sweet sweet stories 05
部屋に付いている風呂の脱衣場から、同僚たちが着替える大部屋に戻って ぎょっとした。 (これは、確かに…) ハーレイは目の前の光景にめまいを覚える。 今までは全く気にしたこともなく、自分もそうしていた。 だが、これは―――。 『百年の恋も冷めるから、絶対に止めてよね…!』 『じゃあ、二百年も経た恋だったら大丈夫なのかい?』 『ダメ!例え三百年でも、確実に冷める!』 そんなブルーとのやりとりを思い出す。 確かにな、と嘆息し後ろ手に襖を閉めた。 「おや、ハーレイ先生、すっかり身支度整ってますな。流石」 声を掛けてきたのは学年主任だ。 皆と同じようにまだワイシャツを羽織り釦をしめている、下着と紺の靴下だけを 履いた姿で。 修学旅行も最終日だ。 3泊4日の京都・奈良。 今時にしては珍しい程クラシカルな場所及び日程だが、この季節の京都も奈良も 美しい。 ハーレイは結構気に入っていた。 この数年はクラスを持たなかった所為で必ず引率に選ばれ、毎年来ている。 紅葉には少しあるが、まだ圧倒的に多い緑の中で早くも赤く色づき始めた紅葉が その存在を示して始めていた。 今年は夏が暑かった所為で、その紅はとても鮮やかだ。 一月ほど先の素晴らしい紅葉を思いを馳せ、上手く休みを取ってブルーと見に来ようと 思った。 去年はブルーが一緒だった。 勿論、先生と生徒の関係なのだから、不埒なことなど出来ない。 その上引率教師と生徒会長。 口を利くヒマもなかった。 けれど、一緒に来れた、その思い出は二人の胸の中でとても温かいものになっている。 ぼんやりとその温かさに浸っていると、また声を掛けられた。 「風呂でしたか?」 「いや……ええ」 「昨夜も酒席を早々に切り上げて、入られたのに…!お好きですなあ」 「はあ…まあ…」 曖昧に応えて、話題を変える。 「しかし、その格好…奥様から何も言われませんか?」 「はい?」 「先に靴下を履くな、とか、シャツよりズボンじゃないかとか…」 「ああ…!」 そんなことかと相好を崩した同僚がばんばんとハーレイの背中を叩いた。 「一々女房の言うことなんか聞いちゃいられませんよ!」 「そんなものですか…」 男は、はははと豪快に笑うと、ハーレイを窺うように覗き込む。 「ははぁ〜さては、彼女にでも言われましたか?」 ぎょっとするハーレイに、にやにやと笑いながら肩を組んだ。 もっとも、かなりの身長差で上手くはいかなかったが。 「どんなヒトです?」 「え、あ、いや…そうではなくて…」 「結婚が決まってるなら報告は早い方がイイですよ。今の教頭はそういう プライベートなことでも内緒にされることを嫌いますから」 後半は声を潜めてそう言うと、「仲人は校長ですよ!」と素早く囁き身体を離す。 慌てたようにズボンを持ち上げ、"教頭"という言葉にぴくっと反応した彼の人に背中を 向けた。 是幸いとお喋りな同僚から離れたハーレイは廊下に出る。 窓の向こうの墨絵のような光景を眺めた。 なだらかな山々が朝霞の向こうにボンヤリとした輪郭を描いている。 去年と同じ、ブルーと見た風景だ。 口元がふっと綻ぶ。 『僕も一緒に行きたいなあ』 数日前、そんな駄々を捏ねた恋人。 ベッドで、行為の後でまだ何も身に着けない状態で、寝そべるハーレイの上に しなだれ掛かってきた。 『行きたいな…』 『そんな無理を言って。紅葉の時期には一緒に行くだろう?』 『ん…………じゃ、4日間我慢出来るおまじない…頂戴…』 目を細めて顔を寄せてくる。 まだ汗ばんでいる銀糸を指に絡ませて、口づけた。 何度も、何度も。 そんな事を思い出しながらハーレイは自分の胸に手を当てる。 じんわりと温かくなったそこには、ブルーがくれた"おまじない"がまだ残っていた。 肌の色の所為ではっきりとは見えないけれど。 胸の真ん中に幾つかの吸い痕を付けたのだ。 これがやっかいもので、ハーレイは同僚の教員たちとは一緒に風呂に入れず、 眠るときも襟元が気になって何度か目が覚めた。 皆と同じ部屋で着替えなかったのも、これが原因だ。 やっかいだけど―――愛おしい。 ハーレイはブルーの唇が吸い上げた場所を手の平でさする。 今夜は会える。 恋人を腕の中に収めることが出来るのだ。 今度は自分がこの"おまじない"を付けてやろう。 全身に。 そんなことを心に決めて、ハーレイはくすりと笑った。
-------------- 20081021 些細な事 変化のない日常 小さな約束 それが幸せ