深々と降り止まぬ雪。
 空から舞い降りる白い華は長い冬の、寒さに鎖される国では尚のこと珍しい物でもなかった。
 そんな雪でも降り積もることを特別喜ばれる日もある。それが今夜――遙か昔、救世主が生誕され
たと言われ信じられている日、クリスマス。

White X’mas

 ――ったく、ついてねぇな。
 心の中で思わずぼやく。
 雲の上はいうまでもなく快晴。遮るものがない空にぽっかりと浮んだ月が冷ややかな光を惜しげな
く降り注いでいた。
 街に雪化粧を施しているであろう雲を眼下に見下ろすせば、照らし出される自らが駆る機影をムウ
は視界の片隅に捉えていた。
「ムウ?」
 ぼんやりとした空気を察したのか副操縦席である背後から声がかかって我に返る。
 ――でもないか。
 クリスマスだというのに、戦闘機に搭乗していることの不運。ロマンティックなムードもなにもあ
ったもんじゃなかったが、同乗者は紛れもなく愛しい恋人。
 ただいちゃつけないことだけが頂けない――。

 呼び出しがかかったのは12月に入ってすぐの頃。すっかり雪に包まれていた街並みはクリスマスカ
ラーが一層強くなり、赤や緑といった独特の色と活気に溢れていた。
 復興軍という形で連合、ザフト、そして各国軍で集まっている協力隊。その一員として駐留するム
ウの元に舞い込んだサンタクロース追跡プロジェクト要員への勧誘。
 子供達に夢を与えるという名目で続いている伝統を、こんな世の中だからこそ断絶させたくないと
今年は混成部隊で執り行うというのだ。
 エースパイロットとして強制ではないが出来ればということで打診された要請を断れなくもなかっ
たが、打ち明けたマリューの「素敵じゃない、代われるものなら代わりたいわ」との反応に彼女を同
伴させることを理由に承諾したのだった。
 実際、その話をしたら公私混同だと少し恥ずかしそうにしてみせたものの、それでも嬉しそうな様
子に、貴重なクリスマスの一時を潰されるというどこか滞っていた鬱憤がほんの少し晴れた。

「んー、どうかしたか?」
 ムウの微かな気配の違いに気付いて声を掛けたのだろう。そんなマリューへ逆に問いかける。
「どうにもしないけど」
 真後ろにいるというのに、インカムを通しての会話。外部への回線がオフになっていることを確認
してから返事をすればクリアに聞えてくる声に心が擽ったい。
「ごめんな」
「どうして?」
「だってせっかくのクリスマス……」
 それもただのクリスマスではない。昨年と一昨年、さらについ先般までとマリューに辛い思いをさ
せてしまった分、それを補っても余りあるくらいのクリスマスにしたかった――彼女の心を傷つけた
哀しみを払拭できるほど特別な。
 なのに――。
「全然! だってすごいじゃない。この年になってサンタクロースに逢えるかも知れないなんて、素
敵だわ」
「おいおい、サンタなんていないものを……」
「でも子供達は信じているわ」
 あれはお伽噺であって――言いかけた言葉をマリューは遮った。
 楽しげな口調にかつて彼女も信じていたのだろうことを確信させられる。きっとあの魅力的な瞳を
キラキラを輝かせているに違いない、操縦桿を握っていなければそのまま振り向いてしまいたい衝動
に駆られた。
「なぁ」
「――前、見てくださいね」
 ムウの心情を敏感に感じ取ったように先に釘を刺される。
「ぁ……」
「ばれないとでも思って?」
「う。あーっと、マリューさん」
 否定はさせないとばかりにきっぱりと言い放ったあと黙り込んでしまったマリューに恐る恐るとい
った態で訊う。
「……別に怒ってないわよ」
「うん、わかってる」
 ポツリ呟かれた言葉にすかさず返せば、うっすらと写りこむガラス越しに眉を寄せている表情が見
て取れて、わかりやすい彼女の反応にムウは密かに口角とあげた。
「じゃあさ、ついでにもう一つ――」
「“サンタになってみない?”っていうのもナシね」
「えっ……!」
 ムウの口調を真似て彼の言葉後を捉えたマリューに声を失う。
「クローゼット。私が気づかないとでも思って?」
 寝室のクローゼットの片隅にひっそりと置かれていた紙袋。こっそりと中を盗み見れば赤と白だけ
の服にマリューは瞬時にそれがなにか理解した。いつ言い出すだろうと構えてはいたがまさかこんな
時にと思えば苦笑が禁じえない。
 溜息交じりの呆れた声は完全にムウの目論見を見透かしていることが窺えた。
 バレバレなのよ、もう――諭すようなマリューの口ぶりにムウは二の句が継げず、ただ左右に頭を
振った。
「んー。ダメ?」
 少しの沈黙の後、正攻法では無理とわかりつつも小さく尋ねる。
「……そうじゃないけど」
「けど?」
「あなた信じてないんでしょ」
 そういわれてしまえば元も子もない。
 う、と言葉に詰まった様子にマリューは彼の目に見えないことをいいことに慈愛の微笑を浮かべて
いた。
 信じ切れないのは何もムウ自身だけの責任じゃなかった。思いもよらぬ身の上を知ってからはこと
ある毎にそれは感じられた。
「――きちんと任務終えたら、考えておくわ」
 ふ、と気づかれなぬように小さく微笑めば操縦の邪魔にはならぬよう、腕を伸ばしてほんの軽くシ
ート越しに肩口に触れる。
 ――え。
 てっきり完全否定されるとばかり思っていたのに、思いもよらぬ応え。それに追従するように触れ
られた温もり。自然頬が緩んでしまってしかたがない。
「うしっ! 約束のキスだ!」
 唐突に叫べば、バイザーをあげて首だけを巡らせる。
「ちょ、ムウ! 前」
 突然のことに慌てるマリューとは反対に平然とにこやかに笑みを浮かべるその顔はまるで少年のよ
うで。
「自動操縦にしてあるからほんの少しなら大丈夫だって、だから。ほら!」
 指先を唇に押し当ててキスをねだる。
「早くしないといつまでもこのまま――」
 埒が明かないのでシートベルトを緩めて上体を伸ばすと楽しげに言い募る口を封じた、その時。

 ―― HO-! HO-! HO-!

 天から響くような陽気な声がどこからともなく耳に届いて「え」と二人で顔を見合わせた。
「ムウッ、あれ――!」
 マリューの声につられて彼女が指差す右翼端へと目を凝らす。ほんの一瞬、キラッと何か赤いもの
が光ったと思えば光はものすごい勢いで近付き、目の前で弧を描くように方向を転換すると前方へ、
闇の中吸い込まれるようにして――消えた。
 慌ててレーダーに目をやるが、異常や警報は何一つとして示されていない。
『管制塔より各機、管制塔より各機。不明な熱源がそちらへ急速接近、離脱を感知。レーダー異常は
ないか』
 ア然と言葉もでないままの状態を突如と受信した緊急警報チャネルの無線が打ち破った。
『異常ありません』
 フォーメーションを組んでいた隊機より次々と報告が飛び込んでくる。
「異常――ありません」
 最後を締めるように続けて告げたムウの声は微かに震えていたのかもしれない。
 よな? 訴えるような、まだ信じられないというような視線をうけてマリューも無言で頷いた。
 告げてはならない、直感的な勘が訴えていた。
 搭載されたレーダーに示されているのは友軍機のみ。地上の管制塔が感知したという熱源らしきも
のはなにも映し出されていない。
 何もなかった――先ほど視界を掠めたもの以外は。



 地上に降り立って、雪を踏みしめる感触を足裏に実感しながら天を仰ぐ。
 ――ね、さっきの。
 隣にたったマリューが寄り添うように凭れて来たので見下ろせば、唇だけが囁くように動く。
 改めて確かめられるとこくりと咽喉が鳴った。
 ――マリューも、見たよな?
 じっと見つめてくる瞳が夢じゃなかったことを伝えてくる。
 視界を走った翼端灯の瞬きのように思えた赤い光は話に聞くルドルフの鼻、なんだろうか。
 音速で滑空しているVTOLを鮮やかにかわしていった謎の飛行物体をレーダーが捕らえないはずがな
い。
 そんなまさか――。
 にわかには信じがたくて、ムウもマリューも互いに言葉を失った。

「やっぱり、いるのかもな」
 ぽつり、独り言のように洩らす。
「え……」
「サンタクロース、さ」
 放心気味に雪が落ちてくる闇空を見上げるムウの視線の先を同じように見上げながらマリューは小
さく「うん。そうよ、いるのよ」と呟く。

 クリスマスの夜に二人に訪れた奇蹟。目の錯覚、幻。人に話せばその一言で終わるかもしれない秘
められた出来事。
 それでも――二人にとっては特別な聖夜になったことは変わりはない。

「でも俺はマリューのサンタも見たいなぁ〜」
 感傷に浸るマリューの耳元に吐息を吹き込むように囁けば、くすぐったそうに首を竦めながら睨め
つけられた。
「もう――せっかくロマンティックだったのに」
「まぁまぁ」
 すっかり夜も更け、夜明けの方が近いかもしれない刻限、宥めるように肩を抱き寄せると家路へと
誘う。

「メリークリスマス、マリュー」
「ん。メリークリスマス」
 繋いだ手をきゅっと握りかえしながらムウを見上げてくる唇にそっと触れるだけのキスを送る。

 ――あとは帰ってからよ。

 甘いマリューの誘惑に理性を試されながら少し遅いクリスマスの予定を脳裡に描く。
 一夜潰れたとはいえ仲間内で集まるボクシングデーまではたっぷり1日はある。それまではゆっく
りできる。

 二人のクリスマスはこれからだ――。





サンタ追跡は毎年楽しみにしている行事(?)なので、
これにムウマリュが絡んでくれるなんて大感激でした!!