え、聞いてないの?
ガセだって連絡してあるぜ?



その台詞だけで、二人はミュウの支部のある建物から放り出された。

アタラクシアは抜けるような青空。
ぽつん、ぽつんと浮かぶ雲の白が眩しい。

麗らかな春の日。
追い出された路地裏で、ハーレイはブルーを、ブルーはハーレイを見つめた。

白のコットンシャツにヘンリーネックのサマーニットを重ね着し、ダークネイビーの
スラックスといった見慣れない格好をしたハーレイ。
いつもは撫で付けられている金髪も今日はふんわりとして自然に下がっている。

一方ブルーは、濃紺のベストにダークグレーに白と水色の太いストライプのシャツ、
薄いベージュのコットンパンツを身に着けていた。
目立つ銀糸は淡い金に染め上げられており、銀縁の眼鏡をかけていた。

こんな変装までして来たのに―――。



「通信などではとても伝える事が出来ない重要な情報がある」
「それに関わる集会もあるらしいから、二人揃って来て欲しい」

アタラクシアに設置してあるミュウの支部長からそう言われたから―――!



曲がりなりにもミュウの長と、ミュウ全員の命を預かる船の艦長なのだ。
どんな非常時であっても、決して同時にシャングリラを留守にしない。
食事も時間をずらし、同じメニューを食べない等、共に倒れる事のないように
細心の注意を払っている二人に………。
あまりの対応に、互いに顔を見つめる事しか出来ないほど、二人はあっけに
取られていた。

ようよう言葉を発したのは、たっぷり2分は経ってから。
口を開いたのはブルーだった。

「ど…どうしようか…」
「……ああ、そうですね…どうしましょう?」

鸚鵡返しに返答したものの、"戻る"以外に選択肢は無い。
トップ二人が船を留守にするなど、本来あってはならないものだから。

ハーレイは青空を見上げた。
とてつもない良い天気だけれど―――。

残念ですが、帰りましょう。
視線を落とした先に、ブルーは居なかった。

慌てて辺りを見回すと、路地を出た通りに細い後姿がある。
駆け寄ってもブルーは振り返らなかった。
じっと見つめるその先に―――それはあった。

楽しげな音楽。
遠くから子供たちの笑い声がする。
大きな観覧車、その向こうには人工の山。
時折響く低い音は、その山を巡るジェットコースターだろう。

「ブルー…?」
「…うん、分かってる。帰ろう…」

その声に含まれるものに、ハーレイはきゅっと心臓を掴まれた気がした。
振り返った笑顔にも同じものが見て取れて…。

ハーレイは、もう一度空を見上げる。

非常に切羽詰った事態だと判断出来るのに、でも二人共に
離れなければならなかったから。
大事な船は、絶対に発見される事のないよう方策を立ててきた。
幾重にも、幾重にも。

大丈夫……今日一日くらい、大丈夫。

「寄って行きましょうか、ここ―――」

遊園地に。
ブルーの紫の瞳が、少し見開かれる。

「夜までに皆の元に帰れれば……大丈夫でしょう」

さあ。
ハーレイはブルーの手を引いた。




メリーゴーランドには隣同士の馬に乗った。
サイズの合わない馬に跨るハーレイの姿に、ブルーは涙を流して笑う。

コーヒーカップでは、怖がるハーレイを面白がってブルーがぐるぐるハンドルを
回すものだから。
じゃれるようにハンドルを獲りあった。

芝生に座ってクレープを食べて。
少し横になった。
二人で青空を見上げた。

その後、ブルーはジェットコースターに乗ろうと誘った。
搭乗口まで引っ張って行ったけれど、ハーレイはその手を振り切って
「私は下で見てますよ」と笑う。
物凄いスピードで走るコースターから、ブルーは手を振った。

それから、片っ端から乗り、園内を回った。
楽しそうに笑うブルーと、それを嬉しそうに見るハーレイ。
二人の影はずっと、寄り添った形をしていたのだった。





少し日が傾いてきた頃、その声が二人の耳を打った。
誰かを呼ぶ、泣き声。
振り返った二人の目に、4歳くらいの男の子が泣きじゃくる姿が映る。

「どうしたの?」

膝を付いて視線を合わせるが答えず、ただただ泣きじゃくるばかり。
男の子の意識を読んだブルーが「迷子だ」と告げる。

「どうしよう、係員を―――」
「この方が早いですよ」

ハーレイは男の子を抱え上げた。
首の後ろを跨らせ、肩車する。

「ほら、大きな声で呼びなさい」
「パパーっ!ママーっ!」

泣きながら、でも男の子は、ハーレイに言われたとおりの大声を出した。
そのうちハーレイも大声で呼び始める。

「もっと大きい声で!」
「パパーっ、ママーっ!!!」

周囲の視線を浴びながら、ハーレイと男の子は進む。
その後をついて歩きながら、ブルーはこっそり微笑んだのだった。




――おつかれさま。
――はい。
――見つかって良かったね。
――そうですが…でも、もう時間になってしまった。すみません。
――謝ることじゃないだろ、ハーレイ。
――もう少し楽しめたのに。
――僕は楽しかったよ。君のあんな姿が見られて。
――…おかしかったですか…?
――とんでもない!ハーレイがお父さんになった姿が見られて嬉しかったよ。
――……それは素直に喜んで良いんでしょうか?
――そうだよ!僕は楽しかったんだから!
――……!

ブルーはハーレイの手を強く引いた。
物陰に入ると、背伸びをして素早く唇を押し付ける。

「ありがと、ハーレイ」

そう呟いたブルーを、ハーレイは抱き締めた。
そして、ゆっくりと唇を覆う。

夕日を背に、重なる二人のシルエットの向こう。
楽しい一日を過ごした家族が、歩いていくのだった。

















---------------------- 20090111(日記からサルベージ) かつてあったかもしれない幼い記憶 残念ながら それは失われて久しいものになってしまったけれど 君とやり直すのも悪くない 大好きな君と