また、見せて。
纏わりつく子供たちの台詞は、あの人を思い出させる。

『きみの地球を…見せてくれないか―――』
フィシス。

あなたが私の名を呼んでくれる、その響きが好きだった。
耳障りが良くて、温かくて、ほんの少しだけこそばゆい、そんな音たちの連なり。
ずっと聴いていたい、あなたの傍で。
そう願っていた。





――柔らかい陽だまり――





姿を現したフィシスの周りを、子供たちが囲む。
ある子は手をとり、ある子は長いスカートの裾を引いて。
口々にフィシスに話しかける。

今日はどんなお話をしてくれるの?
何をして遊ぶ?
カードを見せて!
花を摘みに行こうよ!

彼女の姿は、瞬間移動直後に見た事とその美しさも相まって、彼らの頭に"特別な人"として
刷り込まれてしまったようだ。
シャングリラのどの大人よりも、人気があった。
もっとも、いまだ居住先の定まらないこのシャングリラの中にあって、きちんと相手を
してくれる時間があるのは彼女くらいであったのだが。

ひとしきり遊び終わると、彼らは最初に出現した公園の中心部辺りで座り込んだ。
それでもまだフィシスを解放しない。

「また、見せて!」
「おじちゃん、おばちゃんたち!!」

子供たちがせがむのは、自分たちを助けてくれたハーレイやブラウ、ゼル、ヒルマン、エラに
関する記憶。
フィシス同様、彼らの姿も強烈に印象に残っているようで、彼女の記憶に残る在りし日の
彼ら長老たちの穏やかな日常を"見せて"欲しいと騒ぐ。

何がきっかけだったのか、憶えてもいない。
きっと些細な事柄だったのだろう。
彼らが船に送られてきてあまり日にちの経たない頃、フィシスが少しだけ"見せた"動き笑う
彼らの姿がいたく気に入ったようで、その後もしばしばせがまれるようになった。

「はいはい」

微笑んだフィシスが腕を差し出すと、子供たちは先を争って己の手を重ねた。
何故そんな映像が見られるのか、彼らは全く疑問にも気味悪いとも思わない様子だ。
ミュウ因子。
あれだけグランドマザーが排除を望み、全てを消し去ってしまおうとも消去しようとしたものが
彼らの中にもあるのだろう。
全てを託された人類の希望の子供たちである筈のこの子達の中にさえ、存在するのだ。
やはり、人類の進化の延長上にあるのは自分たちミュウなのだろうか……。

ならば何故、あれほどの血を流さなければならなかったのか……!

沈んだ表情のフィシスを子供たちが心配そうに見上げる。
なんでもないのですよ、さあ、始めますよ。
その言葉に、たくさんの花がぱあっと咲いた。





ありがとう!
またね!

遊びの時間が過ぎ、自分たちの部屋に戻る子供たちが小さな手をひらひらと振りながら
走り去っていく。
フィシスも一人一人に微笑を向け、さようならと言葉をかける。
最後まで傍に残っていた男の子が、クイクイと長い髪を引いた。
もの言いたげなその様子に、フィシスは屈み耳を近づける。
「なあに?」
辺りを窺うように視線を巡らせたその子は、他に誰もいないことを確認すると、
両手で口元を覆い囁いた。

「フィシスはあの人たちが好きなの?」
「そうよ。大好き」
「順番は――ないの?」
「ないわよ。みんな同じくらい好きなの」
「でも……」
「でも?」

「一番好きなのは―――この人だよね?」
そう言った彼から送られてきたのは、あの人の映像。
銀の髪の、とても強くて限りなく優しい人。
時には幼い子供のようでもあり、酷く年齢を重ねた深みのある年長者でもあった彼。
わがままで自分勝手で、でも思いやりがあった。
自分に未来をくれた人―――――愛さずにはいられなかったひと……ブルー。

彼のことは全く話していないし、彼らにきちんと"見せた"憶えもない。
勿論、寄せる想いも。
どうしてこの子がそんなことを言い出すのか、不思議に思って尋ねた。

「どうして…そう思うの?」
「この人が出てくると、フィシスがあったかくなるから」
「温かくなるって、身体が?」
「ううん…よくわかんないけど、全部」

―――大好きだった。
自分の拠り所であり、全てだった彼。
好きで好きで、大好きで堪らなかった。
そんな彼のことを想えば、心も身体も熱くなる。
そんなの―――当たり前のこと。

でも、彼の一番は………。

それを解ってなお消すことなど出来なかった。
だから、この想いは心の奥底に仕舞ったはずなのに。

「その人も―――きっとフィシスのこと、大好きだよ!」
「………え?」
「絶対そうだよ!!だから―――」

そんな顔しないで。
男の子は屈んだフィシスの頭部を抱きしめた。

温かい。
じんわりと伝わってくる体温が愛おしい。
ああ、これが―――

『きみの腕の中は陽だまりのようだね』
フィシスはかつて自分の腕の中でそう呟いた彼の言葉の意味を知った。

ソーシャラー故に、というより自分が他のミュウたちと違うことを早くから認識していたから、
彼以外の者との接触を意識的に拒んできた。
触れ合うのが、怖かった。

人の体温は心地良いもの。
そうですね、ブルー。
本当に、優しくて温かい。
陽だまりのようです。

「ありがとう、ナギ」
見上げれば、頬を赤くした男の子は真っ青な瞳を細めた。
ありがとう、と再度言うと、ぱっと身体を翻し駆け出す。
出口に向かって、一直線に走っていった。

すっくと立ち上がったフィシスに振り返り、叫ぶ。

「ぼくもあなたが大好き!」
もう一度にっこり笑って、今度は振り返らずに走っていった。

それを見送ったフィシスは、胸に手を当てる。
男の子の残した言葉が、ここを温かくする。



ここにも陽だまりが出来ました。
これからはもう少し、人と関わっていこうと思います。
あなたを見習って―――ブルー。


静かに微笑んだフィシスは、いつまでも立ち尽くしていた。

















---------------------------------------------------- 20071203 あなたのことを忘れない あなたがくれたものも 決して忘れない