ヒトですらなかった。



あのミュウですら、人間の遺伝子結合の結果だというのに。

塩基の配合で創り出されたモノ。
生命といえるかどうかも怪しい自分。

シロエの言葉が、文字通りの意味だったとは……!



見てきた事実が、徐々にキースを苦しめる。



沢山の失敗作―――――マザーはそう言った。
その失敗作たちとこの自分……何処が違うというだろう。

そもそも、自分と考えている"キース・アニアン"という自我は本当に
自分だけのものか。
あの試験管のようなガラスの管の中で浮いていた奴らには無いと、
仮に在ったとしても異なるものだとどうして言える?



私は―――――何だ………?
何のために創り出され、何のためにここに居る?



そんな揺れる思いを隠して、グランドマザーに謁見した。
動揺はないといったマザーは、本当に震える心に気が付かなかったのか。
全てを見通した上で、私が彼女の敷いたレールの上を進む、進まざるを得ない
ことを理解していたのではないか。
この動揺が、私の中でミュウを憎む原動力となることを見越して―――
この妬みに近い感情が醸成され、ミュウ殲滅という形で噴出すのを
待っているのではないか………



いずれにしろ、選ぶ道はこれ一つしかないのだ。
キースはマツカの操縦する船で、ギッと前を見据えた。















― 刻印04 ―















以前訊ねた事がある。

何故あのミュウの女を助け出したのか、と。
他の人間たちとは違う出自の女を、何故選んだのか、と。

自分と同じイメージを持つあの女も、恐らくは"マザーイライザの申し子"に
違いないのに。
どうしてマザーの直轄管理下からミュウが生まれたのかは分からないが、
明らかに自分たちミュウの敵になるべく育まれた存在のものを……

確か彼は、こう答えた。

「彼女が、他の誰でもない、彼女だったからだ」

その時はその言葉の意味が解らなかったが、今なら―――――
ブルーはあのずらりと並んだ試験管を見たのだ。
その中で揺らめく同じ顔の者たちを。

ナンバーが付いていなければ、製作者の研究者たちとて見分けが付かない
中で、彼女を彼女と認識した。

他の者たちとは違う。
たった一人のヒトだと。

彼ならば。
ミュウの、ブルーならば―――――

エンディミオンに着艦したキースの足は、ブリッジで所要を済ますと真っ直ぐに
特別室に向かう。
マツカを従えて、扉を開けた。
そこでは…………



「あ…は………ああ……う………はあ…っ!」

ベッドの上で光る白い肢体。
うねる身体からは、匂い立つ色香と喘ぐ声。

ブルーを抱くのは、金髪の男だった。
眼鏡を外しているが………スロン…?

「これは…何だ…マツカ…?」
「あ、あの…」

向けられたのは、人形の目。
ガラス球のような、感情の無いアイスブルーの瞳に一度は目を逸らすが、
マツカは意を決したように顔を上げ、その淡い青を真っ直ぐに見た。

「もうこれ以上彼を傍に置くのは―――――ぐっ…!」

キースの腕がマツカの細い首を鷲掴みにした。
壁に身体を押し付けられ、徐々に持ち上げられていく。
つま先が床から離れた。

「手引きしたのは貴様か」
「…っぐ…んぅ………」
「全て報告しろ」
「かっ…はっ…!」
「―――イメージを送り込め」

キースの脳内に、ブルーの白い身体を嬲る二人の制服姿が浮かんだ。
スロンとスタージョン。
同時に送り込まれるマツカの思いはあっさりと封じ、片割れのセルジュを
呼ぶよう命じて解放した。

「そいつを放せ、少尉」

決して大きくない声だったのに、スロンは一瞬で我に返り膝の上のブルーを
突き飛ばした。
キースを認め、震えだす。

「さっさと服を着ろ」
「…は、はいっ」

ベッドから転げるように下り、入り口近くで立ち竦むスロンを無視してブルーに
向かう。
肩で息をしていた赤い瞳が、のろのろと見上げた。

「……次は、おまえか……」

立ち上がり、ベッドサイドに置かれていた水差しを手に取る。
ごくんごくんと動く喉を口から零れた雫が伝った。
手の甲で口を拭うと、掬い上げるようにキースを見る。

「もうすぐ薬が切れる。……するなら早くしろ」

全身に散る赤い華。
つい先ほど付けられたと思しき鮮やかなものから、青黒く変色したものまで
無数にある。

自分が留守にした直後からか……
それも毎日………



自分の力とは、こんなものだったか。
この特別室には誰も入れるなと、言い置いていた筈だ。
スタージョンたちに入室の許可を与えた覚えもない。

仮にブルーが乞うたとしても、自分の意思でこの部屋に入ったのだ、彼らは。
誰に強制された訳でも無い。
己の意思で、ブルーを抱いたのだ。



この私の命令を無視して―――――



それに、この2ヶ月の状況を見てブルーに触れて良いと判断したのだろうか、
彼らは。
キースから遠ざける為ブルーを傷つけようと意図したマツカは別だが、
この二人は…………
ブルーが誰の所有物か、判断付かない扱いをした記憶は無い。
解っていて行動したのだ、彼らは。



舐められたものだ。



この私が。



やはり……違うのか……こいつらと。
違うモノだから……。
相容れないのか……。



ならば。
それならば、解らせてやるまでだ。
愚かな彼らが理解出来るまで、徹底的にやらなければ。

どんな手を使っても。
誰が一番なのかを。
自分たちを率いるものが、誰なのかを。



ブルーの赤い斑を見つめていたアイスブルーの瞳に、光が灯る。

「そうだな」

細い手首を取り、引き摺るようにシャワー室に連れ込んだ。
湯を出す前に響いた「スタージョン、入ります」の声に、ブルーを置いて
一旦外に出る。
直立不動で挑むような視線を向ける褐色の青年に、咎める言葉も無く指示を出した。
何故そんなものが必要なのかと問うセルジュに、「黙って用意しろ」と低く命じて
スロンにも手伝うよう告げる。

「30分以内に持って来い」

その言葉を残して、キースの姿はシャワー室に消えた。














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