眩い光の中、ブルーは飛んでいた。
その世界を満たす光は基本的に白色だが、黄味や青味を帯びている
ところもあった。
美しいグラデーションの中を、かつての藤色のマントを翻して滑空する。

懐かしい爽快感。
頬を撫で髪をくすぐる風も、懐かしい。

これが電脳空間における精神体の擬人イメージであることは理解していた。
けれど、自分が如何にその感覚を渇望していたか。
ブルーは込み上げる喜びに、震えていた。

この世界は何処までも繋がっている。
ネットワークに組み込まれていれば、それこそ何処へでも行ける筈だ。
皆の許、シャングリラへでも。

でも、実際は違う。
ほら―――――こうして障壁があるのだ。
ブルーは行く手を遮る巨大な壁を見上げる。
上にも下にも果てが無い世界で、この壁にも"果て"が無かった。
そびえ立つ壁の一番上も一番下も見ることが出来ない。
乗り越える事も下を掻い潜る事も不可能なのだ。
これが為、ブルーはこのフロア以外のネットワークに入り込む事が
出来ないでいた。

壁に手を当てる。
障壁を守るプログラムに触らないよう慎重に中の構造を見た。
綻びや書き換えできる部分を探す。
数え切れないほどの壁を探った。
その中でここが一番薄いのだ。

意識を集中して、走る電気信号にシンクロする。
解除若しくは通過の方法を――――――

―――ここだ。
ブルーは掴んだ部分を書き換える。
壁に"孔"が開いた。
視覚のイメージなのだろうが、ブルーは縁に触れないようゆっくりと通り抜ける。
開けた視界に、つい先ほどまでと同じような世界が広がっていた。

抜けた……!

あとはこれの応用だ。
ブルーは紫をなびかせ、銀の軌跡を描いて真っ直ぐに次の障壁に向かう。
手を触れて数秒で孔が開く。
振り返っても、追尾してくるモノは無い。

―――やった…!

達成感に溢れ、高揚したブルーの脳内に響く声があった。
自分の名前を呼んでいる……?
続いて身体を揺すられる感じ―――――ブルーの意識は落下するように身体に
引き戻された。















― 刻印03 ―















部屋に入ったスロンは瞬きを忘れた。
特別室と皆が呼ぶその場所は、捕らえたミュウを収監している部屋だった。
鋼の軸を何本も通した厳重な扉と何重ものロック、部屋自体も分厚い鋼で
覆われている。
タイプブルー―――文字通り単身で戦艦を落とす事の出来るサイオンを持つミュウ。

自分の目でも、確認した。
その凄まじい能力を。

全身を青白い光――高エネルギーで覆い、宇宙空間を何の装備も無いまま飛行し、
襲い掛かるビームを難なくかわして、目の前でメギドの外壁を破壊した。
顔貌までは見えなかったが、印象的な燃え上がるような銀の髪は
忘れようにも忘れられない。

質素なベッドに横たわり、天井を見上げる瞳は深紅。
銀の髪に映える色だった。
簡素な白い上下が細い身体を更に小さく見せる。
小さいその身体は、全てが美しかった。

「おい、起きろ」

セルジュの言葉に何の反応も無い。
確か不自由な耳は手術で聞こえる様にしてあるはずだ。
同じ思いを抱いたのだろう。
再び起きる事を命じたセルジュの声は、些かきついものになっていた。
それでもブルーは身体を起こす気配が無い。

「名前を呼ばれなければ起きられないとでも言うのか…!」

セルジュはブルーの胸倉を掴み無理やり起こすと、がくがくと細い身体を
揺さぶる。
入り口近くでその遣り取りを見ていたスロンには、二つの赤い瞳は何も
映してないように思えた。
意識を飛ばしているのではないか、と言いかけたところで、ブルーの身体が
びくっと動いた。

「…何だ、おまえたちは……」
「ご挨拶だな…!」

この化け物が。
セルジュの吐き捨てた言葉に感情を動かす様子は見られない。
これまで数えるのも不可能な回数浴びてきた言葉なのだろう。

「その化け物に、何の用だ…?」

落ち着き払った様子に、セルジュの顔が歪む。
ブルーは扉の傍の壁に凭れているマツカに問いかけた。

「あの男の指示か?」

マツカが身を硬くするのとセルジュの手が閃いたのは、同時だった。
ブルーの唇から血が流れる。

「大佐とお呼びしろっ!」

鼻で嗤ったブルーの身体を押し倒す。
叩きつける様な乱暴な行動にベッドが軋んだ。
セルジュは馬乗りになり、肩と顎を固定した。

「大佐のお気に入りのつもりか…!性欲の捌け口に過ぎないというのに!」
「…………………」
「お情けで生かされているとも知らず、図々しいものだ!男娼なら男娼らしく
 媚びてみたらどうだ!」
「…………………焼きもちか……」
「―――!己の腐った性根を再認識させてやる…!」

セルジュはベッドサイドから手に取った物を、ブルーの左胸に押し当てた。
服の上からだったが、構わず引き金を引く。
2度響いた薬液の打ち込まれる音に、セルジュ以外の者が目を剥いた。

「―――は…っ…!」
「セルジュ、おまえ、心臓の上で…!」
「中尉、何を…!」

スロンに向かってにやりと笑うと、器具を床に放る。

「このくらい大丈夫さ…。まあ…少し、苦しいかもしれないけどね」

物凄い速さで欲情させられる身体は震え、肌は赤く染まっていく。
己の身体を抱くように回された手が、腕に食い込んだ。

「あ……か…っ…は……っつ…!あ…あああ………」

ベッドで胎児のように身体を丸くするブルーの耳元で、セルジュは囁いた。

「抱いてくれるなら誰でもいい身体だと、思い知れ…」

誰にでも足を開く、節操無しだと。
服を剥ぎ取り、太股を掴んで開くと正常位で突き入れた。
僅かに下衣をずらしただけで後は制服を着たままのセルジュと、全裸のブルーが
対照をなし、スロンの視線を釘付けにする。
マツカは顔を逸らしているが、部屋を出る気配は無い。

「ああああっ…は…ふあ……!…んあ…あ……い………」
「…情けない姿だな……ミュウの長ともあろうものが…」

尖った胸の突起を抓み捩じる。
ブルーが大声を上げ、顔を左右に振った。
唇の端から、光る唾液。
見つめるスロンの息が荒くなる。

「ひ…い…っ!…あ…あ…ああ……うあ…!……」
「なるほど…いい締りだ」

大佐が傍に置かれるのも解る。
そう言いながら、ちらりとマツカを見る。
床を見つめたままの色素の薄い茶色の瞳とは合わなかったが、セルジュの視線は
スロンと絡み合った。
軽く口を開けたまま、視線を外せないでいる同僚を誘う。

「来いよ……中々だぜ…」
「―――え…?」
「突っ込み…たいんだろ…?コイツ…に…―――――んっ!」

セルジュは二、三度深い部分を抉り、最奥に押し付けると身体を震わせた。
吐精した後、スロンに向かって蠱惑的な笑みを送り、身体を離す。
ずるりと抜けた部分から零れた赤い液体を見た途端、スロンは上着と下衣を脱ぎ
ベッドに駆け寄った。

ブルーを抱え上げ、物欲しそうに開いた赤い唇に口づける。
後頭部を片手で固定し、貪るようなキスをするスロンを見て、
制服を着直すセルジュは笑った。

「おいおい、そんなに飢えてたのかよ」

答える事無くスロンはブルーごと身体を倒し、圧し掛かる。
うなじ、胸と唇を這わす様子はまるで恋人を抱くかのようで、セルジュは鼻白んだ。

「さっさと済ませろよ…」
「うう…あ…は………はあ…っ…!い……んあ……」
「……スロン…!」

身体を密着させ腰を動かす二人に、セルジュは見ていられないと顔を振り
部屋を出て行った。
ブルーの喘ぎ声が響く中、マツカは目線を上げることなく唇を噛む。



今日の事を、キースは知らない。
様子を見ておけ、とだけ言い、グランドマザーの許に残ったのだ。
これからの指示を仰ぐために。
明日、迎えに行く。

自分は何と報告するのだろう。
ブルーの世話は独りでやれ、と言われていた。
その命令を無視した理由を。

嫉妬……だろうか…
それだけではない、と思う。

彼はこのまま階段を昇り続けるだろう。
行く先は国家騎士団の長……そんなものではあるまい。
彼の求める高みは、もっと…もっと上だ。
その資質を持っているのだから、無理もない。

何より、あの激しさ。
漆黒の闇の奥に隠された激情。
もう今の人間には残されていない、激しい感情を隠し持っている彼こそが
その地位に相応しいのだろうと思う。

そんな彼の周りに、あんなものを置いておく訳にはいかない。
けれど、今キースにそれを言っても、聞き入れることは多分無い。

ならば、怒らせ切り捨てさせることだ。
彼自身に。

その為に、このミュウに並々ならぬ興味を抱いている二人を招き入れたのだ。
彼らがすることを予測して、理解して。

そう、これは嫉妬でも報復でもない。



「違うんだ、違うんだ………」

マツカの呟きは、ブルーの絶叫で掻き消えた。

















----------------------------------- 20070818