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着任



マシューが息せき切って第3室に駆込んできたのは、室長が副室長を伴い部屋を出てきっかり13分後だった。

「ちょっと、ちょっと〜大変よ!」

「てめーの『大変』で、マジに大変だった事なんかねえじゃねーか」

マシューはムーランの軽口も耳に入らない様子で、第1室の方を指さしながら怒鳴った。

「ホーク新副室長が、ああん、言いづらいわねっ!デービッドがエセサンタを蹴倒しちゃったのよーっ」

「ああ?夢でも見たんじゃねーの?イヤラしく後なんか付けてくからよ」

斜に構えてそう言うムーランを突き飛ばして、エリザベス・アーノルド・リンダがマシューの元に駆け寄ってきた。
誰にかは判別しないが、踏みつけられもしたムーランの怒鳴り声に耳を貸すものはいない。

「第1室長を!?どうして!!」

「あのエセサンタ、いつもみたいにうちの室長を小馬鹿にした事を言ったらしいの。アタシ通路から覗いてたから話は良く聞こえなかったんだけど、気持ち悪いスケベ顔で笑ってたから多分そうよ」

「でも、どうして副室長がそんなことするんだい?だってあのお人は」

汗を拭き拭き話すアーノルドにやっと立ち上がったムーランが同調して言った。

「情報部の人間が監視の対象者の為に、んなことする訳ねーだろーが。あんなに若いから嫌みの1つでも言われたんだろうよ」

「それこそ情報部のエリートは厭味程度で手を出したりしないはずよ」

リンダの言葉に一同は考え込んでしまった。

「血の気の多い情報部員なんじゃ」

「バカ」

自分の発言を0.5秒で瞬殺されたムーランがギッと斜め上空を睨んだ。
生憎やる気満々なのは彼一人であったので、お決まりの騒ぎにはならなかったが。




「ホントに、グラディス室長庇ったみたいですよ・・・」

いつの間にか輪から離れていたエリザベスが、受話器片手に呟いた。そして、第1室の自分のファンから聞き出したことを話し始めた。

「あっちの風船デブ、グラディス室長に『今度はいいお相手が来たじゃないか。身体を張ったご機嫌取りも若い方が良いだろう?』って大声で言ったそうです」

すかさずリンダとマシューが抗議の声を上げた。マシューは中指を立てたジェスチャー付きだ。

「その言葉に副室長が」

「切れたんだろ?」

「あんたは黙ってなさいよ!」

今度は上空からマシューが睨む。

「切れたのはスケベ風船ハゲオヤジの方です。『自分の上司を侮辱する発言は撤回して頂きたい』と言った副室長に殴りかかったそうですから」

「プーちゃん、あんた・・・カワイイ顔して結構言うのね」

呆然とした口調のマシューに、エリザベスはにっこり笑った。それは可愛いく愛くるしい可憐なアイドルには似つかわしくないものだった。
見てしまった3人の背筋に心なし冷たいものが走る。

「あ、あとはアタシが引受けるわ。何てったって目撃者だからねっ。形的には『殴ろうとしたエセサンタが避けた副室長の足に躓いて転倒』なんだけど、あれはやる気でやったわよ、絶対!」

「1室の人もそう言ってました。あれじゃ避けられないって」

「そうよ!絶妙でばっちりのタイミングだったもの!」

ぐっと拳を握って言い放ったマシューに、おずおずとリンダが聞いた。

「でも、どうして?」





「オレの直属の上司のことだから、ですよ」



同道巡りしそうな会話に終止符を打ったのは、誰あろうデビッド・ホーク副室長その人だった。
開いたドアに上半身をもたれさせたまま、第3室5名の驚愕の視線をさらりと受け流している。

「上司を侮辱されて黙っていたら、こっちまで舐められる」

にやりと笑ってそう言うと、白い手袋を外しながら自席に戻る。
外した手袋を放り投げるとデスクに頬杖をついた。口元には笑いを貼り付けたままだ。

「他に質問はあります?」

5人は互いに目配せし、身体をもぞもぞさせていたが、マシューがえいっと勢いよく挙手した。

「ぶっちゃけて訊いちゃいますけど、副室長は前任の方々と同じ”お仕事”をなさるんですよね?」

「”お仕事”ね。グラディス室長の監視と警護はさせて頂きますよ。これでも副室長なんでね」

単刀直入な物言いにかなり驚かされたが、それ以上に吃驚したのは聞き慣れない単語、警護。
監視は前もそのまた前の副室長たちもそれは熱心に遂行していたが、警護も任務だったとは気がつかなかった。彼らの行動を思い返しても全く結びつかない。

「一応確認致しますけど、警護の対象ってグラディス室長ですよね?すみません、これまでの副室長方からは想像もつかない言葉だったものですから」

「先輩方、警護は門外漢だったからかな。オレはこっちが専門なんですよ。なのでデスクワークは得意とは云いがたいので、宜しく頼みます」

最後の台詞と共に5人を見渡したデビッドの顔に浮かんでいたのは、輝くような満面の笑顔だった。
リンダとエリザベスは頬を赤らめ、アーノルドとムーランでさえ息を呑んでいる。それほど魅力的な、人を強く惹きつける笑顔だった。

ただ、マシュー以外にとっては。

身体がぶるっと震える。
この震えが恐怖によるものかどうかはマシュー本人にも解らなかった。
理由だけは解った。デビッドの笑顔がついさっき第1室で目にしたものと同じと気がついたから。

明らかに意図的に足を出したデビッドはそれは優雅なしぐさで手を差し出した。
その手を取り、立ち上がった第1室長の抗議の声を塞いだものが、今マシューの眼前にある笑顔だった。




少年の面影を残しながら、老獪という言葉が似合う態度が自然に取れるこの青年・・・・・しかもいい男ときてる。
マシューは小さく口笛を吹いた。

(これから面白い事になりそう!)






装備部装備課第3室、別名は枚挙に暇が無いが有名なところでは"吹き溜まり"部屋、そしてタリア・グラディスの為にのみ新設されたこの第3室の、平穏で死にそうな程退屈な日々が終わりを告げた。


(2006/1/5)




続く






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