"あの"カップルが別れたらしい−−−−



その噂はあっという間にモルゲンレーテの社内に広まった。
男たちは大っぴらにガッツポーズをし、女たちの笑顔の比率が上がった。




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1 エリカ・シモンズ


社内で持ちきりの噂。
その一方の当事者であるムウ・ラ・フラガはエリカ・シモンズの居間で派手な溜め息をついた。

「はあ・・・・・」

「なぁに、もう白旗?」
「別に降参って訳じゃないけどさぁ〜」

ムウは胸に大き目のクッションを抱えて、ソファーに深く沈んでいる。
冴えない表情の彼にコーヒーを渡し、隣に腰を下ろした。

「先週の日曜日だから・・・ちょうど10日ね、うちに転がり込んでから」

隣にちらりと視線を投げれば、ムウの顔は曇りがちだ。
昼間、息子ソウルと遊んでいた時には気にならなかったが、今日は一日元気が無い。

「もうママのおっぱいが恋しくなっちゃったのかしらね、このボ・ウ・ヤ・は」

そういって凹むムウの頬を突いてみた。

「・・・・・」

ムウは冴えない表情のまま大人しく頬を突かれている。


これは、重症ね・・・


エリカはマグカップをテーブルに置き、口をつけようとしないムウの手からも取り上げた。
そして、柔らかい金糸の頭を抱き寄せた。
ぎゅっと胸に押し付けて、イイ子イイ子してみせる。



しかし、ムウの口から出たのは再びのため息。



自信喪失しちゃうわよ、まったく
ため息付きたいのはこっちなんだけど


大人しく抱かれていたムウだったが、顔を上げた。

「そうじゃないんだけどさあ、居た堪れないっての?職場で」
ソファーに座りなおすと、マグカップに手を伸ばし一口啜る。

「仕事場だってのに、坊主たちは目が合えば露骨に睨むんだぜ」

「・・・・・そう」

それはキツいわねと言いかけたところで、ちょっと先ほどの意趣返ししてやろうという気が起きた。
悪戯っぽく云う。

「キラ君もアスラン君も、マリューのことそりゃ尊敬してるしね。悲しませるなんて許せないわよねぇ」

ムウはあれ?という顔をしたが、言葉を続けた。

「・・・それに嬢ちゃんの態度の冷たいこと」

「ミリアリアの憧れだもの、マリューは。彼女が振られることは在り得ないわよ」
もっとニヤニヤしてみる。


じとっとした目で掬うように見上げたムウが、情けない声で言った。

「・・・・・・・・・・エリカさぁん」


口元が緩む
でも、まだまだ


「・・・それにマリューは同じ部署だし?」
自分でもあまり性質の良くない笑顔だろうと思う。

毎日顔を合わせなくてはならない"針のムシロ"の痛さを思い出し、さぞ派手に凹んでくれるだろうと期待したのに・・・
凹みはしたが、その内容が大きく違った。


「はあ・・・マリューはね、いいんだ・・・・・逢えないから」

そこで肩をがっくり落とした。

「もう、3日も見てないよ〜」


そう、それであんなに気落ちしていたのか
でも、さっきの"無反応"はかなり堪えたので、もう一押ししてみる。

「あら。マリューったら、もう見切りをつけたのかしらね」

さっすが〜と楽しそうに云ったら、ムウは頭を垂れたまま・・・

「ボクを苛めて楽しい?エリカさぁん」

「ええ、とっても♪」
トドメは、とびっきりのあでやかな笑顔。

「・・・昼間は御子息ソウルくんの遊び相手で、夜はエリカママの慰み者だななんて、嗚呼・・・」
ムウは芝居がかった仕草で両手で顔を覆ってみせた。
「そうねえ、妙齢で美人の独身女性の家に、食事付きの居候の代金としては破格よね」

そしてくるっとムウに向き直り、一語一語区切って言った。
「何か、ご不満でも、お有りなのかしら」

「いえっ!とんでもございませんっ」

エリカの家の他は行くところも無い(と思っている)ムウは文字通り飛び上がった。

「い、嫌だなあ、エリカさん。不満なんて、あるはずないじゃな〜い」



笑ってしまう

実際のところ、ムウが転がり込もうと思えば引く手数多なのだ

今回の騒動の始まり、家を出た理由というのが"ちょっとマリューを困らせてやろう"の軽い気持ちだったらしい。
それがこんなに大きな騒ぎになってしまったのはムウにととって計算外だった上に、そもそも"あのムウ"がマリュー以外の数多の女性のお誘いを受ける筈も無い。

男友達はと言うと、ムウは「家出の理由を根掘り葉掘り訊かれるのも面倒だし、それに何が哀しくて今更野郎と雑魚寝しなくちゃならないんだ!」とのたまった。

それではホテルをと勧めてみると、マリューの無用の誤解を受けそうなので嫌だという。

必然、彼の中では"他に行く場所が無い"ということになるらしい。


ホント、可笑しなひと


笑いを噛み殺しながら、素知らぬ顔でコーヒーを啜っていると、ムウは「コ、コーヒーのおかわりしてこようっかな〜」と言って立ち上がった。


ソウルも喜んでるし、こんな毎日も悪くないのよね
ムウは鑑賞用オブジェとしても文句ないし、
こうやってお馬鹿やってるのも居心地いいし、
もうちょっと居てくれてもいいんだけど・・・・・

私の職場環境がこれ以上悪化するのも困るのよね

ムウを狙う女性スタッフのやっかみは凄まじいものなのだ。
こういうことに上司も部下もないらしい。
しかも、これ以上は仕事に障るというレベルまできている。

キラくんの云うとおり、そろそろ潮時かしら・・・ね・・・・・


「私にも、淹れて頂ける?」

エリカはキラの携帯端末のナンバーを思い出しつつ、ムウにマグカップを渡した。







(2006/6/5)
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