「それが、あなたの"秘密"なのですね・・・・・」

ディーヴァと会いたくはないかというアンシェルの問いかけに、ソロモンが答える。
いつもと変わる所が無い、噛み千切られかけた傷がきれいに消えたアンシェルの手を見ながら。

―――容姿だけではない
―――この聡明さも、得がたい資質だ

アンシェルは満足げに口元を歪めて笑う。


すっと、ソロモンが顔を上げた。

「見せて下さい、是非」

怖れる事無く、自分を真っ直ぐに見つめる。
強い意志を宿した瞳。


―――正しく求めてきた、ディーヴァの花婿・・・・・!


そんなアンシェルの高揚した胸中を、ちらりと何かがよぎった。
それは捕まえようとする手をするりと逃れ、あっという間に消え去る。

己の心を乱したものの正体が解からず、アンシェルは目を僅かに細めた。

ふと目に止まったのは、シーツの赤い点。
それを生み出しているのは、ソロモンの腕だった。
小刻みに震える手で、血が滲むほど強く爪を立てている。



"心の傷"
あの薬師の言葉が蘇る。



―――引っかかったのは、これか・・・・・



ディーヴァの第一シュヴァリエたる自分の眼鏡に適った人物が、あんな下賎な人間どもの行為に
傷つけられるなどありえない。
だが、ディーヴァと娶わせる者にはどんな誤謬も許されない。



―――確かめなけば、ならんか



「ならば・・・服を脱ぐがいい」

アンシェルの言葉にソロモンの顔が強張った。
思うようにならない舌で、何とか疑問を呈する。

「何故、です?」
「私の宝物"ディーヴァ"と会う者は、完璧でなくてはな・・・・・」

云いながら、それ以上言葉を継がないソロモンの半裸の身体に手を伸ばした。
アンシェルが触れた瞬間、ビクッと大きく跳ねる。

だか、逃げようとする身体はそれを堪え、緩やかに動く手を受け入れている。

「・・・・・何故震える?」

指摘されたようにソロモンは小刻みに、しかし途切れることなく震えていた。

「これからの行為への期待ではあるまい?理由はなんだ?」

言葉は揶揄する内容だが、アンシェルの顔は笑っていない。

「あんな下衆共にされた事を気に病むのか、おまえは」
「・・・・・・・・・・いえ・・・」

「ならば―――――」





ソロモンはベッドから降り、暖炉の前に立つ。
奥歯を噛み締めているのか、唇はきつく真一文字に結ばれている。

白い身体を覆う物は、下履きと前をはだけられたシャツ一枚のみ。
シャツを脱ぎ落とすと、冷たく汗ばむ手で腰紐を解いた。


下履きが、落ちた。


暖炉の炎に染め上げられたソロモンの背中と、芸術的な曲線を描く丸い臀部にすらりと伸びた脚部が続く。
それはまるで純白の大理石を名高い名工が彫り上げた彫刻のようだった。



「・・・・・ソロモン」



"彫刻"の小さく肩が揺れる。

短い逡巡の後、ソロモンは振り返った。

白い裸体の外周を、赤い炎が背後から染める。
両手首の白い包帯が痛々しい。
首筋や胸部には、深紅の薔薇の花弁が散らされたような跡。
しかし、それすらもアクセサリーにしてしまう程、一片の無駄もなく引き締まって均整のとれた
美しい身体が浮かび上がった。
最も暗い中心部に、ソロモン自身が頭を擡げている。


「・・・・・美しいぞ、ソロモン」


アンシェルはソロモンの傍らに歩み寄り、顎を掴んで上を向ける。
震え、半開きで短い息を吐く唇に、ゆっくりと顔を近づける。

その先で。
ふうっと一つ小さな吐息のあと、震える声が零れた。

「何でも、あなたが望むものを―――――僕の全てを・・・お見せします・・・・・」










前  夜  ――5――











頬が火照る。いや、本当に顔から火が出そうなほどの羞恥。
口では嫌だと言いながら、あっさり裏切った身体は欲情の印を掲げている。	

それを、晒した。



何としても"宝物"を見たかった。
おそらくこれまで自分が探し求めてきたであろうものを、確かめたかった。



しかしそれ以上に、アンシェルを失望させたくなかった。





口づけが深く強くなるにつれ、羞恥心は薄れてゆく。
漏れる吐息が色を帯び、下半身が熱を持ち始めた。

足から力が抜けてゆく。
立っているのがやっとであったのに、不意に脇腹を掠めた腕がもたらした電流が膝を砕いた。

崩れ落ちた身体は、アンシェルの逞しい腕に抱き留められる。

きつく抱き締められ、一層深い口付けがもたらされた。
深く潜り込んできた舌に自らのそれは絡め取られ、痛いほど強く吸われる。
同時に、アンシェルの手が巻き付いた脇腹をなぞる。

「・・・・・んっ・・・ん!・・・・・んんっ・・・!」

手が蠢くたびに生じる、脳髄と下半身を直撃する甘く激しい刺激が、意識を混濁させる。
すぐにイッてしまいそうだった。
空気を求めて、アンシェルの唇から逃れる。

「はあっ・・!もう・・・も・・い・・・・ああ・・!」
「――――己を見失うな、ソロモン」

それがアンシェルの声だとすぐには気が付かなかった。
うっすらと目を開ければ、恐ろしいほどに真剣な深い茶色の瞳が覗き込んでいる。

―――そう望むのでしたら、ぼくを解放してください

ソロモンの意思は言葉にならない。
悶え、喘ぐ声以外は、発せられないようにでもなってしまったかのようだ。

「総てを自分の意思の下に。おまえなら、出来る」

そうだろう、と至近距離で深い茶色の瞳が訴えていた。
更に、低い囁きは続く。

その響きに含まれる甘いものを増しながら・・・・・

「この先、あらゆる快楽を拒否して生きていくなぞ――――私が許さない」
「・・・アン・・・シェ・・ル・・・?」
「越えてみせろ、ソロモン・・・!」










こんなにも、様々に、感じるものなのか。



暖炉の前に敷かれた、白い毛皮に横たわったソロモンは思う。
その身体は、アンシェルの唇が舌が触れていない箇所は無いだろう。

いや、2箇所は意図的に残されている。
もっとも触れてほしい場所が。ソロモン自身と、まだ硬い秘所。

それ以外の場所は唇で吸われる度に、舌がなぞる毎に形の違った快感を伝えてきた。
心地好くて、深い快感。
しかし、それは性急でも唐突でも無いため、一気に流されてしまうことはなかった。



けれど――――ソロモンの身体の熱は、緩やかに上昇を続けている。



「んふっ・・・ああ・・・あ・・・・・・」

アンシェルは今、内腿に舌を這わせていた。
舌はゆっくりと足の付け根に近づいていく。

「ああ・・あ・・・・・」

もたらされるであろうものを期待してか。
ソロモンの声が大きくなる。

それに気づいたアンシェルは顔を上げ、ふっと笑った。
グイっと両足を持ち上げる。

「・・・あ!・・・・それは・・・嫌・・です・・・アンシェル」
「恥ずかしいのか?」
「い・・・いえ」

ソロモンの脳裏には、先ほど鏡で見た絵が蘇っていた。



「・・・ぼくは・・・この身体には――――」



「おまえは、美しいままだ。変わらず、な」



ソロモンの胸も、身体同様に熱くなる。
大切に思われている・・・錯覚ではない・・・・・

その思いに応えたい・・・
上半身を起こし、アンシェルを見つめる。

「ここにも口付けをしたいが」

そう云ってソロモンの秘所に指を這わせた。

「ああっ!」
「・・・痛むか?」

蠢く指に言葉を奪われ、ソロモンは必死で首を横に振る。
再び押し倒し、太股を持ち上げかけたアンシェルをソロモンは制した。

「やはり・・・いけません。あんな奴等に・・・された処に――――」

潤んだ瞳で、まっすぐにアンシェルを見た。

「あなたが口付けるなど・・・ぼくが、許せない」
「・・・・・解った。だが、こちらは嫌とは言わんだろう?」

そういうなり、直立したソロモンの昂ぶりを咥えた。

「ひあああっ!あ・・ああ・・・・あ・・・あ・・んん!」

すぐに欲望を吐き出してしまわないように、ソロモンの根元を指で強めに締める。
これまでの状況と、今のソロモンを鑑みて、あともう一度が限界と視た為だ。

「んあ・・・ああっ・・・うあ・・!・・・あ・・ああ・・」

キャンディーバーでも味わうように舐め上がれば、身体を弓なりに反り返らせる。
ソロモンは激しく金糸を振り乱し、ガクガクと震え、耐え切れずに昇り詰めそうな様子だ。



―――頃合か



アンシェルはソロモンを抱え、暖炉近くに置かれた大振りな椅子に腰掛けた。
後ろ向きに抱え、足を開かせる。
ソロモンはされるがままだ。

濡れた秘所に、己の硬い昂ぶりをゆっくりと咥えさせる。

「あ・・あっ・・・あっ・あっ・・ああ・・・」

少しづつ沈んでいく毎に、規則的な喘ぎ声が上がる。

全てを呑み込ませると、腹に付きそうなほど反り返ったソロモンの昂ぶりを撫ぜた。
粘着質な水音が響く。
アンシェルの唾液だけではない。ソロモンは先端から透明な液体を溢れさせていた。

「ああっ!・・あっ!・・・!・もう・・・い・・んんあっ・・い・・か・・・・せ・・」
「まだだ」
「んんっ!ふ・・・んあ・ああ・・・あ!・・も・耐え・・れな・・い・・んあっ!」
「入れただけだぞ・・・?」
「・・でも・・・もう・・・・無理・ん!・・・な・です」
「・・・そうか・・・」

ソロモンの耳にはらりと大きな布が落ちる音が聞こえた。





目の前に―――――巨大な鏡。





ひゅうっという細い音と共に、息を呑む。

映し出されているのは、椅子とアンシェルと、自分。
汗に光る全身を淡い紅色に染め、半分開いた口に酔いしれた瞳。
椅子に背を預けて座るアンシェルを跨いで、大きく開いた足。

その間に―――――濡れて光る自分自身と、奥に逞しいアンシェル・・・それを咥え込む己の・・・・・





アンシェルは何故こんなことを・・・・・!?

さっきの感覚は、間違っていたのか・・・・・

こんな・・・・見たくない・・・・オモイダシタクナイノニ・・・・・






「・・い・・や・・・うあ・・・!嫌だ!!」

逸らそうとした顎をアンシェルが掴んだ。
きつく握り、前を向かせたまま固定する。
逃げ出そうとする腰に回された腕にも力が篭もる。

アンシェルに抱かれ、鏡に正対したソロモンは身を捩った。

「放して―――放して下さい!アンシェルっ」

出来る唯一の抵抗――硬く目を閉じ――をして、悲鳴にも似た声を上げる。

「よく見ろ・・・!」
「嫌あ!嫌だ!やめて!!」

「よく見てみろ!ソロモン・・・!」

低音の押し殺した声。
囁いているといってもいい程小さな声だが、ソロモンの悲鳴と暴れる身体が止まる。
だが、瞼は閉じられたままだ。

震えるソロモンの耳に触れていたアンシェルの唇は、位置を変えた。
薔薇色の頬に移動し、伝い落ちてくる涙を掬いながら優しくなぞる。

「・・・醜いか?」

答えはなく、全身の震えがカチカチと歯に音を立てさせる。

「・・・・・浅ましいか?」

ソロモンは答えない。

「わたしは美しいと思うが―――――どうだ?」
「・・・・・・・・・・どこが・・・の・・です・・・?」

搾り出した言葉は、掠れていた。
しかし、それは零れた途端溢れ出す。

「こんな・・・こんな、みっともない姿のどこが・・・!」
「・・・・・」
「誰にでも足を開いて、受け入れて、喘いで・・・・こんな・・!」



「それでも――――美しく、気高い、おまえは」



「!・・・どこが・・・です?!」
「すべてが。鏡を見てみろ」

見ろ、と再度促されて。
開けては閉じ、開けては閉じ、ソロモンは僅かずつ瞼を開く。

鏡に映るものは、先と変わらない。



「・・・・・美しい」



アンシェルは顎を拘束していた手を離し、ソロモンの頬を撫でる。



「こんなに美しいではないか」



頬の曲線を滑り降りると、首筋へ。
そのまま、胸、腹部に降りていく。



「おまえは誰にも穢されない。ラインの黄金のように、美しく気高いのだ」



呪文のように、或いは祈りのように繰り返される言葉が、浸み入ってくる。

先ほどは浅ましく卑しいとしか感じなかった己の裸体なのに。



ソロモンは、改めて鏡を見る。
正視するのは、やはり辛い。



けれど。



上気した自分の身体は醜いばかりではない、と思った。
アンシェルの云うように気高いとまでは思えないが―――――綺麗だと思えた。




そのまま抱かれ、程なく昇り詰めたソロモンは、朝、鳥の囀りを耳にすることは無かった。
アンシェルの腕の中、心地好い疲れを道連れに、深い深い眠りについたのだった。