sweet sweet stories 09
ほうら…早く…。
先生が促す。
でも僕は俯いたまま、顔が上げられないでいた。
■ しょこらあと ■
今年のバレンタイン、欲しいものある?
確かに僕が訊ねた。
口移しのチョコレート。
そう答えを貰った。
だから、ちょっと値が張ったけど評判の美味しそうなチョコレートを買ったんだ。
先生はあまり甘いものが得手ではないから、カカオ増量のビター。
僕はもっと甘い方がいいんだけど、やっぱり喜んで欲しいから。
バレンタイン当日の今日は幸い日曜日。
一緒に夕飯を作って、ワインなんか開けてみたりして。
ほろ酔いでいい気分だったから後片づけは軽く済ませ、ソファーに座った。
目の前の大画面では白黒の映画。
何てったってバレンタインデー、当然恋愛ものだ。
それも丁度良いシーン。
隣に座ると、僕はチョコレートの包みを差し出した。
「ありがとう」
微笑んだ先生は僕を抱き寄せて、頬に軽くキスをくれた。
唇が触れた場所がこそばゆい。
丁寧に包装をほどいて――この辺ハーレイ先生はアメリカ人ぽくない――箱を開ける。
ふわっと広がるいい匂いに頬を緩めると、こう言った。
「約束通り、口移しでくれるかな…?」
僕は頷き、一つを摘み上げると唇で挟む。
ん…と顔を向ければ、先生は顔を振った。
「約束通り…だよ…?」
言われた意味が分からない。
きょとんとした僕を先生は抱え上げる。
膝の上に乗せられると、僕は脚を開かされた。
向かい合って抱っこされている状況は、かなり恥ずかしい。
じわじわ頬が熱くなる。
半ばにらみつけ、すくい上げるように見上げた僕に、先生はすっと顔を寄せた。
低く囁く。
「口移しで…と言ったろう?」
ここに入れて欲しい。
先生は目の前で、薄く口を開けた。
「ブルーの口の中で溶かして、とろけたチョコを口移しで欲しいんだけれど…」
先生の台詞の通り想像する。
チョコを口に入れて舌で転がして、とろとろに溶けた焦げ茶色のもの。
それを唇を重ねて、先生に…先生に…。
「―――――な…っ!?」
一瞬で顔が真っ赤になったに違いない。
顔だけじゃない、首も手も、だ。
あんまりにもあんまりで、恥ずかし過ぎて。
僕は思わず俯いた。
出来ない。
下を見たまま、ぶんぶんと顔を振る。
「お願いしたろう…?…駄目、かな?」
大きくて温かい手が、背中をさすった。
俯いた僕の背中を何度か往復すると、肩を通り越し首筋に触れ、髪を撫でる。
指先でうなじの生え際をもてあそばれると、ぞくぞくしたものが背筋を駆け降りた。
ジーンズの中が、窮屈になる。
「ほうら…早く…」
太い指が髪の中に入ってきた。
ゆっくりと動いているだけなのに、僕の体温はどんどん上がってしまう。
不意に、絡めた髪をくいと引かれた。
「―――ぁ…っ…」
見て欲しくない。
潤んだ瞳を。
撫でられただけで欲情した顔を。
恥ずかしくて堪らないことなのに、でもその恥ずかしさに煽られてしまっている自分を。
触れてしまいそうなほどの至近距離で目があって、そこに同じ色の瞳を見つけた。
たぎる雄の目を。
「…我慢出来ない、早く…」
押し殺した先生の声の熱さに、僕の中の頑なな部分が溶けて無くなった。
まるでさっき想像したチョコレートのように。
「…ん…」
僕はチョコレートを口に含んだ。
ゆっくりととろかせば、舌だけじゃなく口全体に優しい甘さとほんの少しの苦みが広がる。
美味しい。
微笑んでみせれば先生にも伝わったのだろう、早くと言わんがばかりに唇の間から舌先を覗かせた。
くち…。
口を閉じ、唾液と混ぜる。
こうして欲しかったんでしょう?
見つめたまま目を細めると、先生の開いた唇が近づいてくる。
それを押し留め、僕は自分から顔を寄せた。
火傷しそうに熱い唇。
顔を傾け、チョコレートを流し込む。
とろり…と甘い雫が滴り落ちていく。
待ち切れなかったのか、その甘い流れに逆らって先生の舌が僕の中に入り込んだ。
すごく甘い。
いつもそう感じていたけれど、今日のは格段に甘い。
僕は自分の舌を、その甘くて熱い分厚いものに絡ませた。
「…ん、ん…ぅ…ん…」
貪るように唇を重ねる。
互いの口を甘い甘い液体が行き交った。
極上の甘露を味わいながら、更に舌を絡ませ合う。
いつの間にかテレビの音は消えていた。
抱き合い口づけを交わす二人の間から立ち上るのは淫靡な水音、それに甘い匂い。
それがゆっくりと静かで穏やかな部屋に広がっていく。
僕は少しだけ唇を離し、もうひとつチョコレートを摘まんで口に含んだ。
まだあと6つある。
朝には綺麗に無くなって、部屋にはこの匂いが満ち満ちていることだろう。
むせかえるくらい甘い空気に包まれて目覚めるのは、とても幸福なことだと思う。
先生もそう感じてくれるといいけれど、でも甘いもの苦手だから明日の朝は一番にブラックの珈琲を淹れてあげよう。
唇を重ねたままそんなことを考えてくすりと笑った僕に、「どうかしたのか?」と先生が目で訊ねてきた。
「何でもない」と、同じように目だけで笑って答える。
そうして先生の背中に両腕を回した。
腕に力を込める。
もっと。
たくさん、欲しい。
キスも甘さも熱さも、快感も。
言葉にはしないけれど、先生には伝わった。
口付けは深くなり、きつく抱き込まれる。
痛いくらいに。
明日は唇が腫れてしまうかもしれない。
でも、それもいい。
指先で触れれば、この幸福感を思い出すことが出来るのだから。
鼻腔には甘い香りが蘇るに違いないから。
チョコレートの匂い、幸せの香りが。
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20100213
甘い甘い香りは幸福の証
子供にも大人にも
それは幾つになっても変わらない事