webclap 01 20080622up
「ハーレイ、拾ってくれないか…」 そう言って扉の前で座り込む銀の人。 これが彼流の、仲直りの方法なのだ。 ――拾って下さい―― もう何だったのかも思い出せないほど些細な事柄が原因だった。 いつもより過ごした酒の勢いもあったのだろうか。 小さな争いの声は次第に大きくなり、最後にはブルーが怒鳴るほど。 「出て行け!」の言葉に「言われなくてもそうします」と答えて立ち上がって、 その後―――。 私が居ない方が、ゆっくりお休みになれますでしょうから。 そんな捨て台詞を残してしまった。 まっすぐ部屋に戻り、シャワーを浴びて。 ブルーの処でかなり呑んできたのだが、もう一度蒸留酒を煽った。 けれど眠気は訪れない。 仕方がなく潜り込んだベッドの中で数え切れないほど寝返りを打ち、 とうとう朝になってしまった。 その間ブルーからのメッセージもない。 私はいつもの服に着替え、重い身体を引き摺って、ブリッジに向かう。 入る直前、両手で頬を張って、気合を入れた。 おはようございます、の声に応えて席に着いた。 宿直のオヤエがつかつかと近づいてきて、「ソルジャーからの伝言です」と 言う。 強張ったか、色が変わったか。 「どうかされましたか?」と問われて「なんでもない」と笑って見せた。 「今日はお休みになるそうです」 「わかった」 「……………」 「他にあるのか?」 「いえ、ただ―――」 少々調べものがあるとの事でした。 オヤエの言葉に、自分が理由も訊かずに居た事に気がつく。 しっかりしなければ。 心配げな目を向けるオヤエに礼を言うと、踵を返したその背中に声を掛けた。 「オヤエ、ついでで悪いのだが、珈琲を頼めるだろうか?」 「はい…!」 笑顔になった彼女を見て、改めて気合を入れる。 私は、この艦のキャプテンなのだから。 結局大きな事柄もなく恙無く過ぎ、ほぼ定時でブリッジを後にした。 一度もブルーは顔を見せず、日課の報告も必要ないとテレパシーを寄越しただけ。 青の間に―――とも考えたが、まだ気持ちの整理がつかない。 何と言って謝ったら良いものか。 それを考えつつ自分の部屋へ歩く。 だが、内容が内容だけに足は重い。 いつもの倍以上の時間を掛けて、部屋のある階に辿り着いた。 やっぱり、私が謝ろう―――そう決めた途端の、この姿と台詞。 私を見上げる紫の目は、本当に捨てられた子犬のようで。 座っているのも、見ようによってはへたり込んでいる様にも見えて。 私は、今日初めて微笑んだ。 「お腹が空いたな」 「……温かいミルクで良いですか?」 扉を開けるキーを打ち込みながらそう言えば、銀の少しばかり大きな子犬は 不満げに鼻を鳴らす。 「そんなんじゃ足りないよ!」 「では、何が?」 「グラタン。蟹の」 思わず振り返った私に、何処から出したのか小さい包みを差し出した。 ニッと笑って言う。 「食堂からくすねてきた」 「…なんと言うか…」 「温めれば、食べられるだろう?」 「…………そうですね…」 犬じゃなくて猫だったか、しかも"ど"で始まる冠のある…。 呆れ半分、嬉しさ半分の複雑な気持ちで手を差し出す。 それを躊躇い無く掴まれて、私は自分の誤りに気がついた。 半分じゃない、全部だ。 嬉しくて堪らない。 細胞の一つ一つが歓喜に叫んでいる。 引いて立ち上がらせた身体を抱き寄せた。 両腕の中に閉じ込めた人に囁く。 「拾ってしまいました」 「…うん」 ブルーの腕が私の背中に回る。 きゅっと抱き締められて。 同じように囁かれた。 きちんと最後まで面倒見るんだよ。 ハーレイが、拾ったんだからさ。 密やかで甘い声。 私は「はい」と返事をしたのだった。