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着任
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「では、後宜しくお願いします」
「はい」
デビッド・ホークは前室長を送り出すと、改めて挨拶する為振り返った。
タリアが居る。それも直ぐ傍に。心臓が高鳴る。
(痩せた・・・・・)
ちらりと彼女の右腕を見る。云われなければ気がつかないかもしれないが、違和感を感じる。
ぎりっと胸が痛む。
華奢な身体を抱きしめてしまいたい衝動は、自分の体内にあるすべての気力で押さえ込まないとならない程の強力だった。
そんな体内の嵐を気取られない訓練はこの3年で、いや、むしろそれ以前の生活で身体に染み付いている。それでも発声するまでには若干の時間と多大な気力を要した。
「デビッド・ホークです。宜しくお願いします」
彼の前にはタリアを始め室員全員が並んで立っている。
一番長身はマシュー、大分開いてアーノルド、そのあとタリア、ムーラン、リンダ、エリザベスと続く。
デビッドは視線を乱高下させながら一同を見渡した。体内の嵐はやや凪に変わったのか、内心でこっそりと溜息をつく余裕が出来た。
(さすが名高い第3室、壮観だな。服装規程が緩い地上勤務ったって、こりゃ無いだろうに・・・正に百聞は一見に如かずって事か)
きちんと制服を着用しているのはタリアとリンダのみ。だらしなくスーツを着ているアーノルドと内勤のデスクワークにも関わらず何故か整備服のムーランは残りの二人と比べればまだマシな方と言えるだろう。
エリザベスの膝上10センチオーバーのミニスカートとタートルネックのセーターは共にパッションピンクで、非常に多くのレースが施されている。マシューの服はよく見れば制服で、かなりアレンジしたものらしい。身体にぴったりフィットした全身原色遣いで、しかも所々肌を露出させている。
このメンバーと並んだ自分の姿に思いを馳せ軽く凹みかけたデビッドだったが、タリアの声で現実に戻った。
「室長のタリア・グラディスです」
3年前と変わらず美しい彼女の顔に、微かだが確実に浮かぶ嫌悪の色にデビッドは改めて緊張した。
覚悟の着任だが、やはりキツい。
耐えられず、軽く会釈してタリアの顔を視界から外す。
「係長のアーノルド・スミス、同じ係長のリンダ・ロセッティ・チョウ。スミス係長が上席になるわ」
アーノルドが挨拶もそこそこにデビッドに問いかける。
「副室長の生年月日は本当に略歴のとおりですかっ」
「はい。間もなく18になりま」
“す”は畳みかけるように続くアーノルドの言葉に押し止められた。
「惜しいっ!もう2日遅ければ、それは美しい並びにっ・・!ぐふっ」
「これから宜しくお願いします!」
腹部を押さえて蹲るアーノルドの前にずいっと歩み出たリンダが、会釈した。彼女のこめかみに浮かぶ血管に気づいたマシューが笑った形になった口を押さえる。
「室長、続きをお願いします」
「そう?では、主任も二人よ。マシュー・ヘボンとムーラン・ノッカー」
マシューはにっこり笑ってウインクしながら、ムーランは仏頂面のまま視線も合わせず頭を下げる。
「最後が係員の」
「エリザベス・プロコフィエフです!宜しくお願いしますぅ」
紹介を待ちきれなかったエリザベスはぴょんと跳ね出ると、デビッドの両手をしっかと掴んだ。
デビッドは驚いたように軽く目を見開いたが、「宜しく」と笑顔で答えた。
「きゃ〜、かっこいいー!」
「ずっるーい!アタシもー」
同じように握手を求めるマシューと、デビッドの手を掴んだまま飛んで跳ねているエリザベスをリンダがたしなめている。
リンダはその声をぼんやり聞きながら、改めて新任の副室長を見た。
二人が騒ぐようにデビッドは綺麗だった。
マシュー程ではないが長身で、まだ幾らか細身だが均整の取れた身体と、ウェーブのかかった短めの黒髪に縁取られた整った顔、その中で強い光を放つ深い群青の瞳。年齢の所為もあるだろうが、何もかもが輝いて見えた。
しかも彼が纏う制服の色は”赤”-----綺麗で優秀な若者。
何の含みもない唯の部下として配属されてきたのなら、歓迎した事だろう。
しかし、彼は副官とは名ばかりの監視者なのだ。
「以上7名よ。他の部屋にも挨拶に回らなくてはならないから、荷物の整理が終わったら声を掛けて」
そう言ったタリアは硬い表情のまま、席に戻った。
(2006/1/5)