温かい空気が背中を覆う。
包み込まれた皮膚が、懐かしい波動を伝えてくる。

傷にそうっと注ぎ込まれるエナジー。
それは、柔らかい緑の光を纏っていた。

眠りの中からの浮上の途上にあるブルーの意識が、遠慮がちに"治療を施す"
何者かを思い描く。



このサイオンは誰のものだろう……
温かくて優しくて……

でも、どこか寂しげな………



浮かんだのは、薄茶色の瞳。
更に色素の薄い髪を持つ青年。



「―――止めろ、マツカ」

瞼は閉じられたままだが、発せられた声音でブルーが目覚めた事が知れた。
キースから2日前に意識を取り戻したと聞かされていたが、こうして言葉を
耳にして改めて安堵する。
上半身は裸のブルーに手のひらを向け、全身を光らせていたマツカがほっと息をついた。

「痛みは無いですか?」
「止めろ……マツカ」

繰り返したブルーは、赤と紫の金銀妖瞳の目を向ける。
言葉とは裏腹に、その瞳は優しかった。

「そうやって"治療"してくれたから、私は助かったのだな―――ありがとう」
「いえ…っ、僕じゃなくて寧ろキースが―――――」
「だが、止めろ」

静かな、けれどはっきりとした拒絶にマツカの全身から光が消える。
哀しそうに顔を歪め、呟いた。

「やっぱり…気持ち悪いですよね……こんな能力……」

マツカの脳裏にかつてのキースを"治療"した時に浴びせられた台詞が蘇る。
この、化け物が…!
私の身体に触れるな…!!

「無駄に使うな、と云っているんだ」

痛みに顔を顰めながら、ブルーは身体を起こした。
火傷は乾き、痛みも大分無くなってきたとはいえ、動くと攣れる皮膚が悲鳴を上げる。
ようようベッドに腰掛けると、あらぬ方向に思考し出したマツカに笑いを含んだ声で言った。

「我々ミュウも君のようにサイオンを使う。病気は兎も角、怪我の治りは格段に
 違うからね。でも、それは自己に限定されている。他者にそれを使うのは禁止だ。
 例え医師であっても」
「何故です?」
「サイオンの消耗が激しすぎるからだ」

サイオンの消耗…?
マツカは目を瞬かせ、小首を傾げた。

「まだ若い君には解らないだろうが、サイオンは体力と同じだ。長距離を走り続ければ
 足が上がらなくなるように、サイオンも限度を過ぎれば使えなくなる」
「仰っている事は解ります。でもそれは、一時的なものでしょう?」
「…今は………ね」

マツカはブルーの言葉を反芻する。
使い過ぎて頭痛や吐き気を覚えたことは何度もあった。
爆発するメギドから、キースを抱えて瞬間移動した時は、彼の腕の中で気を失った。
しかし、その時でさえ一晩眠れば回復していたのだ。

まだ若い自分では実感出来ない。
体力と同じ。

マツカはブルーの経てきた時間に思い当たる。
年数を重ねれば、衰える……と?
考えた人を見やれば、微かに微笑むブルーと目が合う。
マツカはその微笑に、哀しいものを見た気がした。

「加齢以外にも、頻繁に過剰に使えば駄目になってしまうんだよ、サイオンは」
「……………」
「確かに、サイオンを使えば短時間で怪我を完治させる事まで可能だ。だけど
 それに費やすサイオンはとてつもないものになる―――施術者の命を奪うほどに」

ブルーはそれ以上言葉を紡がなかった。
黙ったまま、股の上に広げた両の掌に視線を落としている。
どんな記憶に思いを巡らせているのか。
これまでの話の内容からすれば悲しい思い出のはずなのに、ブルーは穏やかに微笑んでいた。
その優しい微笑みと、手のひらの中にある見えない何かを愛おしむような姿に
思わず考えてしまった。



ミュウである自分と、そうでないキース。
どちらが先に逝くのか、軍に籍を置く身では分からないけれど。
いつか自分もキースのことを思い出すときが来るかもしれない。

その時、あんな表情ができるだろうか。
逆に、あんな仕草をして貰えるだろうか。
キースに………。



「あの男を助けたいのなら、能力を無駄に使うな」

その言葉にマツカは顔を上げた。
いつの間にか顔を上げたブルーは、マツカの瞳をひたと見つめて言った。

いざという時のために、取っておけ。















― 帰還02 ―















マツカが"姿を消して"すぐに、黒い長身が現れた。
赤が基調の制服、国家騎士団に任ぜられてからもう大分立つのに、ブルーの中では
キースのイメージは黒のままだ。

その後ろに、白い姿。
医師は部屋の奥をちらりと見やると、ベッドに座っているブルーに感じ入った。

とうとう使わなかったのか……!

これだけ広範囲の火傷なら眠れず、耐え切れない痛みに一晩中悲鳴を上げ続けるだろう。
そう判断し、劇薬に近い鎮痛剤を用意した。
ただ独りの同室者であり、看護士ということになるキースに、使用する場合は
必ず自分を呼ぶようにと言い含め部屋を後にしたのだが、2時間経過しても4時間経っても
とうとう呼ばれることは無かった。
勝手に使ったのかもしれないとの怖れも、翌日の診察で払拭された。

幾度か抗生剤は服用させたようだが、鎮痛剤の方は封を切られた様子も無い。
そして今日はもう身体を起こしている。

耐え切ったのか……
何という精神力………!

感嘆しながら診察を始めた。
「痛みは無いか?」との問いにブルーは、形の良い眉根を寄せながら頷く。
医師の指先が乾いた傷痕をなぞった。
治りが良いな、皮膚は弱くないのか、と呟く声にキースが反応した。

鏡越しに、紫の目を真っ直ぐに見つめる。
ブルーもアイスブルーの瞳を―――見つめ返した。





医師が扉の向こうに消える。
口火を切ったのはキースだった。

「いつ、マツカが来た?」
「彼は来ていない」

抑揚の無い、静かな声。
以前と全く変わっていない。

あれだけの目に合わせたのに。
あれだけ―――世話をしてやったのに。
キースの中で、青白い炎が灯る。

ほう。
キースは、ブルーの首に巻きつく銀の細い輪を指で持ち上げた。

「ではお前がサイオンを取り戻したということか。ならば、こんな低いレベルでは
 押さえ切れんな…!」
「―――く…っ……つぅ!」

指を解かぬまま、壁のコンソールまで強引に引き摺る。
傷が痛むのだろう、ブルーが噛み殺せない声を零した。

キーボードを操り、サイオン制御のレベルを最高に戻す。
銀の環がほの蒼く光ると、ブルーの額に汗が浮かんだ。
膝から力が抜け、凭れかかってくる。

椅子に腰掛けたキースは、細い身体を抱え上げた。
膝の上で横向きに座らせ、意識を失いつつあるブルーの顎を掴む。

「こんな環に逆らえないお前に、傷を治す事が出来るのか…?」
「…彼は…来てい…ない…」

脂汗が頬を伝うのに、ブルーは尚も言い張る。
言い終わらないうちに、がくんと銀の髪が後ろに大きく傾いた。
それを抱き寄せ、胸に抱え込む。

まだ少し温かい。
微熱があるのか。

キースは片手でサイオンの制御レベルを下げると、胸元に視線を落とした。
少し開いた唇から、はぁはぁと息が零れる。
真っ赤な舌がちらりと覗いた瞬間、キースの身体の奥で熱が上がった。

くいと上向かせ口づける。
あまり反応の無い舌を絡め取り、咥内を存分に味わう。

キースは下穿きに手を入れ、柔らかいブルーをやわやわと揉みしだいた。
括れを指でなぞり、先端の窪みに軽く爪先を押し当てる。
久しぶりに走った快感に、ブルーの身体がびくんと跳ねた。

「…ふ……んあ…!」

身体を動かした途端、背中の傷が痛みを訴える。
だが、キースの指は止まらない。
慣れた指先が確実にブルーの官能を引き出していく。

「は…あ……うあ…!…んん…や…め……」

快感と苦痛に同時に責め上げられて、ブルーは服の上から蠢く手を押さえた。
キースを見上げる瞳は、二つの濡れた赤い宝玉。

「淫乱だな、ブルー……こっちも凄いぞ」
「…!…いや……う……ぁは……」
「たった数日の禁欲で、これか―――――!」
「はあああああっ…!」

先走りを溢れさせたブルー自身を上下に扱く。
透明な樹液はキースの指をも濡らし、更に下に滴っていた。
伝った先の蕾にも手を伸ばす。

「んんっ…!…ぁあああ…!」

触れられただけなのに、背筋に電流が走る。
自分の身体の反応がブルーは信じられない。
ここまでキースに慣らされているなんて……

「我慢できないのか…?」

腰が揺れてるぞ?
耳元で低く囁かれ、秘所が疼く。
動いてしまう腰は、止めようとしても止まらない。

「…あ…あ……っんん…は……」
「いやらしい身体だ、ブルー……」

指を侵入させる。
引き込むように飲み込んだブルーの中は、とても熱かった。






「ひぃ…あああ……うあ……はぁ……」

ベッドに場所を移し、ブルーは後ろから貫かれた。
落とした照明の下、白い身体がうねる。
刻まれた紋章も、ブルーが背を逸らすたびに形を変えた。

「んん…っ……ああ!…はう…あ…い…い……」

皮膚が攣れる。
勿論痛みを伴って。
だが、それを圧倒的に上回る快感がブルーを襲う。

服を着たままのキースは、緩やかに腰を穿つだけだった。
ゆっくりと挿入し、同じ速さで抜ける直前まで引く。
それを繰り返しているだけ。

キースを受け入れている内壁はきつく締まり、密着した粘膜同士が擦れる感覚が
ブルーの脳を焼いた。
引っ切り無しに漏れる嬌声。
ともすれば零れる涎を伴う。

その銀の糸が、眩い灯を反射しきらりと光った。
光源である壁のモニターに、セルジュの顔が映し出されている。
キースの身体とブルーの嬌声が、ぴたりと止んだ。

「大佐、首謀者たちの集合を確認しました」
「場所は?」

冷静に答える声に、繋がったままのブルーは信じられないという目で振り返った。
白皙が、歪む。
理由は、攣れる傷口から走った痛みか、それとも"もう少し"のところで中断された
部分から這い上がってくる疼きか、自分でも分からない。

「元老の公邸です」

アイスブルーの瞳が細められた。
キースの静かな、しかし激しい怒りがブルーに流れ込んでくる。

「ほう公邸……公の場で堂々と暗殺成功の報を待っていたのか」

暗殺……?
その単語に目を見張る。
見開かれた朱の瞳に、モニターから外れたキースの視線が絡んだ。
微かに口角が上がる。
その笑みに憶えのあるブルーは、咄嗟にきつく唇を噛んだ。

「―――んぅ…っ!」

細い腰を掴むと、キースは己に向けて打ちつけ出した。
短いサイクルで激しく動かす。
前後にガクガク揺す振られて、ブルーは艶のある悲鳴を上げかかった。

だが、平然とキースは会話を続けた。

「イーシュは、戻ったか」
「はい。ここに居ります―――――イーシュ!」

ブラウンの髪に同色の穏やかな瞳。
セルジュに変わり、上品な中年の男性が映る。

「ご苦労だった、イーシュ」

キースの労いの言葉に頭を垂れる。
顔を上げ、数秒後に再び画面に現れた顔からは上品さは消え、
全く別の表情が浮かんでいた。
油断ならない、狡賢い…そんな言葉が似合う男がそこに居た。

「私が唆すまでもありませんでした。雑な暗殺計画を綴ったワンペーパーに
 飛びつきましたよ、彼らは」

ただ地位が高いだけの、薄ら馬鹿どもでした。
元老や政界の大物と呼ばれる人物をそう呼称した彼こそが、キース暗殺計画の
笛を吹いたのだ。
曲を書いたのは被暗殺者たるキース本人で、これから捕らえられ計画の自白を
強要される元老たちは、彼の手のひらの上で踊らされていたに過ぎない。



経過報告を受けるその間も、キースはブルーを責め立てていた。
震える身体を揺すられ続けている。
ベッドに紅潮した頬を押し付け、両手で口を覆っていた。

「…ん…ん…っ……ぅ…!…く…」

唇を割って溢れ出そうな喘ぎ声を必死で抑える。
両手を付くことが出来ないため、尻を高く掲げたブルーのあられもない格好に
目の端だけで微笑むと、腰の角度を変えた。
自らも動く。

「―――ひ…っ!ん…ぃぅぅぅ…あ…う…ぁぁぁぁっ!」

敏感な箇所を突かれ擦られして唇が開き、噛み締めた歯が白く光った。
きつく瞑った瞼に涙が滲む。



イーシュは、モニターの向こうのキースの身体が僅かながら
揺れていることに気付いた。

「どうかされましたか、大佐?」
「躾の最中なのでな。気にするな」

何の事か解らない男は困ったように笑った。
その背後で、セルジュが顔を背ける。

「邪魔者はこれで一掃されますな、"閣下"」

イーシュの見え透いた追従を鼻で笑い、セルジュと変わらせる。
暗殺計画に関わった全員を捕らえるよう命じ、通信を切った。



画面が消えた途端―――――

「う…あ…は…っ…ぃああああああああああ…っ!…ぁ……はぁっ…」

我慢に我慢を重ねたブルーの欲望が爆ぜた。
シーツに白濁と唾液を浸み込ませた身体が、崩れる。
ブルーの秘所から、ずるりとキースが抜けた。

ベッドから下りたキースは、服を脱ぎ全裸になると、部屋の灯りを点けた。
光の中、大きく上下する背中に浮かぶ美しい文様を見る。



惑星を支える蔦。



新造された戦艦ゼウスの印で、支えられる惑星は首都星ノアだ。
だが、キースには地球と、それにしがみ付く人類に思えた。
絵面はありふれたものだったが、構成する曲線が美しいと感じる。

だから、刻もうと決めた。
乾き定着した文様は、やはり思ったとおり白い背中に映えるものだった。

焼き付けた時の光景が蘇る。
悲鳴、震える身体、背中に食い込む爪、そして、噛まれた肩。

キースの中で、吐き出していない熱が再燃する。
まだ息の弾むブルーを抱き上げ、ベッドの橋に座った。
足を開かせ、猛り天井を向いた自身の上に落とした。

悲鳴とも嬌声ともつかないものが、ブルーの口から発せられる。
それは心地好くキースを酔わせる美酒。

「もっと、もっとだ………ブルー………」

キースはブルーの小さな身体を抱き締めた。



















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