first time



アタラクシア。
成人検査を控えたジョミーが、眠る。

その枕元にぼうっとした光が生じ、一人の青年の像を結んだ。
両耳にヘッドフォン型の機械を装着し、肩には長いマントを掛けている。
赤い瞳に………青みを帯びた銀の髪。

眠るジョミーを覗き込んだ。
青年は口元に深い笑みを刻んでいる。
それは、とても幸福な微笑みにみえた。

彼、ソルジャーブルーは、満足していた。
ずっと探し求め続けてきたものをようやく見つけ、それが今、目の前にあるのだから。

もう長くは生きられない自分の、後を継ぐ者。ミュウを導く者。
それも――――フィシスにもそこまで視えていたのだろうか――――
彼は完全な肉体を持っているのだ。
不完全な身体を補うために特殊な力を持つのがミュウであった筈なのに。

健全な肉体と、ミュウの力。
それを同居させるジョミー。
これまで有り得なかった事象を体現する彼こそが、ミュウを
新しい世界へと導いてくれることだろう。

いや、ミュウだけではないのかもしれない。
人間という種全てを…………
そんな夢のような希望を持ってしまうほど、彼はすばらしい存在だった。

ブルーはジョミーを見つめ続ける。

その満足そうな笑みが、一瞬、歪んだ。
ぐっと両手を握り締める。
ぼんやりと光る全身が微かに震えた。

ブルーは、自分にフィシスのような先見の力が無くて良かったと思う。
彼ジョミーがこの先、見、聴き、触れていくこと全てを知ってしまったら―――――
こうして笑うことなど出来ないだろう。



羨ましくて妬ましくて。

彼の身体が。

その力強い生命力が。

何より、彼のその若さが………



一瞬、奪ってしまおうと思った。
吸い取ってしまおうと。
自分になら可能だ、出来ると。



何てさもしい、いやしい………!
300年近くという、人として十分に過ぎるほどの生をいきてきたというのに!
こんなモノが己の中にあったとは。



だが、確かに存在している。
それらが今でも啼き喚いている声が、聞こえる。


『彼の若さが在れば、何の迷いも無くフィシスをこの手に抱くことが出来るぞ。
 彼の強い生命力が在れば、あれほど望んだ母なる地球の、
 青い碧い海をその瞳に写すことが出来るぞ。

 さあ――――!』


ブルーは一つ頭を振った。
何かを吹っ切るように。

再びジョミーを見つめる彼の微笑みは、哀しみの色を濃くしていた。

君のミュウの力がまだ眠ったままで、良かった。
君個人の未来を奪ってしまうぼくが、こんなにもみっともない男だったと知られずに、逝ける。


ブルーは実体ではない手で、ジョミーの髪に触れた。

ゆっくり眠れるのは、今夜が最後かもしれない。
先見の力が無くとも、この先君を待ち受ける苦難を想像することは容易だ。



すまない………でも、君なら大丈夫だ。
きっと――――

ミュウを、皆を頼んだよ…………



ソルジャーブルーの姿は、光を失い、すうっと消えた。