じゃあ、はじめるわよ



でもその前に
あなたが一番聞きたいことは解っているつもり

だから
あえてその部分は最後にさせてもらうわ

ああん
駄目駄目

早く聞いたって結果は同じ
もう彼女は眠ってしまったのだから



美味しいところは一番最後でしょ?ソロモン








daybreak03









楽しんでと言っただけの事はあり、ネイサンの"独演会"は見事なものだった。
実に10時間以上にも及んだというのに、観客を一瞬として飽きさせることが無かった。

小夜の選択の結果を聞きたくて、その他の事柄などどうでも良いとまで言いそうなソロモンが
ベッドの上で幾度と無く声を上げて笑った程だ。

メトロポリタン・オペラハウスでのディーヴァの公演に始まり、
二人の女王の聖戦と第一位シュヴァリエ同士の戦い、
ディーヴァとアンシェルの死、
爆撃され崩壊するメットからの脱出行、
アメリカ政府や軍の対応、
赤い盾とゴールドスミス財閥及びサンクフレシュ社のその後、
日本に舞台を移し、沖縄での音無家の様子、





そして、長い眠りについた小夜―――――





最後はomoroやディーヴァの遺児たちにまで及んだ。


その内容は決して楽しいものだけでは無かったが、ソロモンの1年近くの空白を
埋めるにはあまりあるものだったし、まるでその場その時間を共有できていたかのような
気分にさせた。

そして何より、この時間だけは『小夜が誰を選んだのか、或いは選ばなかったのか』という、
ともすれば誰彼構わず大声で問い質してしまいそうにさえなる疑問を、
頭の片隅に押し止めることが出来た。
それ程、この"演出の巨匠"が持つ演技力は確かなものであった。





その名優が診察室の扉を閉めるまで、ソロモンの様子は変わらなかった。
ベッドの上で口元には穏やかで優しい笑みを刻んだまま、壁に背を預けて座っていた。


しかし、本当はそうしていないと身も心も崩れ落ちてしまいそうだったのだ。
ネイサンの姿が見えなくなると、ソロモンから笑みが消えた。


去り際の台詞で"一番最後"の"美味しいところ"を味わされた後は、
ソロモンの思いはずっとある一点に囚われていた。










    小夜が   ハジを   選んだ










やはり、と思った。

彼は小夜の第一位のシュヴァリエなのだから仕方がない、
人の一生よりも長い時間を共にしてきたのだから当然なのだ、とも。


だが

すぐに、何故カイといったあの人間の少年ではないのかという疑問がそれを覆った。
短い活動期間に家族ごっこをし、自分を含めた同属の翼手全てを敵に回してなお
身を削ってまで闘ったのは彼の為ではなかったのか。
同腹で、第二の自分と言っても良い筈の双子の妹ディーヴァを殺めたのも、
すべてはあの少年の為なのでは――――――――



ふっと、笑いが込み上げた。

そうではない。
彼女が傷つき血を流したのはそんな理由ではないことを自分は知っている。


ただそうであって欲しいと願う自分がいるのだ。


カイという人間を、限りあるしかも短命な人間の彼を選んでくれたなら・・・・・
自分にもまだ十分望みがある、そう考える自分がいる。

ゆっくりと、しかし確実に自分のものにする時間はたっぷりあるのだから。

だが自分と同じ刻を生きる彼では、ハジではこの望みは叶わない。
そう考える自分がいるのだ。


ここに。


ソロモンは胸を押さえて蹲った。





―――――苦い、痛い。
この二つの感覚は決して鋭いものではなく、鈍い重いと表現される種別のものだった。

そして、覚えているもの・・・
以前小夜に拒まれた記憶が、痛みが呼び覚まされる。






『あなたと共に生きてゆきたいのです』






ディーヴァを捨て、アンシェルを捨て、地位も富みもすべてを捨てて貫いてきた
自分の思いは、もう彼女に届くことは無いのか――――――



天を仰ぎ見る。



「本当に、愚かですね・・・・・僕は・・・・・」
自嘲気味に呟いた。






その時。
くすんだ窓から、朝日が差し込んだ。

その光を受けて、ネイサンの置いていった赤い2つの石が輝く。
赤を纏った陽光がソロモンの白い頬を染め上げた。



ゆるゆると視線を移した。
その時初めて、それぞれの色調が僅かだが異なることに気づいた。


2つ共に深い赤だが、澄んだものと重く重厚なもの。
澄んだ方がディーヴァだろうか。


趣は異なるが、どちらも美しい。
ソロモンは思った。






だが、不意にその輝きが消えた。
昇ってゆく朝日が、ビルか何かに遮られたのか。


ソロモンは二つの石を手に、何とかベッドから立ち上がると部屋を後にした。