daybreak01






ゆっくりと目を開いた。







青い瞳に映ったのは重い灰色。








暗い空・・・・・?
今日は雨でも降るのだろうか。







焦点が合ってくるにつれ、重い灰色はグレーの天井であることが分かった。
薄汚れたそれは、記憶にあるものでは無い。


「目が覚めたか」


これも聞き覚えの無い声だなと思いつつ、金糸の頭を巡らせた。


部屋の隅に、電球スタンドに天井とスチール製の事務机、パイプの肘付椅子−−−
まるで安物の刑事ドラマのセットの様な場所に声の主は居た。


灯りはスタンドの白熱球1つしかない為、顔はハッキリとは見えないが白衣を着た東洋系の中年男性。
年齢は50に手が届くかどうかといったところか。
男は事務机にあった眼鏡を掛けると、咥え煙草のままベットに近づいてきた。


「おはよう。気分はどうだね?」
「そう悪くはありません」
「言い方は丁寧だけど、取り付く島が無いって感じだな」
「・・・・・すみません」


男は、まあ謝らなくてもいいさと肩をすくめた。
サイドテーブルの灰皿に煙草を押し付け、改めて顔を覗き込む。


「顔色はいいみたいだ。痛むところはないかね?」
丸い愛嬌のある眼鏡の奥で、黒い目が優しく微笑んでいる。


「ここは・・・病院ですか?」
「ん?ああ、そうそう。君はネイサンが運んで来た時、意識が無かったからね」
「ネイ、サン・・・?」
「私の名前も知らない、と。道理で"取り付く島"を与えてくれない訳だ」


男はワザとらしく自分の白衣を強調してみせた。
「私は見ての通り、医者だ。佐藤という」
君の名は?と握手を求めるように右手を差し出す。


「・・・・・わたし・・・は・・・・・」

ベットの若い男は答えない。
あるいは、答えられないのか。
サトーを見つめる瞳が揺れていた。
その澄んだ青い瞳は、戸惑いを色濃く写し出しているように見えた。







まだ“生き返ったばかり”だから仕方ないか―――――――







サトーは差し出したものの行き場を失った右手で、自分の後頭部をなでた。
「う〜ん、ソロモン・ゴールドスミスと呼んで差し支えないのかな?」











ソロモン・ゴールドスミス











その言葉が耳に入った途端、ソロモンの脳内がスパークした。
一気に記憶が蘇る。








アンシェル、動物園、青い薔薇・・・・・

ジェイムス、カール、シフ・・・・・

ネイサン・・・・・ディーヴァ・・・・・小夜!








どうしてこの名を、思うだけで胸が締め付けられる程の愛しさを感じるこの名を忘れていられたのか!


勢いよく起き上がるのと、その言葉が口から迸ったのは、果たしてどちらが速かったろう。

「小夜はっ!」

左胸に激痛が走ったが、ソロモンは構わずベットから降りた。
しかし、身体は思うように動かず、その場に両手を着いてしまう。


「無理しちゃいかん!」
自分の身体をベッドに押し戻そうとするサトーの手から逃れることすら出来ない。
あまりの不甲斐なさに、唇を噛み締めた。
「・・・くっ!」

「まだ、無理だよ!その様子じゃ、自分の身体がどうなったか思い出したんだろう?!」
ソロモンはサトーの腕に縋り付いた。
「しかし、小夜が!小夜は、彼女はどうなったんです!!」
「痛いっ!馬鹿力で掴むんじゃないっっ!こら、あたたたっ」
「教えてください、小夜はっ!」




「もう、眠ったわ」
ソロモンが求める答えをあっさりと口にしたのは、入り口に背を預けたネイサンだった。


「そう・・・ですか・・・・・」
ソロモンはベッドに崩れ落ちた。
「・・・・・良かった・・・・・」


「ちっとも良くないわよ!」
脱兎の如く逃げ去ったサトーと入れ替わりで、ネイサンがベット脇に立った。
腕を組み、ソロモンを睨み付ける。

「なぁにぃ〜、小夜小夜って。ディーヴァやアンシェルの事はこれっぽっちも気にならないって言うの?」
にゅっと顔を近づけると、呟いた。


「さすが”道を外れたシュヴァリエ”よね」


ネイサンに一瞬鋭い視線を向けたが、ソロモンは再び俯いた。
「小夜が無事眠りについたのなら、兄さん達は・・・・・」
「聞きたい?」
「分かっています。いえ、分かっているつもりです」
「そう。みんな綺麗な赤い石になって、砕け散ったわ」
「・・・・・はい」
「それはもう、哀しくて美しい、それでいて乾いた音色を立ててね」
「・・・・・・・・・・」

ネイサンが右手をそっとシーツに置いた。





手から零れたのは―――――
2つの、小さな、赤い石。





埃と煤で薄汚れた窓から差し込む夕日を受けて、輝く2つ。
ソロモンは微動だにせず、凝視していた。



「サトーちゃあん」
「はいよ、珈琲でいいかね」
「ん、お願い」


サトーが腕を摩り摩り出て行ったのを確認すると、ベッドに腰掛ける。
まだ動けないでいるソロモンの白磁の頬に手をやった。


「あたしが知ってるコト、み〜んな話してあげるから」
金糸の頭をそっと抱き寄せた。





「泣いちゃいなさいよ」