−君の匂い−








またしても。
戻ったジョミーが見たのは、誰もいない青の間。


……はぁ。
ジョミーは、深いため息をつく。


奇跡的に生還を遂げた前ソルジャー、ブルーもこの部屋で寝泊りしていた。
当人の強い希望により押し切られた格好のハーレイが、一つ寝床とはいかないと
無理やり置いていった簡易ベッドは、うっすらと埃を被っている。
独りで寝るには大きいけれど、二人だとちょっと窮屈なベッド。
部屋の中央に置かれたそれに歩み寄り、上掛けを捲りシーツに触れた。
温かみは全く無い。
寝ているようにあれだけ頼んだのに、ジョミーがブリッジに上がって早々に
部屋を出たらしい。


サイオンも無くなって、体力も落ちたままなのに―――――
ジョミーはいう事を訊いてくれない年上の恋人を思い、唇を噛む。
けれど、その頬は赤い。
前歯で噛み締められている唇も、ちょっと気を抜くとその両角が上がってしまう。


彼が何処に何をしに行っているか、知っているから………
ジョミーの顔は微笑みの形を取ってしまうのだ。


全くあの人は―――!
盛大なため息を残して、ジョミーの姿は掻き消えた。









シャングリラの至る場所、人の塊が出来ている。
塊を構成する者たちは、ミュウの制服を身に着けていないものが殆どだ。


彼らは最近この船に乗り込んだ人々。
シャングリラが進軍した星々で仲間になった者たちだった。
収容所からを解放された、あるいは急にミュウの力に目覚めた、はたまた
自由意志で乗船を願い出た者。
雑多な集まりではあるが同じ世界で暮らしてきたからなのだろう、元々の乗務員よりも
近しいものを感じるらしい。
ミュウの制服を着た者を遠巻きに眺めるが、彼らから放し掛けて来る事は稀だった。


ブルーはそんな人々の中に飛び込んで、話をしているのだ。
話題は勿論―――――




やっぱり。
すうっと通路に降り立ち広場を見やれば、その中心に目立つ銀髪があった。


そこは軽傷者が集っている場所で、殆どの者が床に腰を下ろしている。
その人々の合間をブルーがゆっくりと、とてもゆっくりと歩いていた。
少し腰を屈めて、時には立ち止まり、あるいはしゃがみ込んで。
穏やかで優しい微笑を人々に向けている。
一人ずつ顔を見て、彼らの話に耳を傾けて。
決して急かす事無く、頷いて時折相槌を打って。
笑い声さえジョミーの耳に届く。


そうして彼らの話を聞き終わると、最後に必ず言うのだ。




ソルジャーシンは立派な指導者だ。
公平で、公正で、勇敢で、優しい。
ちょっとおっちょこちょいなところもあるけれど。
彼なら、大丈夫だから。
ジョミーを信じて欲しいんだ。




ジョミーは通路から、その様子を見ていた。
彼ら新しい仲間たちが、自分の赤いマントを怖れるのを知っていたから。
際限なく血を求める男だと、そう思っているのを知っているから。


そんな人々の間に入って、ジョミーは大丈夫だと、信じるに値する指導者だと
説き続けるブルー。
離れて見つめるジョミーの両手が握り締められ、拳の形になり震え始める。
赤くなった顔は泣きたいのか、笑いたいのか、歪み苦しげな表情に変わった。
耐え切れず、ジョミーが前に一歩踏み出し―――駆け出した。


駆け寄って細い二の腕を掴み、立ち上がらせる。
ジョミー?
驚いた表情のブルーを強引に連れ出した


ちょ、ちょっと…ジョミー…!
ゆっくり歩いて!
ブルーの声を無視して、人通りの無い通路の奥に連れて行く。
どんと壁に押し付け、細い肩の両脇に手を付いた。


「そんな身体で!一体何をしてるの、あなたは!」
ブルーを腕の間に閉じ込め声を荒げたジョミーは、俯いた。


いつの間にか自分より高くなった肩。
胸の厚みも既に追い越されている。
本当に大きくなった。
ブルーは微笑む。


目の前で、その逞しくなりつつある肩が、震えていた。
ブルーは俯くジョミーの頬を両手で挟み、自分に向ける。
緑の瞳は、濡れて光っていた。


「…何故、泣くの?」
「……………」
「ジョミー?」


分からない。
瞬きすると、綺麗な涙がぽろぽろと落ちる。


嬉しくて。
恥ずかしくて。
悲しくて。


頭の中がぐちゃぐちゃで。


「胸が痛い―――!」
ジョミーは押し殺した声で低く叫ぶと、ブルーを抱き締めた。
混乱した思いが、流れ込んでくる。




守りたいのに
守りたいのに
護りたいのに

あなたの時間を止めることすら出来なくて
こうやってあなたに助けられてしまう自分

なんて力の無い
情けない

でも、どうしようもないくらいあなたが大好きで
僕を信じてくれと言って歩いてくれるあなたの姿に
押さえようのない喜びを感じてしまう

あなたの時間を浪費しているというのに
残り少ない時間だと分かっているのに

あなたを止めたいけれど
止められない

僕はどうしたらいいんだろう




ジョミーの腕に力が篭もる。
苦しさを感じるほど抱き締められて。
ブルーはジョミーの腕をぽんぽんと叩いた。


「このままじゃ窒息してしまうよ、ジョミー」
「―――っ!ブルー、ごめ…っ!!」


「君の思いにね」
ブルーの言葉に、ジョミーの顔が瞬時に真っ赤になる。




公平で、公正で、勇敢で、優しい。
僕の言葉に一つの嘘も無いよ。


すこおし贔屓目はあるかもしれないけれど。
ブルーはくすっと笑う。


大好きな君の事だもの。
少しは大目に見て貰ってもいいだろう?


そんな君の事を皆に解ってもらいたい。
万に一つも誤解して欲しくないんだ。
その為に費やす時間なんて、僕には少しも惜しくないよ。


君のために役に立てるんだもの。
嬉しいんだよ、僕は。


だから、止めないでいてくれる君に
とても感謝しているよ。
ありがとう、ジョミー。




キスの雨を降らせる。
額、眉間、鼻。
目頭、瞼、眦。
頬骨に柔らかい頬。


そして辿り着いた唇―――何度も何度も重ねる。




ありがとう
ありがとう


ずっと、ずっと愛してたよ
これからも、ずっとずっと、愛してる




注ぎ込まれる想いに、ジョミーの目から涙が溢れる。




僕も同じ。
あなたがとても大好きで――――――愛してる…。

だから。


「僕のことも大事にして」


その言葉の意味を量りかねて、唇の優しい降雨を止めたブルーはジョミーの
緑の瞳を覗き込んだ。


僕のために、自分の身体を第一に考えて。
ちょっとでも疲れたら、疲れそうだなと思ったら休んで。
大丈夫だと思ったけれど、思いのほか疲れてしまって身体を重く感じたら、
何処でもいいからすぐに座って。
そうして、僕を呼んで。
頭の中で僕のことを思い浮かべてくれればいいから。
絶対に気付くから。
お願いだ。



僕のために、一分でも一秒でも長く―――――傍にいて。



ね、ブルー?
約束してよ………


ジョミーはブルーの額に己のそれを寄せた。
小さな声で言う。


「絶対に、無茶はしないで。もう、絶対に」
「…分かった。しない。約束する」



本当だね?
ああ。何なら指切りでもするかい?
それで大人しくベッドにいてくれるなら。
一日中…かい?それは別の意味で疲れるよ。
横になっていればいいじゃないか。
そうすると余計に疲れるんだよ。
………?



「だってシーツから、君の匂いがするだろう?」



我慢するのに、結構体力を使うんだ。
至近距離で紫と赤の瞳が細められる。


いたずらっ子っぽく笑うブルーの額を、ぱちんと叩いたジョミーの頬は
真っ赤だった。


さあ、もう部屋へ……!
一気に飛ぶためにブルーを抱える。
ジョミーの腕の中で、ブルーは尚も話を続けた。


リネン室に寄ってくれるのかい?
………
そうだ、アンダーも変えないとね。そちらもお願いするよ。
………………
あとは、何処がジョミーの匂いがするかな?えーと―――
……ブルーっっ!!いい加減にしてっ!!!


二人が消えた通路に、楽しげな声がこだましていた。


ごめん、ジョミー
大好きだよ






















---------------------------------------------------- 2007.10.28 日記からサルベージ。 えと、一応ジョミブル…です… こんなん違う!ジョミーじゃないっ!と思った方、ごめんなさい。 書いてみたかったんです……