自分がハーレイの相手らしい。
相手というのは、つまり………そういう相手だ。

全く身に覚えのないブラウは、首を捻った。
言葉でからかったりするのはしょっちゅうだが、セクシャルな匂いが
漂うような内容ではない。
むしろ年の近い弟を苛めている感じだと思うのだが。

スキンシップったって、その言葉苛めの延長で背中を"ばちん"と叩く程度で、
あの色気の無い行為の何処をどう勘繰ればそういう結論に達するのか解らない。

若い連中が、超が付くほどの堅物ハーレイをからかって面白がっているだけなら
いいが、ゼルやヒルマンまで真面目な表情で問うてくるものだから、
実はかなりブラウは困っていた。

当のハーレイはと言うと、そんな噂など耳にしていまい。
一見強面のあの男に好き好んでそんな話をする者は、自分以外いないだろう。
当事者でなければ、喜んでからかいに行ったのに。
ブラウは、ブリッジで大きなため息をついた。










― ニーニョ sideB―















「わかったよ。可及的速やかに身支度を整えて、全速力で走っておいでよ」

通信を切ると、ブラウはため息をついた。
ブリッジの自席で天井を仰ぐ。

まったく、寝坊するなんて。
"目覚ましが止まってた"なんて、みっともない!
今日の夜勤は二人しかいないのだから、自分が寝過ごせばどうなるか容易に想像できるだろうに!


幸い、月の綺麗な、とても静かな夜だけれど。


ブラウはまだ若い相勤者の顔を思い浮かべ、どう仕返ししてやろうか考える。
まず珈琲を淹れさせて、食堂から何か摘めるものも調達させてやろう。
勿論甘いもの付きで、だ。
最近確か彼女が出来たという噂だから、その辺りも突いてやるか。

それから、それから……
つらつらと考えていたが、不意に鳴り響いた警戒音に飛び起きると、CIS席に駆け寄った。

レーダーを確認するが、近くに敵艦が出現した様子は無い。
鳴り響く警戒音は、センサーだった。

侵入者を示す点滅はなんと―――――船の真上。それも、シールドの内側!

ブラウは上を睨んだ。
艦の外壁すれすれに居る何者かを。

『侵入者だ……!』

警報を鳴らすより早いと、艦内に大声で思念を飛ばした。

物凄いスピードで、キーボードを操る。
敵の位置は間違いない、シャングリラの上部。
鯨で言えば、頭部。ちょうどブリッジの真上。

だが、着艦されたのかどうかも分からない。
艦内に侵入はされていないようだが、そもそも、そこに居るものが何者なのか。
余程強固なシールドを張っているのだろう、機体の判別すら出来ていない。
早く手を打ちたいが、相手が分からなければ反撃のしようが無い。

機械が駄目ならと、思念を飛ばしてみるが……ブラウは自分は得手ではないことを
再認識しただけだった。
だが、相勤の男の子は確か"見える"子だ。
早く来い!と怒鳴りつけつつ、他に何か手は無いかと考える。

触れるほど近くなら………熱センサー!
外壁の表面温度を表示するセンサーなら、形だけは分かるはず!

早速切り替えてみると、くっきり形が浮かび上がった。
センサーの高温部分は赤で表示されるのだが、エンジンを示すような色は無い。

浮かび上がったのは、ぼんやりした黄色に薄いだいだい。
それに、薄い青。
人型をした大小二つの色味。

何だ…?
モニターを凝視しているブラウの許に、ようやく待ちに待った声が届いた。

「すいません!航海長!」
「遅いっ!!」

席に滑り込む若い男、トールの後頭部を叩く。

「この真上だ。見えるか?」
「やってみますっ」

相勤者のトールは目を閉じ、意識を集中する。
その間も、何人かの声がブラウの脳内に響いた。

『今行くから!』
『敵は?!』

けれど、その中に一番必要な声が無い。
ソルジャーとキャプテンの応えが。

トールが目を開けた。
少し首を捻りながら、"見えた"ものを説明する。

「やはり強力なシールドがかかっていて、はっきりとは見えないんですが………
 この感じは……ソルジャー、ではないかと」

自信は無いんですけど、と最後は消え入りそうな声で言う。
ブラウはぱちんと自分の額を叩いた。

「あっちゃ〜……やっちまったか…」
「何を、ですか?」
「ちょっと、あんた。食堂行って何か摘めるものを持ってきて」
「はい?」

珈琲も忘れんじゃないよ!
無理やり立たせて、ブリッジから追い出す。
トールの背中を押しながら、思念を飛ばした。

『皆ごめん!あたしの勘違いだったよ。ソルジャーだったんだ。
 聞いていたのにすっかり忘れてしまって……ホント、ごめん!』

何だ、そうなの、と集まりかけていた思念が、遠くなっていく。
まだ深夜の時間帯だ。
再びベッドに潜り込むのだろう。

外の"二人"のことを追うものもいないだろう。
その為にソルジャーの名を出したのだから。

ブラウは椅子に腰を落とすと、安堵の息を吐いた。
モニターを見る。

人型の色の集まりは、さして大きな変化もなく、二つ寄り沿ったままだ。
小柄なものがソルジャーで、少し大きいのが―――ハーレイなのだろう。
二人は付かず離れず、手を伸ばせば無理なく届く距離で。

これを敵襲だなんて…!
緊張が解けた所為もあるのだろうが、可笑しくなって笑い転げる。

二人の応えが無かったのも当然だ。
自分の声など聞こえないだろう。
こうやって、二人っきりの時間を過ごしているのだから。


ソルジャーブルーとキャプテンハーレイ。


この二人が結びついた瞬間、流石のブラウも驚いた。

何て取り合わせ!
意外ではあったけれど、でも、すとんと心の中に落ちるものがあった。
やっぱり、という思い。

そして、ここ最近の噂――自分とハーレイが云々――の理由が分かった気がした。
ソルジャーは変わらないが、ハーレイは時々、何処となく幸せそうな空気を纏う事があるのだ。

こんな逢瀬を持ってるんじゃね。
コンソールに頬杖を付き、モニターを突いた。
相手に関しては、完全に的外れだったけれど。



そういえば…
数日前にフィシスさまも連れ出されたと言っていたっけ。
アルフレートが酷く怒っていると。

あれ?
ブラウの心に引っかかるものがあった。

その時、ブリッジはどうだったんだろう。
ここ最近、警戒シグナルが鳴ったなんて話は、聞いていない。
今夜に限って、どうして?

さっきトールはなんて言っていた?
"今日に限って"目覚ましが鳴らなかったって…

ブラウは、再び天井を仰いだ。

私に見せたってこと?
私だけに見せたかったってこと?



それって―――――もしかして……



くすっと笑い、視線を戻す。
モニターの中で、大柄な影がしゃがみ込んだ。
少しして、小さい方も屈む。

あっ、と思うまもなく、二つの頭部が重なった。

小さい方が大きい色みを押し倒す。
頭部は離れないままだ。

ちょっと、ちょっと。
あんたたち、まさか……

小柄な方を乗せたまま、ハーレイと思しき色味が起き上がる。
ハーレイの色味から手が伸び、小さい頭を捕らえた。
また重なる影。

暫くすると、小さい色味の上半分の色が変わった。
薄い青色から、薄いだいだい色に。
顔の部分と同じ色に。
その薄いだいだい色が、反り返ったように見えた。

ブラウは、はあっと息を吐いた。
息を止めて見入ってしまったようだ。
リアルな映像を見せられるより、余程扇情的だ。

これ以上見せられては叶わない。
まもなくトールも帰ってくるだろうし―――――

ブラウは意識を集中させる。
一つ大きく息を吸うと、すぐ上で睦みあいだした二人を"怒鳴りつけた"のだった。








両手に持ち切れないほど"摘めるもの"と珈琲を抱えたトールがようようブリッジに
辿り着き発見したものは、コンソールに突っ伏す航海長の姿だった。

「……航海長?」

そこに置けと指で指し示すが、顔を上げる様子は無い。

「何かあったんですか?」
「……ああ。何でもないよ」
「何でもないようには見えませんよ?」

ああ。
生返事しかしないブラウに肩を竦めると、トールは温かい珈琲を彼女の傍に置いた。
自分の席に戻り「知ってますか」と話しかける。

「今夜は七夕なんですよ」
「たなばた…?何だい、それ?」

うっそり顔を上げる。

地球の風習とか神話に由来するらしいんですけど―――――
トールは、年に一度しか会うことが許されない恋人たちの、美しくも悲しい物語を話し出した。

最後まで黙って聞いていたブラウは、一言「神様も酷いことするねえ」と呟いた。

何です、感想がそれですかぁ。
トールは呆れた声を出す。
「まあ、それが航海長らしいですけど」と言うと仕事に戻っていった。

その後姿を見ながら、先ほどの二人を思い出す。
一年に一度きりの逢瀬というほどではないのだろうが、普通の恋人たちのように頻繁には
睦み合えないのだろう。
1人はミュウの長で、もう1人は艦を預かるキャプテンで。

毎日顔をあわせることは出来ても、触れ合うことなくすれ違う。
もっと別の、自分だけを見てくれる相手を選べばよかったのに。

でも、出会ってしまったんだね、二人は。

もう一度「神様は酷いことをする」と呟いた。
キーボードを叩く音以外は、しんと静まり返ったブリッジで、ブラウはトールの話を思い返す。

今夜は七夕。
恋人たちの逢瀬の夜。

ソルジャーがそのことを知っていたとは思えないけれど。
今夜を選ぶとはねえ。

あの、熱センサーで"覗かされた"睦事。
見せ付けられた、甘い甘い時間。

警戒センサーに引っかかったのも、トールの目覚ましがならなかったのも、全て彼の仕業だろう。
ブルーも、自分とハーレイの噂を耳にしたのだ。

そして―――――妬いたのだ。

彼は自分のものだと。
それを誇示するように、今夜の騒ぎを仕組んだに違いない。

何て子供っぽい、児戯に満ちた行為だろう……!
あの、ソルジャーが……!

ブラウはくつくつと笑った。
押し殺した笑い声に、トールが嫌なものでも見るような視線を向けるが止められない。

僕、みんなの前でブラウを抱き締めてキスでもしてみようかな。
そう呟いたブラウの"可愛い坊や"は、まだ二十歳になったばかりだ。

そんな事したって、みんなの話のネタになるだけさ。
やめておきな。

答えながら、シーツの間でしなやかな若い身体を抱き締めたのは、ほんの数時間前。
うん、そうだね。
そう耳元で囁く声は、もう大人の男のもので。
ブラウは身体を熱くした。

あの子だってそう言ったのに………!

笑い続けるブラウの肩は、まだ揺れている。

あの年は重ねた、初心な二人に投げた言葉は的を得ていたねえ!
本当に可愛い坊やたちだよ!

ブラウはとうとう声を上げて笑い出したのだった。