起きて下さい
ブルー……

ほうら、もうとっくに時間が過ぎてしまって
またゼルに小言を言われてしまいますよ

『…別に構わないよ
 僕は、眠いんだ…』

……わたしが叱られるんです

褐色の影がふわりと笑った。










― 捕囚 ―










目を開けた。

動くのは、片目だけ。
右は、瞼を動かす事すら出来ない。

視界は驚くほど暗い。
いくら片方だけしか見えないとは云え、これは―――――

ブルーは目の上に翳された、マツカの手を掴んだ。

「うわっ…!」

しっかり掴んだと思った指は、簡単に振りほどかれた。
軍人にしては細い身体がベッドの傍らに立つキースの背後に隠れてしまう。
キースの薄い唇が動き何某かを喋ったようだが、ブルーには聞き取れなかった。
顔を左右に振り、聞こえないと意思表示する。

キースは舌打ちして、マツカを呼んだ。

「伝えろ」
「僕は、もう嫌です…!他人の心なんかに、入り込むのはもう……!」

怖い、と顔を逸らす。
だが低い声で名を呼ばれ、仕方なく上げた薄茶色の瞳に、キースはきつい目線を打ち込んだ。
息を呑むマツカに一言「やれ」と告げる。

震えるマツカの全身を淡い緑の光が包んだ。
ブルーに、声が聞こえ始めた。

「そいつが、おまえの相手か…?」
「………相手…?」
「消えかかっているが、腹のこれ…」

キースはブルーの白い上衣を捲くる。
よくそんな時間があったものだ、と唇を歪めた。

「この男、艦長なのだろう……?ああ―――――」

艦の補修やら全てを放り出して、貴様との交尾に現を抜かしていたか。
道理で、反応が鈍かったな。

嘲る口調。
しかし、天井を見るブルーの表情は変わらない。
キースは、その細い顎を取った。

「見れば見るほど、凄い顔だな」
「………………」
「このハーレイとか言う男で何人目だ?」
「………………」
「どれだけ誑かしてきた?」
「………………」
「咥え込んだのは、何本だ?」
「………………」

紫の瞳は、落ち着いた精神の表れ。
全く温かみを感じられない視線を、ブルーは真っ直ぐにキースに向けていた。

「……300年前、この瞳で研究者たちを誑しこんだのか…」

ええ…?ブルー…
キースの低い囁き声に、紫が僅かに揺れる。

「彼らの精神データに残っていたよ。奴らがおまえをどう扱ったのか、
 どんな風に嬲ったのか……」
「………………」
「おまえがどんな反応をして、どうすれば悦び、どんな声で啼いたか…」
「…………黙…れ……」
「おまえを嬲った全ての奴のデータにあった、素晴らしい淫乱だとな…!」
「―――!」

色を変えるブルーの瞳。
その理由は感情の昂ぶりで。
激しい怒りを湛えた真っ赤な瞳が、輝く。

感情を破裂させかけたブルーの顎を捕らえるキースの手に、力が込められた。
同時に肩口に手をやり、治りかけの銃創を抉るように掴んだ。

「…つっ…!」
「この至近距離でサイオンを使われては困る。電撃などで簡単に死なせるつもりは
 無いからな」

顔を歪ませるブルーの痛みをストレートに感じたのか、マツカがひっ!と
声を漏らしながらよろめいた。
壁に手を付き、肩で息をする。

「痛覚は遮断しろ!」
「…あ………は、はい…っ少佐…」

二人の遣り取りを横目に、ブルーは微かにサイオンを走らせる。
けれど、口を覆うように顎を掴むキースの手からは、興奮も高揚も感じられない。
肩から走る激痛よりも、その事がブルーの心を捉えて放さない。


この男には感情というものが無いのか。
心が―――――無い…?
ニンゲンでは無いのか……


ブルーの瞳に初めて浮かんだ恐怖を見て、キースは笑った。
満足そうな、冷たい笑いを。

「敗者の涙は、勝者の美酒だ。味わせて貰おうか―――

キースはブルーの上衣の裾から手を差し入れ、白い腹を撫でた。
触れられた瞬間こそ身体をびくっと震わせたブルーだったが、キースから視線を逸らすと
抵抗する素振りも無い。

「ほう……おとなしいな、"ソルジャー"ブルー」
「……好色も、メンバーズエリートの条件か?」
「はっ!面白いことを言う」

身体を離し、ベッドを見下ろすとキースは続けた。

「残念ながら違うな。これは、代償だ。爆破されたメギドの埋め合わせ―――――



破壊した貴様から、ミュウどもの情報を取る。



その言葉に目を見開いたブルーだったが、挑むような視線をキースに向け笑った。

「この私が、漏らすと思うか…!」
「通常の方法では無理だな。実際、研究員たちが地球から遥々運んできた装置では
 歯が立たなかったそうだ。貴様の遮蔽する"力"に」
「ならば――――」
「マツカ、来い。こいつの頭を押さえろ」

キースの意図に気づいたブルーは、逃れようと身を捩った。

機械による力づくでは入り込めなくても、同じミュウならば………
尚且つ、普通ではない、高揚して開いた精神状態に追い込めば―――!

ブルーの抵抗をキースはあっさりと封じた。
後ろ手に捩じり上げると体重をかけ、うつ伏せでベッドに押さえ込む。
下着ごと引き裂いて下衣を剥ぎ取ると、双丘を撫でた。

「―――!止せっ……うあ…っ!」
「なるほど…"良い"な」

差し入れた2本の指で内部を蹂躙する。
前触れない行為に苦痛しか感じないブルーは、額に脂汗を浮かべた。

「柔らかく湿っているのに、しっかり締め付けてくる……これでは堪らない…」

そのキースの言葉は耳元で囁かれたため、直接ブルーの耳に響いた。
かあっと頬が赤くなる。
悔しさのあまり噛み締めた唇から、血が滴った。

「…ぅ!……んぅ…!……………ぅぁ……く…っ…」

拒否する事はおろか、抵抗すら出来ない。
せめて声を漏らすまいとするブルーに"直接触れて"くる感覚。
顔を上げようとするが、頭はマツカの両手でベッドに押さえつけられていた。
おずおずながらも、ブルーの精神の"亀裂"を探しているマツカを見えない手で振り払う。

『私に触れるな―――――っ!』
『ひっ!』

ブルーの中から、マツカがさっと逃げ出す。
同時に自由になった頭をもたげ、一つしかないが強烈に輝く赤い宝玉で
射抜くような視線を送った。
「あ…あ…」と声を漏らし、尻餅を付いたまま壁際にいざって行く。

小刻みに震えるマツカに近づく意思の無いのを見て取ると、ブルーは頭を巡らせた。
背後のキースを睨む。

彼は―――――笑っていた。
それは、それは嬉しそうに。

唇を動かす。
読めるように、ゆっくりと。



"いつまで持つか、楽しみだ"



言い終わったキースは、表情を凍らせたブルーにもう一度笑いかけると、一気に貫いた。
微笑みに気を取られていた為反応が遅れたブルーが、圧迫感と痛みに声を上げる。

「うああああああ……っ!」

キースはブルーの細い腰を抱え上げ、激しく穿つ。
配慮も気遣いも全く無い動き。
ハーレイの時とは異なる感覚が、暗い記憶から蘇ってくる。

抵抗するものの、最後には身も世も無く喘がされた自分。
押し寄せる快感に呑みこまれて……流されて……

あんな
あんな…!

ぎり…っ。
ブルーは奥歯を噛み締める。



二度とこの口は開かない。
決して…声など出すものか……!



ブルーはベッドに顔を押しつけた。



















「―――――――!!」

唇を噛み締め、無言で達したブルーは意識を失った。
真っ白い全裸の、脱力した身体を身体をベッドに投げ出している。
1時間以上ずっと背中で拘束されていた手首には、キースの指の跡が
くっきりと付いていた。

キースがシャワーに姿を消す。
床にへたり込んだままのマツカは、這うようにベッドに近づいた。

目を閉じた青白い顔は、本当に幼くて。
つい先ほどまで目の前で行われていた暴行にとうとう一言も発することなく
堪えた、強固な意志の持ち主とは思えないほど、幼く、また痛々しい。

結局、マツカはブルーの中には入り込めなかった。
跳ね除けられてからずっと、震えて見ていることしか出来なくて。
キースも、マツカにはそれ以上の無理強いをしなかった。

二人の張り合うようなセックスに、ひたすら怯える事しか出来なかった自分。
意識を飛ばしたブルーの額に手を伸ばす。

もう触れる―――そう思った瞬間、背後からキースの声。

「こいつの監視、おまえの仕事だ、マツカ」
「自分が、でありますか?」

そうだ。
乱れた髪を手櫛で直し、身なりを整える。

「折角ミュウの長と知り合えたのだ。色々訊くがいい」

キースの言葉の意味を考えているのか、マツカは顎に手を当てる。
が、すぐに顔を上げ「わかりました」と答えた。

キースは乱暴にブルーを転がし、仰向けにさせる。
顎を指先で上げ、「これは興醒めだな」と呟く。

「マツカ、この捕囚に義眼と耳の手術の手配をしろ」
「はい?」
「貴様の仕事を減らしてやろうというんだ。今日中だ」
「今日―――!」
「返事は?」
「はいっ」

返事を得ると、もうブルーに興味はないといわんがばかりに踵を返す。
シュンと音を立てた扉の手前で歩みを止めた。

「瞳の色だが―――――赤色だ」

マツカが敬礼をしたのを確認もせず、キースは通路に消えた。









----------------------------------- 囚われて でも心は孤高のまま 20070801