Rest of the soldier






暗い、暗い部屋。
光源は、ぽつりぽつりと燈るぼんやりとした青い間接照明だけ。
緩やかな螺旋を描く長い階段を降りた先に、彼が居る。

「―――――ハーレイか」

青みを帯びた白銀の髪に、神秘的な紫の瞳の彼が振り向いた。
身体を覆うマントが床と擦れ合う音を立てる。
今日は状態が良いのだろう、臥せっていない。

「お加減は、よろしいようですね」

ああ。
ソルジャーブルーは微笑んだ。
彼から発せられる波動もいつものものだった。
暖かくて、相手を包み込むような優しさに溢れている。

けれど、声に僅かに滲んでいた、波動の奥に隠されているものを
ハーレイは見逃さなかった。

隠すことだけは巧くなったな。
ブルーに気づかれないよう、心の遮蔽した部分で呟く。

「どうかしたか?」

ソルジャーブルーは、穏やかな声で問うてくる。
分かっている筈なのに、との思いをハーレイはそのまま言葉にした。

「お分かりでしょう、ソルジャー―――いえ、ブルー」

数日前から、あれだけあからさまな思念を送ってきたのだ。
煽り立てるようなイメージや、過去の記憶も。



あなたが欲しいと。
あなたを抱きたいと。



「少々、お時間を頂けませんか?」
「今はそんな気分ではない。下がってくれ」

ブルーは背を向けた。
ミュウの中で誰よりも強大な能力を持つ彼の背中は、驚くほど細い。

「下がれませんね。わたしもこれ以上、我慢が出来ない」

頭一つ分小さい彼を後ろから抱き締め、マントと髪の間に僅かに覗く素肌に口付けた。
ひくりと身体を震わせ「やめろ」と呟くが、逃れる素振りは無い。

彼が嫌がりながらも拒絶することは無い事を、ハーレイは分かっていた。
"時間をくれ"と言った瞬間、彼の瞳を過ぎったこの後の行為への期待、艶のある躊躇いを見て取っていたから。
自分がこの部屋に足を踏み入れた時から、彼が周囲を遮蔽したのを知っていたから。
理性がどんなに留めても、抑えきれない程欲情をさせたのを、理解していたから。

それが可能なほど、彼らは身体を重ねる機会を持ってきたのだった。

しかし、今日の彼は少し違っていた。
小さな丸いテーブルに手を附いて、堪えている。
愛撫にも反応を返してこない。
ぴくりぴくりと震える背中が、彼の懸命な拒絶をあらわしていた。

「――――帰ってくれ………ハーレイ」
「無理だと、申し上げたでしょう」

言い終わる前に、ハーレイは意識を集中した。
ハーレイの意図を理解し、逃れようとするブルーのそれを絡め取る。

ハーレイは唯一ブルーに勝る力――直接触れている相手の四肢の自由を奪う――を行使した。
彼との"最初の時"にも使った力だった。

硬直したブルーから一旦身体を離し、正面に回る。
しゃがみ込み、前を開いた。

(やめてくれ!ハーレイ!!)

ブルーの叫ぶようなテレパシーを無視して、立ち上がりつつある‘彼'を口に含んだ。
全てを知り尽くしたといっても過言ではない、相手の身体だ。
昇り詰めさせるのに時間は掛からない。

前を向いて息を弾ませるブルー。
声を上げることも、身体を震わせることも出来ないでいる。
更に、煽った。

手を沿え、扱く。
見開いたままの紫の瞳が、涙を零さんばかりに濡れている。

口内で‘彼'が硬度を増した。
もう限界だろう。
精神の戒めを解いた。

「ああああああああああっ!」

天を仰ぎ、仰け反った喉から顎のラインが見えた。
美しいと思った途端、苦みばしったモノが口の中に広がる。
それを嚥下した。

口を拭い立ち上がる。
両手をテーブルに付き、睨みつけるブルーの瞳が赤く燃えていた。

「私を、憎みますか?」
「・・・・・・・・・・」
「どうぞ。その怒りを打ち付けていただいて構いませんよ」
「…………おまえがこれほど好色とは知らなかった」
「好色―――私だけですか?」

ハーレイは数歩離れると、背中を向けた。

「私が支配出来たのは、あなたの身体の動きだけです。
 それほどお嫌なら、あなたの思念で私を跳ね飛ばせは良かったでしょう?」

違いますか?
肩越しに振り向いて、笑った。

ブルーの頬にかあっと朱が差す。
濡れたままの紫の瞳でハーレイを睨みつけた。
周囲の空気が密度を上げ、すうっと渦を巻く。

それが瞬間的に動いた。
ハーレイの頬に一筋の赤い線が走り、つつっと血が流れる。

それ以上は何事も起こらず、ブルーは視線を逸らした。
そして、床に吐き捨てるように、言った。

私を抱け、と。



















気を失ったブルーをベッドに置いて、ハーレイは部屋を出た。
ふらつく足で廊下を曲がった先に、エラ女史がいた。
それを目視しても、ハーレイは足を止めない。
女史は追い縋り、押し殺した声で言った。

「あなたという人は―――――!」

強い憤りを隠そうともせず、ぶつけて来る。
最古参のミュウで高感度な精神感応力を有する彼女は、長であるソルジャーブルーの
思念の僅かな変化からハーレイとの情事に辿り着いた唯一の人物だった。

「ソルジャーにあんな非礼を働いて……許されないことですよ!」
「・・・・・分かっているつもりです」
「ならば、二度とあんな真似は止しなさい!」
「それは…お約束出来かねます」
「何故です!」

思わずエラが張り上げた声に、ハーレイは立ち止まった。

「そんな大きな声を出されては―――――」

エラも流石にまずいと考えたのだろう。
右手で口を押さえるが、怒りは治まらない。

「あなたがそんなに色を好むなんて!」

ハーレイの顔が奇妙に歪んだ。
自分がブルーと同じ台詞を言ったことに気が付くはずもない。
エラ女史の責める様な口調は続く。

「しかも男性となど―――汚らわしい!!」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ソルジャーに無理をさせていることに気が付かないのですか!」

ハーレイは答えない。
俯き加減で叱責を受けていたが――――彼女の発した次の言葉に顔を上げた。

「もし……もしソルジャーがあなたとの行為に溺れてしまったら、
 どう責任を取るつもりです!」
「……………それはありません、エラ女史」

安心して下さい。
ハーレイはそう言って笑い、早足で再び歩き出した。

彼の思念に言いようの無い哀しみを感じて、エラは立ち竦んでいた。
立ち去る背中に呟く。

「何を、考えているのです、ハーレイ……」

















歩き続けるハーレイの脳内をエラの言葉が巡る。

『ソルジャーが溺れたら』
『あなたとの行為に溺れたら』

そんな日は決して来ない・・・・・



昨日の失敗は誰の所為でもなかった。
敢えて責任を問うとすれば、死んだあの男にだろう。

ブルーが察知した新しい仲間。
それを救出するべくアタラクシアに向かった男は、新しく船に迎えられるはずだった
少年と共に死んだ。
あの男が瞬間的に犯した判断ミスだったのだ。
ソルジャーの責任ではない。

だが、彼は自分を責めた。
夜も眠れないほど、責めていた。

どうすれば良かったのだ。
彼をに無理やり眠りに強いることは、あのフィシスを持ってしても不可能だ。

苦悩する彼を見ていられなかった。
弱っていく彼を、放ってはおけなかった。

だから、責めるように抱いた。
体力の限界まで苛んだ。

今、ブルーは死んだように眠っている。
ハーレイの望んだように。



実験動物として扱われた頃から、仲間が殺されていく度に
ブルーは酷い睡眠障害を起こしていた。
そんな責任感の強い彼が、実験棟の中で深い眠りにつける夜があった。
複数の人間による、性的暴行を受けた晩だった。
彼の華奢な容姿と、相反する意志の強い瞳が彼らの被虐心を煽るのだろう。
飽きることなくそれは繰り返された。



そんな人間たちと同じ行動をとる自分。
目的はどうあれ、それを受けるブルーの心は楽しかろう筈もない。
唯の欲望のはけ口、それ以外に彼が自分に身を与える理由など無い。

目的はどうあれ・・・・・だと?
ハーレイは自嘲した。

深い眠り――――本当に、最初はこれが目的だった。

けれど、今は。
幾度『もう、止めてくれ』という掠れた声を聞いても、止められない。
むしろ、そんな声を聞けば聞くほど、彼を開放出来ない自分がいる。



「溺れているのは・・・・・この私だ」

その呟きを聞いた者は、誰もいない。