ソルジャーの部屋を後にしたハーレイは、シャングリラと名づけられた船の中を見回った。
あの青年――リオという名だった――の発した言葉の影響は、表面上は無いようだ。
しかし、あのハッチでの光景が皆に与えた衝撃は、ソルジャーへの"恐れ"という形に変わっていくかもしれない。

あの地獄のような実験室を身を持って体験し、そこから解放してくれたのは
ブルーの力だと分かっていても尚、あの血と肉片に変わった少年を見た途端、
震えが起こった。
何という力なのか―――――と。

知っいてそうなのだ。
そんなものを全く知らない、あの成人検査ですら最後まで受けていない者が
多くなりつつある今、あのような光景を見せられたら………
ソルジャーの力に感謝する反面、そのあまりの強大さに'恐れ'を抱いて当然と
言えるかもしれない。
実際、そのような思念の渦を見回った船内で幾つか感じた。

理解は出来ても、しかし―――
ブルーを恐れる者に対し、ハーレイは強い怒りを感じずにはいられない。

この船を、たった一人で守らなければならない彼の重責を考えたことがあるのか。
彼の並外れた能力が見せる世界、それを見ることが出来るのは自分独りという
壮絶な孤独を思ったことがあるのか。
その能力も、それらがもたらした彼の今の地位も、全て彼が自ら望んだものではないと
いうことを忘れていないか。

この胸に渦巻く感情の上手い対処の仕方を、ハーレイは未だに分からないでいた。

けれど―――――自分も同罪だ。
否、もっと罪は重いだろう。


あんな状態の彼を拒絶したのだから………


ハーレイの意識は、過去に遡る。










真影  03










「ご帰宅あそばしたぞ!」

その怒鳴り声と、自分の斜め上の房の扉が開いた振動で、目が覚めた。
蜂の巣型に作られたミュウたちの独房は、人ひとりが何とか横になるスペースしかない。
建つことはおろか、座っても少し大きい者なら天井に頭が付いてしまう。
それ程に、狭い。

入り口のガラス越しに、瞼を閉じ完全に意識を失ったブルーの姿が見えた。
その酷い有様に、遮蔽されていると分かっていても、反射的にハーレイは
呼び掛けてしまう。
反応は無く、彼のぐったりとした身体は担ぎ上げられ、房に投げ込まれた。

連れてきた男たちが姿を消すと、ハーレイはブルーが横たわっているであろう位置に
最も近い壁に手を付く。

―――ブルー!ブルー!!

何度も名を呼んだ。
青白い顔と、細い首筋にあった多数の痛々しい赤い痣が脳裏を過ぎる。

―――ブルー!

彼が房から出され、連れて行かれたのは夕食前だった筈だ。
それがもう日付が変わる時刻だろう。
こんな時間まで一体何をされているんだ、君は…!

ブルーからの応えは無く、伺えそうな思念も全く感じられない。

「ブルーっ!!」

ハーレイの叫びだけが、檻の中に響き渡った。







ブルーが目覚めたのは十数時間後だった。

―――ブルー、良かった………!

意識は取り戻したらしいが、身体が動く気配は無い。
ハーレイは壁を通る電気の流れを利用して、ブルーの身体に怪我は無いか探った。
手首に少し血が滲んでいるものの、他に目立つ傷は無いようだ。

ほっと胸を撫で下ろした途端、強い痛みが走った。
電気ショック。自分の身体に、ではない。
ブルーに与えられたショックが、身体をスキャンしていたハーレイに伝わったのだった。

「あんまり動かないから、死んでるのかと思ってな」

そう言う職員の声音に揶揄するものを感じて、彼がブルーは目覚めている事を知りながら
行ったものと確信した。
ぎっと睨みつけるが、正面から受け止めた職員は何も感じないらしい。
薄く笑う顔に、ハーレイは改めて思い知る。

この男にとって、ミュウは同じ人間ではないのだ。
思考や感情を持ち、涙を流す生き物と見ていないのだ。
ラットやウサギと同等の実験動物、いや、それ以下の試験管やメスといった器具と
同じなのかもしれない。

ハーレイの視線を鼻で笑い、「シャワーだ」と房の扉を開けた。
身体を出した瞬間、襲い掛かってくる鈍痛。サイオン抑制装置のスイッチが入ったのだ。
ハーレイは扉に手を付き、崩れ落ちそうな身体を支えた。

だが、長時間に及んだ実験と、最前の電気ショックの所為だろう。
ブルーは堪えることが出来ず、房の外へ落下した。

職員はそんなブルーの身体を踏み付けた。
足に体重を乗せて、踏み躙る。

「止めろ!」

止めに入ったハーレイも、男は蹴り同じように踏み付けた。
しかし、ミュウの少年が怯まないと見るとそれを止め、顔を近づけて言った。

「同類相憐れむか………NO.46、お前の'わっか'をこいつと同じにしてやろうか?
 そして、外出が終わっても楽しい我が家に入れてやらないようにしてやろうか?」

それは、最強レベルに合わせたサイオン抑制装置のスイッチを切らない事を意味していた。
ハーレイの顔が青ざめ、その身体が小刻みに震えだすのを見て、笑う。

「身の程が分かったか。No.33を連れてさっさと済まして来い!」

ハーレイはブルーを抱きかかえ、追い立てられるようにシャワー室に入った。
まだぼんやりとしているブルーの服を脱がせる。
そして―――――息を呑んだ。

全身に赤い痣が広がっていた。
それらは首筋、胸部、内股といった柔らかい部分に集中していたがそれだけではなく、
背中や臀部にも多数あった。

―――電気ショックの機械を直接当てられでもしたのだろうか
―――何て酷いことを………!

ハーレイはブルーの左胸の痣にそっと触れた。
次の瞬間、目に映ったのは忌まわしい実験室の光景だった。

何故!?
辺りを見回す。
中央の台に拘束されたブルーを見つけ、すぐにこれが彼の記憶であると理解した。

ガラスの器具を手にした女医が、台に近づく。
ブルーの抜けるように白い肘の内側にそれを当てた。
器具の先端に付いているのは……銀色に光る、針?
それが、すっとブルーの皮膚に刺さった。

―――!

「こんなに美しいものを使わないなんて、信じられないわ。そう思うでしょ、ブルー?」

彼は女を見ようともしない。顔を背けたまま。
女は注入し終わった注射器を、光に翳す。
針先端に残るブルーの血液が光を反射した。
女はそれをうっとりと眺めている。

―――狂っている……

これは実験なんかじゃない!
次第に苦しそうな表情に変わっていくブルーを助けようと、四肢を拘束している
ベルトに手を掛けるが、すり抜けてしまう。
これは彼の記憶の中なのだ、と解っていても助けたいと思う気持ちは変えられない。
ハーレイは幾度も救出を試みるが、当然のことながらそれは叶わなかった。

ハーレイの身体を通り抜けて、女は台に腰掛けた。
脂汗に濡れたブルーの額から頬を撫でる。

「今日のは少し調合を変えてみたの。どう?前より後ろが疼くでしょ?」

そう言って、赤く彩られた長い爪でブルーの股間を弾いた。

「うわあああああ―――!」

両手首、足首及び腹部を拘束されていて僅かしか動かせない身体を、それでも精一杯
反らせてブルーは叫んだ。
性に関する知識は書物を通して多少なりとも得ていたハーレイだったが、
目の前で起こっていることを理解出来ない。
女はブルーのズボンに手を突っ込んだ。
今弾いた、膨らんでいる辺りで動かしている。

「う……あ………あ……ひっ……あ……」

顔を左右に振り、規則的に声を上げるブルーとそれを笑って眺める女。
ハーレイは硬直し、言葉無く見つめていた。

「あ…あ…ああ…うあ……あ…はっ!……」

女の手の動きが早まる。

「は………ああああああああっ…!」

ブルーは一際大きな声を上げ、身体を硬直させる。
少し震えて、脱力した。

女はズボンから手を引き抜く。
付いていた白い液体を、真っ赤な舌でぺろりと舐めた。
そのまま、動かないブルーに口付ける。

「どう?美味しい?」

再び口付けた。
さっきよりも長い。

顔の角度を変える度、女の舌の根元に近い部分が見える。
相当奥まで伸ばし、突き入れているのだろう。

しかし、咥内を嬲られているブルーの顔には表情が無い。
"喜"や"楽"勿論のこと、"哀"も"怒"でさえも無かった。
それはハーレイの知らない、初めて見るブルーの顔だった。

「んっ!」

女が急に離れた。
口を押さえ、怒りにつり上がった目でブルーを睨む。
高く手を挙げ、横たわる彼の頬を打った。
2度3度と、続けざまに叩きながら、ヒステリックに叫ぶ。

「私を噛むなんて……!許せない…許さない…!」

ブルーの口角から、鮮血が流れた。

「こんな状態でも逆らうなんて。伊達に"山猫"なんて呼ばれてないわね」

その血を同じ色の爪で掬う。

「でも所詮、ケダモノ。本能には逆らえないのよ。いつまで野生の孤高とやらを
 保っていられるか、見ものね」

女は白衣を脱ぎ下着だけになると、ブルーに跨った。
前を肌蹴させる。
しなだれかかりつつ「ふふふ」と楽しげに笑い、首筋、胸と唇を当てていく。
ハーレイはあの無数の痣が出来たわけを知った。

女の唇が触れる度、離れる毎に、ブルーの身体が震える。
そして、時には淡く、時には濃く、朱に染まっていく。

……ん……く……
きつく噛み締めた唇から、ブルーの苦しげな息が漏れた。

次第に身体を下げていく。
女は、とうとう下腹部に到達した。
下着ごとズボンを一気に引き摺り下ろし、反り返ったブルー自身を面白そうに見、
長い爪で撫でた。

「本当、本能には逆らえないのね。可哀想に」

ブルーの身体に多数の赤い痣を散らしてきた唇で、包みこんだ。

「ひっ!」

ブルーが目を見開いた。
女の頭が上下するのに合わせ、声を上げ、四肢を突っ張る。

「ああ………んあ……く………はっ……あ……あ……」

真っ赤な唇から発せられる水音と、ブルーの声が混ざり合い響く。
そうやって暫く嬲っていたが、ついと口を外し、台から離れた。
すぐに、細長い機械を手に戻ってくる。
その細い棒状の機械を見た途端、ブルーの顔が強張った。

―――ああ
―――ブルーはこういうことが初めてではないのだ

ハーレイは思った。
胸が苦しくて、涙が零れる。

「何て顔をするの?あなたの大好きなもの……欲しくて欲しくて
 仕方ないものでしょう?」

そう言って笑った顔は、とても綺麗だった。
機械を太股の間から臀部へと差し込む。

「んんん―――!」

見えずとも、それがブルーの何処に挿れられたか―――ハーレイには分かってしまった。

まれにその部分を使用して性交するものが居ると、本から得た知識として知っていた。
しかし、それは男性同士の場合であり、女が機械を使ってまで何故そんなことをするのか、
見当も付かなかった。

「あんまり動かない方がいいわよ。あなたの"良いトコロ"に当たっちゃうから。
 いつも使ってるものと違って太さが足りないから、切なくなっちゃうでしょ?」

機械を抜かぬまま、女は下着を脱ぎ去り、ブルーの昂ぶりに跨った。
ブルーの顔が、歪む。

女は腰を揺らした。
結合部から、水音がする。
声を出すまいと、ブルーは唇を噛み締めた。

「やだ、気分が出ないじゃない。喘ぎなさいよ」

胸の突起を抓んだ。

「んあ!くあ……あっ…や…あああっ…」

苦しげな―――とはもう言えない、艶のある声。
それが堰を切ったように溢れた。

「―――素敵よ、ブルー………」

女の腰の動きが激しさを増した。
比例して水音も、ブルーの声も、大きくなる。

「ああ…もうイキそう―――!」

女はブルーの腹部に手を付き、腰を押し付けるように密着させ、それを前後に揺すった。
背中が、反り返る。

「はああああああ…!」
「ん…はあっ!…くっ…ああああああっ!」

ブルーも身体を反らせ、女を乗せたままの腰が台から浮き上がり―――落ちた。
ぐったりとした細い筋肉質な身体に、女は覆いかぶさる。
浅い息を吐く唇に下を這わせた。

「とても良かったけれど………もっと、もっと良い声を聞かせて。
 もっと私を楽しませて―――」

笑いながら、機械を引き抜き、四肢の拘束帯を解く。
足に纏わり付く下履きを取り去り、台から落とした。

「入ってきて!」

姿を現したのは、見慣れた男だった。
ミュウの檻を管理する部門の職員で、先ほどブルーを踏み付けた男の相勤者。
屈強な身体の中心、覆うもののない下腹部で、怖ろしいほど太い男のものが
頭を擡げていた。

ひっ、と小さく叫び、逃げ出したブルーを簡単に捕らえる。
細い手首を掴み、後ろ手で一纏めにした。
そこに体重をかけ、顔を床に押し付ける。
空いている手を腰に回し、高く掲げさせた。

「い、いやだ!…やめて……や…!!」

ブルーの懇願を無視して、突き入れた。

「ぐっ!あ…ああ……あ…痛…あ………」

無理やり飲み込まされ、これ以上広がらない程押し広げられたブルーの秘所は
血を滲ませている。
痛みに堪えかねるのか身体は震え、目尻には涙が溜まっていた。

「大丈夫、すぐに良くなるから…」

女は呟いて、目尻の涙を舐め取った。
言うとおり、ブルーの様子が変わり始めるまでそう時間は掛からなかった。
眉を寄せた苦しそうな表情だが、頬は赤く染まり、短く吐く息には熱が籠もっている。
吐息は次第に色のある声を伴い始めた。

「…あ…は……ん…あ……あ…」

女の目配せで、ブルーを貫いている男は腕の拘束を外す。
両手が自由になり、縛り付けるものはもう無いのに―――――ブルーは逃げ出さなかった。
四つんばいで、切なげに顔を振る。
ゆらゆらと腰が揺れた。

「……動かして、欲しい?」

耳元で囁かれる言葉に、顔を上げた。
口を開きかけるが、辛うじて残る理性なのか、それを押し止めた。
前歯できつく唇を噛む。

「そう?残念ね」

けれど。
噛み締めた唇を割って再び声が漏れ出すまでは、僅かな時間に過ぎなかった。
ブルーの全身は欲情で赤く色を変え、淫らに動く腰を男が両手で
抑えていなければならないような状態になる。
微かに震える足の間で揺れる、固く尖ったブルー自身からは先走りが溢れ、
床に小さな水たまりを作っていた。

「んっはあ…はっ……あ…あっ……ん…」
「どう、もう降参したら?楽になるわよ」

しゃがみ込んだ女の言葉に、ブルーはゆるゆると顔を上げる。
紫の大きな瞳には、光が無い。
ぽろっと、涙が零れた。

―――駄目だ!言っちゃいけない!君が

ハーレイは駆け寄り、抱き締めた。
けれど、その腕はブルーの身体を捕らえることが出来ない。

―――君が、壊れてしまう…!

「何て言うのかしら、ブルー?」

歌うような言葉に、涙が頬を伝ってはらはらと落ちた。
ブルー?ともう一度呼ばれて………

「………下さい……お願い、です……」
「よく出来ました……くっあははははは!」

女の嘲笑が高く響いた。
それが合図でもあったかのように、男は激しく腰を打ちつけ始めた。

「ひっあああああ……!」

貫かれ高らかに啼くブルーの傍らで、ハーレイはしゃがみ込み両耳を塞いでいた。
耳も目も塞いでいるのに、喘ぐ彼の声が姿が頭に入ってくる。

「あはぁ…あ…ん…あ…いぁ……んああああ…」

ブルーの足の間に出来ていた水たまりは白く色を変え、途切れない声を発する口元からは
細い銀の糸が光を反射していた。
いつもの、理性的でそれでいて暖かい彼は、何処にも居なかった。
蕩けそうな表情に、輝きを失った瞳には最早何も映っていないのだろう。

「…いい…あ……ひ…あ……」

『もう止めて!見たくない!聞きたくないっ!』

ハーレイは絶叫した。





「ハーレイ!ハーレイ!」

何度も名を呼ばれ強く身体を揺す振られて、ハーレイの意識はシャワー室に戻った。

今のは―――?
夢かと思い始めた時、赤い痣が目に入った。
自分を心配そうに見つめるブルーの身体に広がる、"あの"赤い痣が。

大丈夫か?
まだ、だるそうな腕を必死に上げて、気遣わしげにハーレイの身体に触れた。

「うわぁっ!」

その腕を、振り払ってしまった。
触れられた瞬間、ハーレイの中にあったものが、ブルーに流れ込んでしまう。

抱かれ嬲られ喘ぐブルーの姿と。
汚らわしい、怖ろしいといった嫌悪の感情と。



その時のブルーの顔。
ハーレイは忘れることが出来ない。



逃げるようにシャワーを済ませ、ハーレイは房に戻った。
暫くしてシャワー室から出てきたブルーを、男が呼び止めた。
顎を取り、上向かせる。

「とんでもなく良い身体だって、言ってたぜ」

ブルーの頬にさっと朱が差し、怒りで顔が歪む。
下げられたままの両手は、固く拳を握っていた。

「次はオレで頼むぜ――――従順な山猫さん」

ブルーは俯いた。
その顔をからぽたりと落ちたのは、赤い雫。
噛み切った唇から溢れた血が、顎を伝って落ちる。


謝りたかった。
……謝りたかった。
だけど、酷く後ろめたくて。
自分の中の何処を探しても、謝る言葉が出てこなかった。
いっそ自分以外の誰かに、罰して欲しかった。

まだ幼いと称される年齢のハーレイには、悔しさに泣く事すら出来ないで
立ち尽くすブルーに、背を向ける事しか出来なかった。


床に転々と散る血を見て男は「床が汚れんだろ!」と震える細い身体を
房に押し込んだ。

















シャングリラの中を自分の足で隈なく歩き、自室に戻った。
酷く疲れを感じる。
ハッチの事件もあり、皆の心が乱れている所為もあるだろう。
様々あるが、負の感情と言うものはとても冷たくて重い。
それらは足元に澱み、人々から体力と気力を奪うのだ。

ハーレイはマントを外すこともなく、ベッドに腰を下ろした。

けれど、この疲労感の原因は船内に澱んだそれではない。
己の心にあるもの―――――あのブルーの顔だった。





忌まわしい記憶と共に流れ込んできたブルーの意思。
それによって、彼が何故あんなことをされ、それを甘んじて受けているかを知った。

全ては脱出のためだったのに………

直接肌を合わせている時に、サイオン抑制装置に検知されない微弱な思念を用いて、
奴らからこの実験棟の詳細なデータを手に入れていた。
これはブルーの高い能力を持ってしても、身体を重ねていなければ出来ない方法だった。
しかも、もうこの時にブルーの頭の中には、8割がたのデータは入手されていたのだ。

身体を差し出す理由は、情報入手以外にもう一つあった。
奴らの身体の中に、ブルーの思念の欠片を置いてくること。
それらは体内で静かに眠り続け、脱出を決めた時ブルーの手足となって
働くことになるものだった。実際、奴らは"良い駒"として動いてくれた。

それ以外に―――ブルーは自分以外の身体も精神も弱い仲間に、奴らの興味が
向かないよう敢えて"彼らの望む反抗的な態度"を取っていた。
同じ事をされていたら、ミュウの中では丈夫な部類に入るハーレイでさえ
堪えられなかっただろう。

これらの為にブルーがどれだけの我慢を重ねていたのか、ハーレイには想像もつかない。
今でも―――

ベッドに横たわる。
ハーレイは両手で顔を覆った。


―――誰か私を罰して欲しい…


全てを理解出来るようになった今でも、今だからこそか。
その思いは消えない。
あの時の嫌悪感の、真の原因を知ってしまった今だから。

あの時の自分は、陵辱を受けて喘ぐ声を上げているブルーに嫌悪したのではなかった。
苦しげに、切なげに顔を歪ませ、涙を流して許しを請う彼の姿に見惚れ、
全身を赤く染めて喘ぐ後ろ姿に欲情した、そんな己を嫌悪したのだ。
そんな下卑た劣情を感じた自分に堪えられなかっただけ………


―――誰か、私を罰して欲しい………


罰には、罪を犯したものに対する制裁という側面以上に、過ちを犯した者の心を
罪悪感から解放する意味合いもある。
ハーレイはそう考えていた。
だから、ソルジャーの制止を振り切ってまで、あの青年に手を上げた。
自分の発した言葉の衝撃に怯え、震えて泣いた青年の心が、少しでも
楽になるようにそう願って。


―――私を罰して欲しい………与えられれば、楽になるから
―――誰か……!


この願いは、叶えられない。
ハーレイは知っていた。
彼は自分の心が重く冷たくなっていくのを、感じていた。