sweet sweet stories 07
12月28日、僕はアパートに戻ってきた。 夕飯を共にして、最終便で再び欧州へ発つ二人を空港まで見送って来たので、 1時間程前に日付が変わっている。 両親共にクリスチャンなのだから本来ならば一家団欒のクリスマスホリデー 真っ最中なのだが、この所は毎年こうだ。 年末年始は家族と離れ、独りで年を越している。 クラッシックの音楽プロデューサーな父と、そこそこ名の知れた ヴァイオリニストの母。 仕事上、この時期は引っ張りだこの彼らなのだから仕方がない。 今でこそそう思えるが、小さい頃は恨めしくてしょうがなかった事を思い出し、 くすりと苦笑する。 僕がごく幼い頃は両親のどちらかが折り合いを付け、或いは演奏先まで 連れて行かれして家族と過ごしてきたが、中学に上がるのを機にそれを断った。 両親の邪魔はしたくなかったし、何より真剣に音楽に向き合い携わる二人の姿を 見るのが、やっぱり大好きだったから。 例え、それがテレビの画面越しであったとしても。 けれど。 学校の寮に入っても、この年末年始だけは家に帰されてしまう。 誘えば友だちが一緒に年越し蕎麦を食べてくれたり、初詣に出かけたりしてくれるけれど、 必ず独りの時間はやってくる。 周りに漏らしたことはないけれど、実は学校が始まるのが待ち遠しかったんだ。 でも―――今年は違う。 白い息を吐きながら、灯りのついた窓を見上げて微笑む。 そこに待っていてくれる人が居るから。 大好きで、大好きで……ううん、大好きじゃ足りないくらい愛おしくて堪らない人が。 「ただいま」 少し大きい声で言うが、応えはない。 ひっそりとした居間は小さい間接照明だけ。 煌々とした光が溢れているのは寝室だった。 けれど、そちらから物音はしない。 僕は足音を顰めて、寝室に向かった。 静かに扉を開けて覗いた僕は、頬が弛むのを感じる。 やっぱり先生は眠っていた。 毛布を掛けてベッドに入っているけれど、本を読んでいるうちに睡魔に 捕まってしまったのだろう。 サイドテーブルの灯りは点けたまま、シーツに投げ出された大きな手の上では 本が広がっている。 空港から「今から帰るね」と一応電話は入れておいたけれど、 眠っていていいよとも何度も言ったのに―――待っていてくれたんだね…。 僕は先生の額に唇を落とす。 でも、目を覚ます気配はない。 疲れ切ってる…。 学校が休みに入ってからこの数日会議やら研修やらが立て込んだ上に、 教材の手入れとか来年の資料作りだとかで連日とても忙しいのだと聞いた。 『へえ、意外…』 『教師は休み中ヒマだと思ってただろう?』 『うん!』 『こら…!かえって忙しいんだぞ』 そう言って"こつん"と僕の額を突いた大きな手に触れる。 とっても暖かくて優しい手。 顔を近づけると嗅ぎ慣れたボディソープの香りが鼻腔を満たした。 すりすりと頬を擦り付け、「ただいま」と小さく呟く。 「……う…ん…」 まだ深夜の外気を纏ったままの僕の肌は冷たすぎたらしい。 先生が身動ぐ。 慌てて先生から離れ息を殺していると、すぐに規則正しい寝息が響き出した。 胸を撫で下ろして、ほうっと息をつく。 お腹は空いてないから、熱いシャワーを浴びてすぐにベッドに入ろうと思っていた。 でも―――先生に触れた唇が、指先が、頬が熱い。 たった4日離れていただけなのに。 ちょっと触れただけなのに、我慢出来ない。 限界をあっさり超えてしまう。 今すぐに抱き締められたい―――。 僕は先生の横で服を脱ぎ捨て――畳んでる余裕もない――するりとベッドに 潜り込んだ。 逞しい腕を持ち上げて、身体を割り込ませる。 ぴったり密着し、体温をあげた頬を胸板に押しつけた。 ふんわりとした温もりに包まれたけれど。 これじゃ、足りない…。 足をねじ込んだ。 上半身と違ってやっぱり足は冷えていて、先生の眉間に微かに皺が寄った。 「ごめんね」とこっそり呟いて、絡ませる。 「―――ああ…」 肌も匂いも慣れて馴染んだものに包まれて。 とてつもない充足感と幸福感に目眩がした。 それだけじゃない。 つんと鼻の奥が痛くなって、瞼の裏がじんわり熱くなった。 嫌だ、涙なんて…! 堪えようとぎゅっと瞼を瞑るけれど。 両目から一粒づつ逃走を許してしまう。 ぽろり、ぽろりと零れて、肌を伝って落ちる。 もっと泣いてしまいそうだったから、シーツに顔を埋めてしまおうと思い 身体を捩った。 そうしたら―――。 「……セン…セ…?」 僕が持ち上げて自分で身体に回した腕がごそりと動き、力強く抱き寄せられる。 ねじ込んだ足も、同じようにきつく絡まされてしまう。 腕に足に絡め取られて、僕はぎゅっと抱き締められてしまった。 躊躇いがちに名前を呼んでも返事はなく、落ち着いたような穏やかな寝息が聞こえる。 見上げた顔も微かに笑っているようで。 もしかして、もしかして―――帰ってきたことに気がついてくれた…? きっと、そうだよね。 閉じ込められた腕の中で、胸に口づける。 ただいま、ただいま。 大好き、とっても大好き。 今年も、来年も、再来年もずっと…ずっと…そばにいてね…。 僕もそばにいるから。 何度もキスを繰り返すうちに、睡魔に囚われていく。 意識を手放す直前に呟いた―――愛してるよ…と。
-------------- 20090101 今年もよろしく 来年もよろしく ずっと、ずっと一緒だから