り詰めたブルーを直に扱かれたから。
華奢な膝は崩れ、ハーレイに抱きかかえられる。
見上げれば、褐色の顔がすぐ傍にあった。

普段は穏やかな瞳なのに、今は別人のようだとブルーは思った。
焼き殺されそうに熱い熱を孕んでいる。

「…すみません。押さえきれない…」
「ハーレ…―――っ!ああっ!」

後頭部から背中を滑り降りた手が双丘を割り、その奥の熱を燻らせ始めた秘所を
押し開いて解し出したのだ。
途中の肩甲骨の辺りで躊躇いを見せたものの、一直線にその部分に下りたハーレイの指はすぐに
本数を増やす。
2本、3本。
いつの間に用意していたのか、その指たちはぬめる液体を纏っており、簡単にブルーの中を掻き回した。

「ひ…ぃっ…あぁああ…うぁああああ…」

良い所を集中的に弄られ、背が撓る。
指はばらばらに動き回って、狭い入り口を広げにかかる。
ブルーの声が途切れなくなった。

ハーレイはブルーを抱え上げると、足早にベッドに向かった。
少し乱暴に下ろしながら、圧し掛かる。
深く口付けながら、両膝の裏を掴んで持ち上げた。
引っかかっていたアンダーを剥ぎ取り、開いた足を胸に付くほど折り曲げる。
ハーレイはもどかしげに下半身だけ露出させると「すみません」と呟いて、一気に貫いた。



それからどれだけ昇り詰めさせられたか、ブルーは記憶に無い。
意識を手放すまでハーレイの腕の中に居た。
憶えているのはその事と、耳元で低い声で囁かれ続けた言葉。

愛してます
ブルー

ただそれだけだった。



















目を覚ますと、まだハーレイの腕が身体に巻きついていた。
ブルーはくすりと笑い、起こさないようそうっと抜け出す。
上半身を起こすと、褐色の大きな身体に寄り添うように横になった。
自分が抱え込んでいた毛布を広げて、掛け直す。

「あ…」

よく眠っているハーレイを眺めていて、気がついた。
彼の寝顔を見るのは初めてなのだ。
額にかかる、柔らかい金の髪を指先で撫でた。
そのまま額をなぞり、大き目の鼻に沿って進み、唇に触れる。
温かくて、柔らかい。
その感触は己の唇で、肌で感じるものと同じで。
これがもたらす快感を思い出して、ブルーの顔が赤くなった。

白い指先は横に逸れて、頬を撫でる。
少し伸びかけた髭がちくちくした。
自分には無いもの―――ブルーの顔が赤いまま綻ぶ。

夜中にいつ目覚めても、すぐにハーレイの気配が感じられた。
眠りに落ちるときも、いつも意識は寄り添っていてくれた気がする。

いつ眠っていたんだ、ハーレイ。
僕にはいつも良く眠れと、口うるさいほど言っていたのに。
ブルーは少し硬い頬を摘んだ。

「でも―――いつも見守っていてくれたんだね」

囁いて、もう一度今度は掌で頬に触れた。
瞑った瞼や頬骨、顎のラインを撫でる。
ハーレイは目覚める様子を見せない。
ブルーは独り言を続けた。



君が僕との事を終わりにする道を選ぶやもしれない。
そうは思わなかった。

でも、考えはした。

数ヶ月も離れていた訳だし、僕は君を一度ならず裏切ったのだから。
覚悟を決める意味でも、考えておこうとは思っていた。

じゃあ覚悟はあったのか、そう問われれば返事は"否"なのだけれど。

君がそれを口にしたときは、本当に心臓が止まるかと思った。
苦しくて辛くて、死んでしまうんじゃないかと、思った。

でもね、ハーレイ。
その瞬間、心に決めたことがひとつあったんだ。

諦めないにしよう。
今日は駄目でも、まだ明日はある―――こんな僕でも。

例え、君に忌み嫌われて、本当は顔も見たくないのだ、と言われたとしても。
決して絶望しない、と。



今度は僕が君を追いかけようって。



さっきの君との二つ目の約束をあれだけ拒絶した僕だけど。
あの瞬間は、そう思った。
振り向かせる自信だって、あったんだ。
可笑しいね。

でも、それくらい―――――



ブルーの言葉が途切れた。
眼下のハーレイの頬がほんのり赤い。
瞼も震え、心成しか口元が変に歪んでいる気がする。

もしかして……。
ブルーは口角をきゅっと上げると、ハーレイに顔を寄せた。
耳にかかる金糸を除け、耳朶に唇を触れさせて熱い吐息交じりに囁いた。



君の事が好きなんだ、ハーレイ。
例え―――――狸寝入りが下手でもね…っ!



仰向けにしたハーレイに素早く跨る。
そして脇といわず、くすぐり出した。

「うわっ、ブルーっ!止めてください…!」

堪らず飛び起きかけた大きな身体を体重を掛けて押し止め、くすぐり続ける。
悪戯せんと伸びるブルーの白い手から逃れようと、ハーレイは身体を丸め、或いは逸らした。

「わっはっ!ブ、ブルーっ!」
「いつから起きていたっ、ハーレイ!」
「す…すみま…せ…ん…っ、あははっ!止めてくださいっ」
「白状しろっ!」

堪らず伸び上がり、華奢な肩を掴んで回転させる。
組み敷いたブルーの息は上がっていた。
見上げて睨み付けるきつい視線は、すぐに弛んだ。
微笑んで手を伸ばしてくる。

「大好きだ、ハーレイ―――愛してる」

細い手で両頬を挟まれたハーレイが、ゆっくりと降下する。

「私もです、ブルー………」

鼻が触れ合うような距離で「愛してます」と呟いて、唇を重ねた。
ブルーは太い首に両腕を絡めて、抱き込む。

「ん…ふ……ぅぅ…ん…」

深い口付けに身体の熱が一気に上がった。
長いキスの後、唇が離れる。
両肘をベッドに付いたハーレイと、再び見つめあう。

「……ハーレイが、欲しい…」
「大丈夫ですか、ブルー?」
「ん…」

ブルーは足を開き、両膝を立てた。
硬くなった自身がハーレイに当たる。

「欲しいんだ…今すぐ」

うなじから目許までを赤く染め、ブルーは言った。
濡れた瞳に、押し当てられた感触にまたぞろ胎内の獣が暴れ出すのをハーレイは感じる。

「でも…」
「でも?」
「今度は、もう少しゆっくり…して欲しい…んだけれど…」

わかりました。
低い声の応えは、耳のすぐ隣で聞こえた。
腕の中に閉じ込められたまま、ハーレイの重みを味わう。

それは酷く心地良くて。
ブルーは、還ってきた実感が細胞の隅々まで行き渡るのを感じた。

ああ、本当に還ってきたんだ……。
つぅ…涙が零れ落ちる。

幸せから生まれる涙には、終わりが無いのだな。
そんなことを考えながら快楽に飲まれていく。



もっと……ハーレイ。

ええ。ずっと……。



その会話を最後に二人は言葉を失った。
部屋に響くのは、ベッドの軋む音と吐息だけ。
ただそれだけ。











---------------------------------------------------- 20080103 二人はどこまでも、いつまでも一緒に