カッシャーン。

ハーレイの目の前で、それは割れた。
それを重力に委ねたブルーの手は、まだ宙にある。

床に広がるのは無数の白い破片。
ティーカップの残骸だった。













―― Vous etes plus beau qu'une rose ――




Lecon 3










「何を―――なさるのですか?!」

ハーレイは剥き出しの膝をついて破片を集める。
極短いスカートから尻がはみ出してしまうが、それを気にしている場合ではない。

割れた破片に触れてブルーが怪我でもしたら…!
そう思うと居ても立っても堪らず、それを集める作業に没頭した。

「触らないで下さい。私が片付けますから」

カチャカチャと破片を重ねていくハーレイの背後から投げられた声は、
とても冷たいものだった。

「当たり前だろう?粗相をしたのは君なんだから」

思わず顔を上げる。

テーブルにあったティーカップを抓み上げ、わざわざ床の上まで運んで
そこで手を放したのはあなたでしょう。
その白い指だ。

指の持ち主たるブルーは、穏やかに微笑んでいた。
だが、その笑みはとても冷たいもので。
ハーレイの舌は固まってしまった。

「ああ、こんなにしてしまって。お気に入りだったのに」
「……………」
「いくら僕のサイオンが強くても、これを元通りにするのは無理なんだよ」

知っています。
けれど―――。

そう返すことが出来ない。
ブルーは艶然と微笑んで、さらりと言った。

「お前に罰を与えないといけないね」

カップを片付けたら奥の部屋に来なさい。
あまり待たせないで欲しいものだな。

その言葉を私はぼんやり聞いていた。











その部屋で、私は天井から下げられた細い鎖に繋がれた。
腕を大きく開いた格好で、両膝を床につけている。
全裸だった。
ブルーに、脱ぐように命じられたから。

逆らえなかった。
嫌だ、とさえ言えなかった。
跪き両手を挙げるように言われ、従う。
私にはそうする事しか出来なかった。

目の前に立つブルーの手には大きなブランデーグラス。
深い深い琥珀色の液体が、満々に湛えられていた。

「お前は…本当に綺麗だね」

ブルーの手が、盛り上がった私の肩に置かれた。
肉体的に虚弱なミュウには在り得ざる体躯。
皆よりも一回り以上も大きく、硬い筋肉に覆われた己の身体。
それの何処が綺麗なのだと思う。

私よりもずっと"綺麗だ"という形容詞のぴったりくる細く白い指が、胸を通り
割れた腹をくすぐる。

「…ん……」

ぴくっと身体を震わせて、私はその白い指から逃れようと身を捩った。
綺麗で美しいブルーの、その指が何だか―――恐ろしくて堪らない。

「この綯った縄のような筋肉…それが幾重にも重なって、綺麗な曲線を描いて…」

本当に美しい…。
つつ…と皮膚を這う指先が、私の腹を何度も上下した。
ゾクゾクしたものが背中を走る。
それは恐怖と、期待。
この後もたらされるであろう快楽への予感だった。

だがそれは確実に痛みを伴う。
間違いなく。

ぞく…っ。
痛みを想像して、たった今背中を下ったものは…。
私は頭を振ってそれを追い出す。

「どうしたの?」
「…いえ…」
「お仕置きが、待ちきれない―――のかな?」
「いいえ!」
「へえ、そうなの」

じゃあ、ここに訊いてみよう。
怖くて堪らないブルーの手が動いた。
グラスを床に置き、私の股間を弄る。
その感触に思わず声が漏れてしまう。

「…あ、んぅ!…ふ…ぅ…」

自分でも、既に大きくなっているのが分かった。
立ち上がってこそいないが、膨らんでしまっている。

今日は一度も触られていなかったというのに。
アレもまだ付けられていないというのに。

ちりん。

ああ、アレの音がする…。
ゾクゾクと皮膚の下を這い回るものが、身体中に駆け巡った。

「これだけ大きくなってれば、もう大丈夫だね」
「や…」

腰を引く私に、くすっと笑う気配。
でも、ブルーは何も言わずくるくるっとピンクのリボンを巻きつけると、
グラスを手に立ち上がる。
ゆっくりと私の背後に回り、言った。

「さあ、始めるからね」

高らかに宣言すると、手を閃かせたのだった。










身体の震えが止まらない。
歯を食い縛るけれど、唇から零れるはしたない声を止めることが出来ないでいた。

「あ…ぅ……はっ、ん…くぅ…」

ぴちゃり、ぴちゃり。
背中から響く水音。
それがもどかしい快感を生む源だった。

ブルーが手にしていたグラスの中身を私の背中にぶちまけた。
甘いアルコールが匂い立ち、部屋中に充満する。

背中を伝い落ちるブランデー。
それをブルーは舐め取っているのだ。

「君の褐色の肌に、この深い赤は合うね」

舌を動かしながら器用に呟く、その響きさえ私の肌は快感に変える。
ぴくぴく震える身体に合わせて、鈴が音を立てた。

「うふふ…気持ち良いんだ、ハーレイ」

こっちから涎が垂れてる。
ブルーが背中から伸ばした手で、揺れる私自身を掴む。
それは手が上下するたびに、背後のものにも勝るような大きな水音を立てた。

「あっ……止めて…下さい…」
「どっちを?」
「両方…んっ…です…ぅ!」
「美味しいんだよね、これ…」

ぴちゃり。
ブルーの舌は止まらない。
あの薄くて少し長めの舌を尖らせて、私の背中を―――想像するだけで
身体が疼いてしまう。
強請るように腰を揺らす私を見て、ブルーが笑った。

「…止めたら辛いよ、こっちは。自分で扱くの?」
「まさか…っ!」

そんなこと、しません!
叫ぶ私の背中を、ブルーはべろんと舐め上げた。

「はぁ…っ!」

こぷり、と溢れたのが分かった。

もうイってしまいそうだ。
出してしまいたい…!

けれど、ブルーの前では嫌だった。
あんな恥ずかしい真似は、耐えられない。

内股にきゅっと力を込めて堪えながら、懇願する。

「止めて…下さい…ぅ、お願いです……」
「そんなに嫌?」
「…は…い…」
「う〜ん、残念だなあ。もう少し楽しみたかったのに。
 この甘い甘いブランデーと―――」

君の甘くて可愛い声も。
耳元で囁かれて。
自分の上げてる声に思い至り、私は俯いて唇を噛んだ。

恥ずかしくて、恥ずかしくて。
消え入ってしまいたい。

なのに私の欲望は勃ち上がったままの、みっともない姿を晒している。
でも、今だったら服を着て部屋まで帰れる。

この後どんなに恥ずかしい行為をしたとしても、ブルーには見えない。
もう前だけではイけなくなって、自ら後ろを…。
そんな私の姿を見られることは無いのだ。

「お願いです…もう、許してください…」

涙さえ溢れそうな私の声に、ブルーはとてつもない明るい声で答えた。

「うん、お仕舞いにしよう」

すっと立ち上がり、床からもう一度グラスを取る。
1/3程残っていたブランデーを透明な器の中でくるりと回し、立ち上る香りを嗅いだ。

「やっぱり君の体臭が混じったものの方が、いい匂いだ」
「………!」

にっこり笑う。
そうして、グラスを高く掲げた。
私の頭上で傾ける。
冷たい液体が火照った肌を滑り落ちた。
ブルーは背中から尻を伝い、床に落ちるブランデーを見ている。
ぽたり。
最後の一滴が、床に吸い込まれた。

「これで消毒は完了」

お仕置きの、鞭打ちの時間だよ。
白皙に広がった、その冷たい微笑を私はぼんやりと見上げていた。


























---------------------------------------------------- 20080518