身体が、動かない。
何とか力を振り絞って、瞼を上げた。

眩い白い光。
これは、覚えがある光。

何処でだったか…

揺らめく影たち。
これも記憶にある光景だけど。

思い出す前に、ブルーの瞼は再び閉じた。










― 捕囚 ―










ツンとする刺激臭が鼻を抜けた。
無理やり覚醒させられる。

右目の奥に―――――鈍い痛み。

ブルーが瞼を開けば、そこは記憶に無い部屋で。
だが、椅子に座り自分を面白そうに見る男には覚えがあった。

キース・アニアン…地球の男。
国家騎士団にしてメンバーズエリート…



この右目を奪った男―――――!



ブルーは起き上がろうとするが、身体は重く、まるで自分の物ではないようだ。
あの、目覚めの後のように。

「無理はしないほうが良い、タイプブルー・オリジン」

いや、ソルジャーブルーとお呼びしたほうがいいかな。
隠そうともしない揶揄を含んだ言葉に、ブルーの目が鋭くなる。

「身体は弱りきっているし、サイオンも涸れかけているそうだからな」

何故それが分かったという疑問より先に、やはり…という思いが走った。
自覚はあった。

テレパシーが使えない。
周囲を探ることすら出来ない。
いま自分が何処にいるのかも、分からないのだ。
これまでの自分では有り得ないことで。
ブルーは、目も耳も塞がれた気分を味わっていた。

「ここが何処か、解るか…?」
「…………」
「国家騎士団第七艦隊の旗艦エンディミオンの"特別室"だ」
「…………ほう」

驚かないか。
キースは笑った。
支配者の余裕に満ちた笑い。

癇に障る笑い方だが、今の自分に抵抗する術は無い。
ブルーは、残った左目一つでキースを睨みつけることしか出来なかった。

「クク……良い目をする」

キースは言葉を続けた。

「首都星から呼んでおいたミュウの研究者たちが、貴様を隅々まで調べたよ。
 何より欲しかった攻撃的ミュウ、タイプブルーの、しかもオリジンだ。
 さぞ良いマウスになるだろうと期待に胸を弾ませて、な」
「………………ご期待に添えなかった様だな」
「ああ。早々に戻られたよ、収穫は無かったそうだ。どうせならもっと
 活きの良いサンプルを捕獲して貰いたいものだと、嫌味まで言われた
 ―――――嬉しそうだな」
「はははっ!嬉しくないはずはないだろう!」


このボロボロの身体が、"役に立った"のだから。
ブルーは力なく笑い続けた。


「…黙れ」

キースの言葉を無視して、ブルーの笑い声は続く。
その声は、苛立たしく立ち上がった国家騎士団の上級少佐が簡易ベッドに横たわる
薄い身体の少年の頬を張るまで途切れることは無かった。
加減無く叩かれ、ブルーの口角から血が流れる。

「調子に乗るなよ。貴様の命は私の手の内にあるのを忘れるな」
「燃え滓の私を捕らえても、何の得も無いだろうに」
「そんなことは無いさ―――――ブルー、あれは良いマントだったな」

マント…?

腕を動かし、探る。
しかし、指先は懐かしい肌触りを伝えてこない。

その時始めて、ブルーは己の身に着けているものが全て変わっていることに気が付いた。
質素な白い上下は…………これは…!

「…………No.33」
「――!」
「首に手を当ててみろ………懐かしいだろう…?」

ブルーは言葉も無い。
呆然とした表情で、首の周りに絡みついた銀の輪に触れていた。




何故これが。
どうしてこんな服を着せられている…?

あの悪夢の再現なのか……
思い出したくない記憶が蘇ってくる。

イヤダ
イヤダ

ヤメテ
ハナシテ

クルシイ

タスケテ
タスケテ…!




ブルーを悪夢の底から引き上げたのは、キースの冷めた声だった。

「調達するのは大変だった。なあ、マツカ」

怯えた様子で、「あ…はい」と返事をする少年。
薄く淹れた紅茶のような髪と目を持った華奢な少年も、キースと同じ制服を身に
着けていた。

彼も、国家騎士団なのか。
その内心の言葉に答えるように、キースが言う。

「そうだ。だがな、こいつはおまえと同じ、ミュウだ」

ブルーは驚いた表情でマツカと呼ばれた少年を見た。
マツカはブルーの赤い瞳から、視線を逸らした。

「貴様の救ってきたミュウなど、物の数ではない。処分された"出来損ない"は、
 その10倍、100倍か」
「…黙れ」
「こいつもその1人だ。私が気まぐれを起こさなければ、とっくに処分されていた」
「……黙れ」
「おまえらがしようとしている事など、何の意味も無いんだ…!」
「………黙れ…っ!」

ブルーの瞳の赤が、輝く。
キースを狙って放たれたサイオンの矢は、彼のずっと手前で消えた。

「よくやった、マツカ」
「お怪我はありませんか!」
「ああ―――――そいつはまだ生きてるか?」

簡易ベッドの上で意識を失っているブルーの細い首筋に手を当てたマツカが、頷く。
キースはブルーに近づいた。

「驚いたな。まだそんな力が残っていたとは」

サイオン抑制装置の電撃で失神したブルーの身体は、改めて見ると本当に細く小さい。
これが伝説の戦士だとは、にわかには信じられない。
けれど、直接対峙したキースは、彼がどれほどの脅威であるかを身を持って知っていた。

完璧にブロックされているメンバーズの深層心理にあっさりと入り込んだ。
空気も無い、放射線が満ちる宇宙空間を生身の身体で飛び回り、戦艦を落とし―――――



メギドの火を防いだ。
単身で。



胸元を掴み、持ち上げる。
顔を至近距離に寄せ、吐き捨てた。

「化け物…が…!」

軽い身体を、ベッドに投げ捨てる。
捲れた上着の裾から覗いた真っ白い腹部に、控えめに咲いている赤い花。
薄っすらと残るキスマークに、目が奪われる。

にやりと笑うと、キースはマツカにもう一度起こすよう命じた。
















----------------------------------- 20070727