テオドールと最後に行動を共にしたアスガーは、何も語らない。
授業が終わるとすぐ出かけ、戻るのは寮の門限ぎりぎりである。
ずっと歩き回っているようで、靴はいつも泥だらけだった。

ソロモンは自分の実験が最終段階に入ったこともあり、アスガーを問いただすどころか
顔を見ることさえ出来ないでいた。


更に2日が過ぎて漸く実験が終了した日の夕刻、テオドールが寮に帰ってきた。
アスガーも一緒だった。

既に戻っていたソロモンは、知らせを聞いて一気に階段を駆け下りた。
玄関のホールで二人を見つけた途端、大きな声が出た。

「今まで何処で何をしてたんですか!?」
「女が離してくれなくて、な」

顔に多少青あざが残るものの、元気な様子のテオドールはウインクをして見せた。

「悪りぃな」
「本当にあなたって人は!」

ソロモンはほっと息をつき困った顔をしたが、にっこり笑った。

「・・・おかえりなさい」
「おう!」

周りを囲み口々に声を掛けてくる寮生たちに一々答えながら、二人は階段を上った。




部屋に着くなり、テオドールはベッドに倒れこんだ。
だが、すぐに身体を起こし、ソロモンを見てにやりと笑う。

「ソロモン、お前オレのベッド使っただろ?」
「すみませんね。でも、良く判りましたね?」
「ベッドメイクが下手すぎる!硬貨落としたら、こうピンと跳ね返ってくる位シーツは張らないと駄目だぜ」
「よく覚えておきます」

そう返したソロモンの言葉に、テオドールの腹の鳴る音が被った。

「すまない!オレ、晩飯まだなんだ。寮の飯でも悪くは無いんだが・・・どうだい、外に喰いに行かないか?」
「ええ、ぼくは構いませんよ」
「アスガーも誘ってさ。あいつには迷惑かけちまったみたいだし―――よ〜し!今日はオレのおごりだ!」
「これはこれは。ご馳走さまです」

にっこりして頭を下げたソロモンの頭を軽く叩いたテオドールの顔が、すうっと曇った。

「こんな機会も・・・これが最後かも知れないしな」
「・・・・・テオ」

ソロモンはテオドールの隣に座る。
自分と同じように曇らせてしまったその顔を見て、テオドールは慌てた。

「オレとした事が不吉な事を言っちまった。くわばらくわばら。 ま、戦場ったって
 最前線に行く訳じゃない。聞けば1年経ったら無罪放免だそうだし、いくらでも飯喰いに行けるか」
「・・・そうですよ。1年後も、ぼくは多分ここに居るでしょうし」
「陰気は吹き飛ばして、景気づけにぱ〜っと行くぞ!朝まで騒ぐか!」

ソロモンの視線がちらりと机に向けられた。
視線を追ったテオドールは、赤い封蝋のされた封筒に気づく。

「・・・明日、か?」
「昼からですから、大丈夫です」

テオドールはソロモンを見ないまま、抑揚の無い声で言った。

「・・・オレが行くなって云っても、行くのか?」
「アンシェルが実験結果を知りたいと仰っているので、行かない訳にはゆきませんよ」

答えるソロモンもテオドールを見ようとしない。
二人の顔は同じ方向を、封筒の方を向いたまま、視線を合わせない。

「どうしても・・・か?」
「どうしたんです?アンシェルはゴールドスミス財団のオーナーですよ?
 私達の援助者じゃありませんか」
「・・・・・無下には出来ない、か」
「出来有る限り、彼の意向には従わなければなりません」

そうでしょう?
言いながら、やっとテオドールに向いた顔は、少し困ったように笑っていた。
一拍遅れてテオドールも笑う。

「変な事言って悪かったな。さ、飯喰いに行こうぜ!」








前  夜  ――2――








誰かの話し声がする



ああ、テオだ



もう、授業に出掛けるのだろうか
ならば自分も起きなければ・・・・・







目を開けてみると、ソロモンは見知らぬ部屋に居た。
ズキッと頭が痛む。
額に手を当てようとして、自分が後ろ手に縛られている事に気がついた。
足首も同じように縛られている。

6日ぶりに帰ってきたテオと、アスガーを交え、夕飯を兼ねて呑みに出たのだ。

深酒をした覚えは無いが――――
頭が霞が掛かったようにぼんやりしている。
店を出た記憶も無い。

どうして・・・


慌てて室内を見回すと、暖炉の傍の椅子にかけた4人の男たちがソロモンを見ていた。

「お目覚めかい、お姫様」

こいつは・・・除籍処分になった男、確かフランクといったか。
ソロモンは記憶を辿る。
残りの3人も思い当たる顔だった。

在籍当時は何かと絡まれた記憶がある。
全く相手にしなかった自分の全身を、露骨に舐めるように眺めていた男だ。
何とか上半身を起こし、睨み返す。

「ぞくぞくするぜ、その顔」
「・・・この縄を解け・・・」
「冗談だろう!お楽しみは、これからだぜ・・・なあ、テオ!」


・・・え?
・・・・・テオ?


部屋の奥、暖炉とは反対側の暗がりに大柄なテオドールの姿があった。
肘掛にもたれ掛かり、煙草をふかす。

ソロモンを見るその目は赤く濁り、いつもの、いや、先程までの陽気さ快活さは姿を消し、
まるで別人だった。

「・・・テ・・オ・・・?」

掠れた声でその名を呼ぶが、暗がりの中で身じろぎもしない。

聞こえないのか、大きな声で何度呼んでもテオドールは動かない。
濁った目は、確かにベッドの上に転がされているソロモンを映しているのに、
まるで見えていないかのようだ。

「そろそろ、かな」
「だな」

4人組みから声が掛かる。

「おい、ソロモン!身体はどうだよ?・・・熱くなってこねーか?」
「むず痒くなるらしいぞ」
「おお、顔が赤くなってきたんじゃねえのか?」

決して顔には出すつもりは無いが、奴らの言うとおりだった。
鼓動が早まり、身体が火照る。
痛痒感は首筋を始めとした性感帯と云われる部分に広がっていた。

「どうだい、ピガールで最強の効き目を誇る媚薬、催淫薬だぜ。効くだろ?
「酒と一緒に大量摂取しちまったもんなあ」

カサールの言葉に、愕然とする。
では、自分にそんなものを飲ませたのはテオドールだと云うのか?!

ソロモンの考えを読んだかのように、フランクが言う。

「一番最初にヤらせてやるってのが、条件だったのさ」
「辛けりゃ、その綺麗な顔でお願いしてみろよ。すぐ抱いてくれるぜ?」

「・・・ふ・・ざけるなっ!」

「ありゃ、まだそんな口が利けるとはね」
「さすが優等生だわな!」

しかし、薬はソロモンを苛む。
頬は紅潮し、息は荒く短い。
唇を噛み締めていないと、色を乗せた声が漏れてしまいそうになる。

身体を硬直させて、小刻みに震えながら耐える姿に、4人は息を呑む。

「すっげえな・・・!」
「この店の、どの女よりそそるぜ・・・」
「堪んねえ!おい、テオ!早くヤっちまえよ!!」


「・・・・・・・・・・・・・・まだだ・・手を出すな・・・・」

テオドールは動かない。









後ろに縛られている両手が、互いの手に爪を立てていた。
赤く滲む血。
それが、娼館の真っ白いシーツに点々と染みを作る。

ベッドの上で身悶えしながら震える声が、微かに漏れ始めた。
ソロモンはぎりっと奥歯を噛み締める。

頭を左右に振る。
その目は幾度も苦しげに細められるが、4人を睨み付ける事を止めない。

かえって、煽っているとも知らず。



ゴクっと唾を飲み込む音が、何度も響く。
4人は口も利かず、ソロモンを見つめる。











時間が経つにつれ――――――

「あ・・・ああ・・・あっ・・・・・う・・ああ・・・」

漏れる声は次第に大きくなり、隠しようの無い艶を帯びていった。
無意識に腰が蠢き、両腿が摺りあわされる。
その動きは、堪らなくエロティックだ。

「おい!テオ!!」
「・・・・・・・・・」
「ソロモン!辛いだろ?!お願いしろよ、な?」

「・・い・・・や・・・・・・だ・・・っ!・・」



ソロモンの身体の震えは段々酷くなり、時折ビクッと大きく跳ねる。
同時に声が出てしまう。

「ああ・・・っ・・!」

「もう駄目だ!我慢できねえっ!」

チャールズがベッドに駆け寄ろうと、椅子を立った。
その腕をフランクが掴む。物凄い力だ。

「あの顔、見てみろよ・・・!」

顎を杓った方に、テオドールの姿があった。
血走った目で、食い入るようにベッドを見つめる。
快楽を必死に耐えるソロモンだけを、ただ彼だけを見つめているが、虚ろな瞳。

ゾクリ―――背筋を冷たいものが走る。
先日4人まとめて伸された記憶が蘇った。
あの時も、あんな目をしていた・・・・・

チャールズは糸の切れた操り人形のように椅子に崩れ落ちた。












「・・んあっ・・!・・あああっ・・・!はあ・・・あっ!!」

押し殺したソロモンの声と、衣擦れの音だけが室内に響く。
4人を睨もうとするが、焦点が合わなくなっている。

ソロモンの意識は、限界に近づいていた。

さぞさもしい表情をしているであろう己の顔を見られたくなくて、
縛られて不自由な身体を何とかうつ伏せにする。

だが、胸の突起や耳が擦れ、ソロモンに快感を与える。

「う・・ああっ・・・・・!」

まごう方無き、嬌声。
4人は無言で立ち上がり、一斉にベッドに向かう。

「そんなことしたら、顔が見えねーじゃねーかよ!!」
「おらぁ!足開けよ!!」

八本の手がソロモンの身体に触れ、掴んだ。
乱暴に仰向けにさせ、ナイフで足首を拘束していた縄を切った。
スラックスを剥ぎ取り、下着に手を掛ける。
その刺激は全て快感に変わり、ソロモンの意識を混濁させた。



もう、堪える事が出来ない――――――――



喘ぎ声が、間断なくソロモンの口から零れる。
顔を仰け反らせ、欲望を隠そうともしない4人の男たちに白い喉を見せ付けてしまう。
誘うように・・・・・

それは、暗がりで身じろぎもしないで座っていたテオドールの目にも映った。
光る、白い首筋。


6日前に、あの白い肌に残されていた赤い痕が思い出された。
そして、アンシェルに組み敷かれたソロモンの姿と、彼を無理やり抱く自分の姿も。

もう、どこまでが事実で何処からが虚構なのか、ワカラナイ・・・・・
テオドールが、椅子を立った。


ソロモンに群がった4人を蹴飛ばし、突き飛ばして排除する。
圧し掛かり、華奢な顎を掴んだ。

「・・・ソロモン・・・」
「テ・・オ・・・・・・嫌・・だ・・・止・・・・めて・・・!・・」

テオドールの目にはっきりとした欲望の姿を認めて、ソロモンは激しく首を振る。

眦に溜まった零れんばかりの涙を唇で掬い、そのまま口付けた。
深く、深く。

「嫌・・あ・・!・・んふっ・・・ん・・・」

長い接吻のあと、首筋に吸い付く。
元来弱い場所であったのに、アンシェルに抱かれる様になって更に感度を増した。
甘い電流が背筋をかける。

「んああっ!・・あああ・・うう・・・・・・ああ・・っ・・」

医学院の制服でもある襟足の高い白いシャツを引き裂き、胸にかけて赤い所有印を散らした。
アンシェルに対抗するかのように。

固く尖った胸の突起を舌で愛撫しながら、テオドールは戒めのとれたソロモンの両腿に触れた。
内側を撫でながら、足を開いていく。



そして――――――――
下着の上から、ソロモンの高まりを掴んだ。


「うああああああああああああ・・・・・!」


渇望していた刺激に、欲望を一気に吐き出す。



濡れた下着を脱がし、今度は直にソロモンに触れた。
強く握り、上下に扱く。

ソロモンから涙と喘ぎが、止め処なく零れる。
その様子に、テオドールは頬を歪め、苦く笑った。



そして、ソロモンが耐え切れず再び達しようかという処で、貫かれた。



激痛と、それを数倍、数十倍上回る快感。
ソロモンは絶叫した。


「ひっ・・ああああああああああああああっ!」
「・・・くっ・・!・・・・」

侵入した途端、テオドールは激しく腰を動かした。
ベッドも悲鳴を上げる。

テオドールに蹴飛ばされた4人は、ベッドの脇で自分の高ぶりを握り締めていた。
この扇情的な光景に、既に服を汚したものもいる。

テオドールがソロモンの中で達し、抜かずに抱え上げ座位にうつる様子を眺めていた。
次は自分だと言い聞かせながら・・・・・