「どう…なさいますか、ソルジャー?」
「ブルーの提案のことならば、受け入れる」
「―――!即決ですか…」

運んできた紅茶を机に置きながら、ハーレイが言った。
ありがとう、と口に運ぶジョミーは、まだ会議のあった部屋に居る。
他のものは既に己の持ち場に戻っていた。

「僕の知っているブルーならばそう言うだろうと思うし、彼を最も良く知る君が
 ブルーからのものだと断言したんだ。僕に疑う余地はない」

何と言っても、ハーレイの言葉だからね。
ジョミーの厚い信頼を感じ、ハーレイは胸が熱くなる。
胸に手を当て、頭を垂れた。
ありがとうございます、と言葉を添えて。



ブルーの"手紙"には、2つの情報の他に一つの提案が含まれていた。
現在のミュウの力を誇示し、体制と軍事力に縋る人類にそれらが既に破綻を来たしている
ことを知らしめる方法。

自分が限られた短い時間ではあるが、旗艦以下人類統合軍を押さえる。
その間に首都星のジョミーのメッセージを送り込め。
全ての人類が目にするように、あらゆる場所に―――――そう、大空にヴィジョンでも
描くように。
力強くて、優しい、でもしっかりとした言葉で語り掛けろ。



「僕だって血を流したい訳じゃない。そう思わない者も多いだろうが………」
「……あなたのお心は、皆理解していますよ、ソルジャー」

ふっと笑い、再び紅茶を口に含む。
中継のための船の事は、ハーレイに任せる。
カップとソーサの触れ合う音が、かちりと響いた。

「ブルーの言うように中継船は無人がいいだろう。遠隔操作は難しいことでもないし」
「その件なのですが―――――」

ハーレイは言い澱む。
何だいと顔を向けたジョミーの明るい緑の瞳を真っ直ぐ見て、言った。

「少しお話があります。いえ、お願いになります」
「聞こう」
「シャングリラを、私に貸していただきたい」

ジョミーは目を見開いた。

「何故だい?」
「ブルーを―――――迎えに参ります」















― 帰還05 ―















マツカが意識を取り戻したのは、ベッドの上だった。

キースっ!
跳ね起きた目に飛び込んできたのは、白衣を着た男性。
医務室…?

「もういいのかい?さすが若いだけのことはあるな」
「閣下は?!」
「ご無事だ………多分だけれどね」
「多分…?」
「現在、何処とも連絡が取れないんだよ。ブリッジともね」

どういうことです?!
声を荒げたマツカに、唇に人差し指を当てる仕草で静かにするように促す。
医師は、潜めた声で告げた。

「通信が出来ないだけじゃない。この部屋から出ることも出来ないんだ」
「―――!」
「もう1時間以上もこの状態だ。この船で何が起こっているのか、全く分からない。
 単なる電気系統の障害なのか――それだって大変なことには違いないが――それとも、
 乗っ獲られたのか………不自然な振動が無いところを見ると、攻撃されたり爆発が
 あったりした訳でもないようだし…とにかく情報が入ってこないんだ。
 逆に訪ねるが、君は何か知らないか?」
「僕は…………」

間違いなく彼の仕業だ。
確証は無いが、マツカはそう思った。

『出て行くさ。正面から、堂々と』
その言葉を残して消えたブルー。
自分からサイオンを奪い取って、何処へ消えた…?

キースに伝えなければ!
マツカは呼びかけるが、やはり応えは無い。
だが、キースの部屋で感じたように"声"が跳ね返ってくる事も無い。
ブロックされているのはこの部屋じゃない!
じゃあ、ブルーは―――――ブリッジに居るのか!?
キースの傍に!

ベッドを飛び降り、扉に走る。
それはしかし、開かない。
何度スイッチを押しても、動く気配は無い。
緊急用の強制開閉で電気を切って、手でこじ開ける方法も駄目だった。

くそっ!
呟いたマツカは、医療室のコンソールを操作するがモニターが変わることは無かった。
もう一度扉に向かったマツカに、医師は戻るように命じた。

「いくら若くても、まだ復帰の許可は出せないよ。ベッドに戻りたまえ」
「ですが―――――っ!」
「階級は僕のほうが上だ。これは命令だ」

渋々戻り、ベッドに腰掛けるマツカに笑いかけた。

「そんなことはもう何度も試した。結果は……そういうことだ」
「…でも、僕は行かなければ!」
「この部屋から出ることも出来ないのに?」

ふと浮かんだ疑問を口にする。

「僕は、どうやってここに収容されたんです?」

隔絶されたのが一時間前ならば、自分はまだブルーと対峙していた筈だ。
外部と連絡も取れず、外にすら出られないのに。
医師は、机に据えられた端末を指差した。

あそこのモニターに指示が来た。
倒れている君の映像付きだったよ。
発信元は元帥。
しかし、外には出られない。
応急セットなどの支度を終えたものの、さあどうしようかと呟いた途端、再度の指示。
経路地図が来て、扉が開いた。
通路は照明が落ち真っ暗だったけれど、元帥の部屋に向かう経路だけは明るかったよ。

「この船の異常……原因は彼、なんだろう?」

マツカは改めて医師の顔を見た。
彼がブルーの主治医を勤めた男だとようやく気が付く。
ならば、この医師が言う人物は、マツカと共有出来る記憶に居る"彼"とは―――――

「…あなた、何を知ってるんです…」
「僕は何も知らないよ。ただこんなことが出来るのは、彼しかいないだろうと思ってね」

答えないマツカに言葉を続ける。

「この医務室は外と隔絶されているだけで、明かりも点いているし室中のRANも問題ない」
「…………………」
「君を迎えに行った時見た他の部屋は、皆暗かったのにね」
「…………………」
「優しい男だな、彼は」

微笑んでそういう医師に、マツカは「ええ」と答えた。










セルジュの銃口の先で元帥であったものが崩れた。
遺骸に向けるキースの視線に、グレイブの背筋に改めて冷たいものが走る。

マザーイライザの申し子。
機械仕掛けの男。
やはり人間らしい感情は無いのか。

既に息をしていないこの男、確かにキースの言うように愚かだとは思う。
しかし、己に銃口を向けるように仕向けておいて、何の躊躇いも無く引き金を
引くことなど、自分には出来ない。
………怖ろしい男だ。

そのグレイブの背後で、扉が開いた。
振り向いて、声を上げる。

「貴様っ!どうやってここに!」

反射で銃を手に振り向いたミシェルと共に構えの姿勢を取るが、その身体は崩れ、
二人は床に這い蹲った。
立っていられない。
周りの兵士も同様に倒れている。
頭を押さえて唸り声を上げている者も多い。

「…タイプ・ブルー……!」

頭の中をかき回される。
この不快感!
グレイブの口から呻く声が上がった。
数発の発射音が響く。
絶対的な能力を持つ侵入者を前に、唯独り立ち塞がった男、キース・アニアンが
ブルーに拳銃を向けていた。

しかし、その弾は全身を蒼く光らせる白銀の姿の数センチ前で宙に浮いて止まっている。
驚くことなくキースは言った。

「マツカをどうした」
「彼なら医務室に居る」

再び銃声が響く。
が、ブルーには届かない。

おかしい。
キースは壁に大量に並んだモニターを横目で見た。
これ程の緊急事態にも関わらず、平常のままだ。
警報も、アラームも沈黙したままなど在り得ない。

注意をブルーに戻す。
視線が合い、ブルーは笑った。

「ネットワークをジャックした」
「………なるほど…」

声は静かだが、キースの脳内は様々な事柄が物凄い速さで駆け巡る。

奴のサイオンが復活したとは考えにくい。
そうならば、もっと早く"実力行使"に出ただろう。
今奴が使っている力、この感じ…あれは恐らく………
サイオンが他人に譲渡できる性質のものだったとはな。

一時的に力を得ているのだろうが、これ程大規模な破壊活動に使い切ってしまう
理由は―――――他のミュウの存在か…!

キースは通信兵の端末に駆け寄り、コンソールを操作した。
しかし、機械は全く受け付けない。

「無駄だ。全て私の意思の下にあるのだから」
「貴様…っ!」

引き金を引くが、見えない厚い壁に阻まれる。
青白い光の向こうで、何か聞こえたようにブルーは顔を上げた。

「さあ、始まるぞ」

キースの操作を全く受け付けなかったモニターが一斉に光り出す。
沢山の画面の前でその光を受けて輝くブルーの姿に、キースは息を呑んだ。
うっすらと微笑む白皙は、神々しいまでに美しかった。
美しいだけではない、周囲を圧倒する空気を纏っている。



―――それでこそ、ソルジャーブルーだ。



キースは、己の内なる声に驚いた。
私は、喜んでいる…?

微かであった笑いが、深くなる。
画面が切り替わり、あの男が現れた。

『僕はジョミー・マーキス・シン。ミュウの長だ。
 人間たちよ、僕の声を聞いて欲しい。
 我々ミュウの言葉を聞いて欲しい。

 君たちの頭の上に広がる、国家騎士団及び人類統合軍は現在、
 我々ミュウの管理下にある。
 信じられぬ者は構わないが、今この星に何があっても彼らは動くことが出来ない。

 我らは、今この瞬間に攻撃を仕掛けることも出来る。
 あなたたちを焼き尽くす事さえ可能だ。
 かつて僕たちがそうされたように………

 だが、我々はしない。
 我らは流血を望むものではないからだ。

 僕らの望みはただ一つ―――交渉のテーブルについて欲しい。
 話す機会を持って欲しい。

 同じ言葉を話し、同じもの食べ、同じ空気を吸って生きる生物同士だ。
 無論、我々とて君らと全てを解り合えるなどとは考えていない。

 だが、全てはそこから始まるのではないか。

 我らと話し合って欲しい。
 その機会を作ってくれないか―――――』

ジョミーの呼びかけは続く。
ブルーはその様子を見ていた。
微笑んで。
嬉しそうに。

ゼウスのグレイブを含めたブリッジ要員は、それを歯噛みしながら眺めていた。
床に這い蹲って、見ていることしか出来ない己に。

自由に動けるはずのキースは、コンソールに齧り付いたままだった。
モニターを睨み、拾える情報を一つとして零すまいとしている。
分かったのは、コンピューターが異常な力で操作されているのではないこと。
至って正常に作動している。
どちらかと言えば、指示系統をハッキングされている状態に近い。

奴はどこかの端末から侵入している。
いくらマツカが甘くても、この男に端末を操作させたことなど無いはずだ。
一体どこから入り込んでいる―――?
どこだ―――!

ジョミーの映像を微笑んで見守っていたブルーだったが、それも長くは続かなかった。
くるりと踵を返す。
出口に向かう。

だが、キースは侵入口を見つけ出すことが出来ないでいた。
バックライトも消えた暗い画面を背景にキースを見据えるつつ、ブルーは足を進める。
ごく近くに来たとき、その右目が、光を放っていることに気が付いた。
瞳の奥で、不規則に点滅を繰り返す。

「まさか―――」
「お前のくれたものが、役に立った」

爆破の受令システムだけにしておけば良かったのにな。
位置の発信まで欲張るからだ。

はっきりと、頭の中に聞こえた。
嘲笑う声。

キースの中で、炎が燃え上がった。
これまで燻ぶってきた青白いものではない。
真っ赤な、血の色をした炎。

殺してやる―――――!

起爆スイッチを押した。
だが、爆発は起きず、足を止めたブルーは静かに呟いた。

「それが、スイッチだったのか」

キースの指の間にあるものは、左の耳に付けられたピアス。
深紅に輝く、キースの身に付ける唯一の装飾品。

「くそっ…貴様………っ!」

銃を掴んだ右手を上げる。
ブルーの眉間に突きつけ、引き金を引いた。
だが、銃口から発射された状態で弾は止まる。

「無駄だよ。分かっているだろう」

アルカイックスマイルを浮かべ、ブルーもマントの下から右手を上げた。
握られているのは、拳銃。

「か…閣下……!」

滝のように汗を流したセルジュが震える手で、ブルーを狙う。
何とか発射するものの、弾は大きく逸れ、モニターを破壊した。

「―――長居は無用か」

ブルーは銃口を下方に向けると、キースの太股を撃ち抜いた。
声も無く蹲った床に、見る見る血溜まりが出来てくる。

「付いて来られると厄介だからな」

拳銃を投げ捨て、ブルーは扉に向かった。
心の中で語りかける。



お前が目指したのは、そんな姿だったのか、キース?
そんな自分の姿か?
私に執着して、身体を自由にして―――私の心がお前に向けば、それで満足か?
本当にそうか?



足を押さえながらも、キースは顔を上げた。



自分の感情を押し殺してまで、走ってきたのは何の為だ?
何かを守りたいと思ったんじゃないのか?

守りたいものとは何だ?
思い出せ!



キースの体の震えが止まる。



お前は何を守りたかったんだ?
自分の身も心も全てを犠牲にしても良いと、お前が選んで決めたことじゃないのか?

心から望んだものは何だ?
本当にお前がなりたい自分とは、どんなものだった?

思い出せ。
思い出せ、キース・アニアン…!



キースの声が追い縋る。

「ブ……ブルー…っ…!」

喉の奥から搾り出したようなその声に、睨みつけるアイスブルーの瞳に、望むものを
見つけて、ブルーはにっこり微笑んだ。



―――それでこそ、キース・アニアンだ。"地球の男"の名に相応しい。



キースにそう言葉を送り、ブルーは扉の向こうに消えた。











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