sweet sweet stories 03
頭上、抜けるような空では青と白がせめぎ合う。 夏と、生徒と学生の特権、夏休み真っ盛りの8月初旬、ブルーはプールサイドにいた。 生成の麻シャツにネイビーに近いブルージーンズ、素足に白のデッキシューズ。 あまりにラフな出で立ちに、制服のブルーに慣れた後輩たちは目を丸くした。 「大学生って感じ!」 「モテるでしょう?」 「なんか…急に…大人っぽくなったっすねえ!」 「合コンました?!」 水着姿の3年生、2年生に囲まれて、ブルーは笑っていた。 時折頭を振り肩を竦め、「そんなことはないよ」と応える。 「先生―――」 誰ですか? ブルーを知らない1年生が水泳部顧問のハーレイに問うた。 プールから上がったばかりの、水を滴らせる金糸をタオルで掻き回していた手を 止めて教えてやる。 「前の生徒会長だよ、今日は引き継ぎだそうだ。2学期になるとすぐ秋の文化祭の 準備が始まるからな」 大判のタオルを肩にかけ腕を組む。 その横で「へえー」と間抜けな声を上げた1年生が、惚けた顔でブルーを眺めた。 「すっげ綺麗なひとですねぇ……」 だろう…! 自慢したいのを堪えて、ハーレイは相槌を打った。 すっと目を細めて見やれば、ブルーもこちらをちらりと見てくすりと笑う。 引き継ぎはもう終わった。 真っ直ぐに帰らずにプールに寄ったのは、これを見る為。 時間の許す限り逢瀬を重ね、今更裸体など珍しくもない二人だが、ブルーは 見たかった。 ―――水着姿のハーレイを。 真っ青な空を背景に、満々と水を湛えるプールの照り返しを受ける褐色の姿。 筋肉質の身体を伝い落ちる滴さえ美しいと思う。 ブルーは目的のものを見、顔を綻ばせた。 「先輩…」 周囲の一人が口を開く。 「凄く雰囲気変わりましたよ…」 もしかして、恋―――してます? 「え…っ―――」 絶句したブルーの顔が、見る見る朱に染まる。 色めき立った周囲から黄色い声が上がった。 「きゃ〜〜〜〜っ!!」 「マジですか!」 「相手はっ!」 「同じクラスですか?」 「もしかして年上?!」 「何でそう決め付けるんだよ!」 「そうよ!」 「いや、家庭教師とかのバイト先で、そこんちの奥様とかに押し倒されてそう じゃんか〜」 「何それぇ!」 「おい、お前たちいい加減に―――」 騒ぎまくる生徒たちに、流石に良くないとハーレイが口を開きかけた途端―――。 「わーーーっ!」 「先輩っ?!」 「ブルーっ!」 大きな水音に続いて叫び声が響いた。 派手な水飛沫の下に深い青が揺れている。 「ブルー…っ!」 立ち竦む生徒たちを押し退け、ハーレイが飛び込んだ。 沈んでいく身体に手を伸ばす。 ブルーは泳げなかった。 勉強も文句無しで、スポーツも全般をこなす優秀な生徒会長が、意外にも泳げないのは 周知の事実で。 プールサイドに緊張が走った。 恋をしてるんですか? いきなりそう問われて。 思わず顔に出た。 自分でもそれが分かるほど頬が熱くなって。 しまったとか、恥ずかしいという思いはほんの少しだけ。 頬を染めた大部分は圧倒的な幸福感。 嬉しくて。 楽しくて。 …ほんの少しだけ恥ずかしい。 でも何て答えようと顔を上げた途端、くらっと目眩がした。 タイミング悪く後輩に肩を叩かれたところで。 僕は水に落ちた。 すぐに。 短い金糸に続いて、皆が憧れた長めの銀糸が水面に浮かび上がると、一同からほうっと 息が漏れる。 「先生っ!」 「大丈夫だ!」 ハーレイに支えられて肩で息をしているが、それでも何とか笑顔をつくれば、肩を 叩いた後輩の泣きそうな顔が綻んだ。 「…大丈夫…だよ…」 「すんませんっ!」 がばっと頭を下げた生徒に問題ないと手を振る。 すると、脇の下から上がった腕が首に絡まった。 ふわりと身体が浮く感覚。 頭だけを水面に出した格好で水面を滑っていく。 ハーレイがブルーを抱えたまま横泳ぎしているのだ。 生徒たちがゆっくりと遠くなる。 反対側のプールサイドを目指しているらしい。 真夏の太陽の眩しさに目を細めながら、ブルーはその逞しい腕に手をあてた。 耳に当たる波が心地良い。 ハーレイが水を掻く度に視界が揺れた。 大きな真っ白な入道雲がブルーの目の前を上下する。 まるで自分で泳いでいるみたいだ。 ブルーはうっとりと、泳ぐハーレイに身体を預けた。 ふいに。 低い声が届く。 「昨日……無理させ過ぎたか…?」 もう2掻きもすればプールサイドに届くといったところで、ハーレイが囁いた。 自分が水に溶け込んでしまったかのような気持ち良さを覚えてボンヤリしていた ブルーが、その内容に思い至るまで少し時間が掛かる。 数秒後、「バカ…っ!」という小さな声がハーレイに届いた。 「……すまん…」 「謝る事じゃないでしょ!しかもこんなトコで………!」 大体、何で反対側なのさっ! 照れ隠しで怒鳴る――勿論対岸に聞こえない程度の声で――と、ハーレイの身体が ぴくっと震える。 そのまま無言でブルーを持ち上げ、自分もひょいっと上がった。 すぐに立ち上がり、ベンチに置かれてたバッグからバスタオルを持ってくる。 ばさっと拡げるとブルーの肩に掛けた。 上半身がすっぽり覆われてしまう。 「やだ、是じゃ乾かないよ!」 「駄目だ!」 「何で―――」 どうしていけないんだと、開き掛けた唇をブルーは閉じた。 ハーレイの顔も赤く染まっていたから。 「見せたくないんだ、他のヤツに……」 ハーレイの視線を追って、拡げられたタオルから自分の身体を覗き込んだ。 濡れたシャツが身体に張り付いているだけだ。 理由が分からず顔を上げると、視界が白で覆われる。 ハーレイのタオルだと気付いて頭を振れば、ぎゅっと押さえ込まれた。 肩に顎が当たる感触に吃驚すると、耳元で押し殺した声が囁く。 「物凄く扇情的だぞ、今のお前……」 俺の抑えも訊かなくなる程だ。 ふいと下腹部を掠めた感触で、ようやく言葉の意味を知る。 またまたブルーは顔が熱くなった。 「俺の服がロッカーにある。さっさと着替えてこい…!」 「……分かった…」 タオルをぎゅっと巻き付けて、するりとハーレイの腕から抜ける。 ふわりと翻すと、走り出した。 「先生、着替え借りますね!」 答えて手を上げたハーレイは、ひとつため息をついた。 あの自覚の無さは何だろう。 襲われるかもしれないという危機感も無い。 まあ、男だからというのもあるのだろうが………。 生徒たちの居るサイドに足を進めながら、独りごちる。 「一緒に住むか…」 夏が終わる頃、それは実行されたのだった。
---------------------- 20081021 夏の日差しと 水と戯れる気持ちよさを