あの香りだ。
たくさんの花を集めたような香り。
華やかで、艶やかで―――――それでいて酷く残酷な…。









***** 人形あそび *****
腕を強く捕まれ、引きずられるように歩いてきた。 不意にその痛みが消え、どこかに放り込まれる。 目隠しされているブルーには、どこなのか分からない。 リングによってサイオンも封じられているのだから、 暗闇に放り込まれたようなものなのかもしれない。 いや、違う。 形の良い銀の眉の下、目を覆う布は光を通すらしい。 天井がまばゆい光に包まれた途端、ブルーは顔を上げた。 明るさを取り戻した部屋―――それはいつもの実験室であった―――に、 シュンと微かな音とともに、数人の人影が入ってくる。 研究者たちのいつもの白衣姿ではない。 代わりに様々な色を纏った小柄な姿は、全て女性だった。 ブルーが息を呑む。 香りで分かるのだろう、彼女たちだと。 青ざめた顔で立ち上がり、壁際を伝って歩き出した。 逃げようとするのは、これまでの仕打ちを思い出さずにはいられないからか。 6人か。 部屋の上部に設けられた監視の窓から覗く、男性の職員が舌打ちした。 中にマイクで「壊すなよ」と声をかける。 今夜は『レディ・デイ』だった。 数ヶ月に1度の頻度で行われる饗宴。 自分たちも愉しんでいるから、目を瞑らないわけにはいかない。 男は、混ざりたいとは思わなかった。 女は抱きたいが、あの数だ。 下手すりゃ喰い殺されちまう。 正直言えば、覗いて見るくらい…とは思わないでもないが、 年かさの研究者が「この先も女を抱きたいと思うなら、やめとけ」と そう口を揃えて言うものだから。 男は部屋を後にした。 ふふふ、行ったわよ。 女たちの1人が上部のガラス窓を見上げて笑った。 始めましょうか。 そうね。 たった一晩しかないんですもの。 もっと遊びたいんだけど、仕方ないわ。 ちょっと物足りないくらいが丁度いいのよ、何だってそうじゃない。 そうね。 そうね。 じゃあ、お人形さんを連れてきて。 あのきれいなきれいなお人形さんを。 壁際でうずくまるのブルーの視界が暗くなる。 誰か来た?と後ずさろうとする背中に、柔らかいものが当たった。 ぎょっとして前に出れば、またしても柔らかい物体が押しつけられる。 「やだ…っ!」と小さく叫び、見えない女性たちを追い払おうと細い腕を振った。 だが、その抵抗はすぐに出来なくなる。 1人が耳元で囁く。 もう忘れちゃった? そんなことしたら、どうなるんだっけ? びくっと震えたブルーは、振り回していた手を下ろした。 そうして、さっきよりも小さな声で「やだ」と呟いた。 「かわいい声」 「やだ、だって」 クスクス笑いと共にやんわりと腕を引かれ、部屋の中心に連れてこられてしまう。 トンと背中を押され倒れ込んだ先には、ふんわりとした布の感触があった。 立ち上がりたくても太股を体重をかけて押さえつけられている上に、前にも後ろにも 先ほどの柔らかい感触。 周囲をぐるりと女の身体に囲まれて、ブルーは身動きがとれない。 ほうら、こっちを向いて。 細い指に顎を摘まれて、横を向いた。 何の匂いなのかブルーには全く分からないが、むせかえるほどの甘い艶やかな香りに 包まれて、新鮮な空気を求めて開いた唇に紅が重なる。 それはすぐに離れ、同じ色の舌がチロチロとブルーの唇を這い回った。 その感触が全身に広がる。 もし、先ほどの窓から見てる者がいれば、息を呑むような光景であったろう。 白い部屋の中の中心に置かれた白いマットレス。 更にその中心には、白い服を着た白く美しい少年がいて。 その回りをぐるりと鮮やかな色の女たちが取り囲み、その細くて白い腕を伸ばし、 或いは顔を傾け、指で唇で少年を弄んでいるのだから。 まるで大きな花が一輪、風に揺れているようだ。 手と言わず、足と言わず、服に覆われていないありとあらゆる場所を舐められ、 吸われする。 服の上からは大きくない手のひらが全身を撫で回した。 女性の身体特有の柔らかい感触、それ自体は男であれば決して嫌なものではない。 だがそれは、自ら望まず、押しつけられるように与えられたものではないという場合だ。 こんな風にアクセサリーか何かを手のひらで弄ぶような行為が、されるものを楽しませる筈もない。 それに女性たちはブルーの快感を引き出そうとしているわけではなかった。 自分たちの皮膚が身体が気持ちいいと感じる行為をしているだけ。 このまま時間が過ぎてしまえば―――――ブルーはされるがまま、じっと耐えた。 しかし、次の言葉に絶望する。 みなさん、満足したかしら? そろそろこのお人形さんの涙を見たくはない? 天井から伸びた鎖に両手をそれぞれ繋がれ、足も床に固定された。 服は身につけたままだが、剥ぎ取られるのは時間の問題だろう。 目隠しを除いて。 頬を挟まれて、強引に口を開かれた。 喉の奥まで入り込んだ細い指が、何かを押し込む。 吐き出そうとするが、女の指が抜かれない為に叶わず、ブルーはそれを嚥下してしまった。 「いい子」という言葉とともに頬を撫でられ、口づけられる。 ブルーの周りでクスクスという笑い声が巡っていた。 女たちが入れ替わり立ち替わり、上着の裾をひらり、ひらりと捲り、 爪の先で柔らかい皮膚を摘まんだり、突いたりしていく。 自由になる腰を捻って逃れようとするが、ぐるりと取り囲まれていては逃げ場は無かった。 少しでも触れられないようにと身体を捩るしかないブルーが時折零す声。 それがゆっくりと色を帯びて行く。 んっ、く…っ。 食いしばった歯の間から漏れる声には、艶が乗ってきていた。 ぞわそわと肌がわなないている。 そこを刺激されるのだから、堪らない。 ブルーは先ほど飲まされたものを思い出した。 男の研究者たちからも何度も使われた薬だ。 即効性は無いが、いったん火が点くと止まらなくなる薬だった。 額に銀糸が張り付く。 腕から逃れようとする度に、汗が飛んだ。 そう、もうブルーは、既に燃え上がってしまっていた。 「もう脱がしてしまいましょうよ」 「この服薄いから、こうやって汗で濡れて透けて見えるのもいいんじゃない?」 「あなたに付き合ってたら、みんなで楽しむ前に朝になっちゃうわ」 「んまっ、酷い」 そんな会話をどこか遠くで聴いていたブルーの下衣が、引き摺り下ろされた。 きゃあという歓声が上がり、立ち上がったペニスを囃し立てられる。 「可愛い」 「光ってて、美味しそう」 「ちゃんと男の子だものね。立派だわ」 「震えてるんじゃない?」 「やっぱり服が邪魔よぉ」 「上も脱がしちゃえ!」 太股の真ん中辺りで止まってしまったズボンには鋏が入れられた。 上衣も同様で、全裸になるのには時間がかからなかった。 女たちはブルーの身体をぐるりと回って、舐めるような視線を向ける。 その輪は次第に小さくなり、ゆっくりと白い肌を弄り始めた。 いつの間にか手に手にローションを持ち、傾けていく。 ブルーの細い身体には十分すぎる量で、余った分は己の身体に塗っていた。 女たちはローションを纏った肌を、自分のそれより更に白くて滑らかな肌に密着させる。 粘着質な水音が全身から聞こえた。 それにあからさまな喘ぎ声が重なる。 「あっ、あっ―――ああっ!」 笑いながらブルーのペニスを、何本もの手が弄ぶ。 握って扱いたり、てっぺんを撫ぜてみたり。 媚薬によって燃え上がりだしている身体には堪らない。 ペニスをいじる小さな手に、白いものが混じる液体が伝い始めるのに時間は掛からなかった。 それからどれだけ意識を手放しただろう。 泣いて懇願しても、女たちは甲高い声で囃し立てるだけで、その手が止まることは無く、 幾度も精を飛ばさせられて。 出し尽くし、触れられることに痛みすら感じるまで嬲られた後―――――。 天井から繋いでいた鎖を解かれたブルーは、糸の切れたマリオネットのように 床に崩れ落ちた。 こっちよ。 こっち。 今度はこちらで遊びましょう。 声が頭の中で響いている。 柔らかいものに全身を包まれ、ふわふわと浮いているようだ。 「やっぱり男なのね」 「ごつごつしてる」 「それに硬い所があるわ」 「や〜ん重い〜」 「ちゃんと運びなさいよ」 「滑るんだもの」 「きゃっ!」 どさりと落とされたのは、初めに連れてこられたマットレスの上。 同じように、幾本もの手で押さえつけられて。 抵抗する気力も体力もないのにと、ブルーは可笑しくなった。 目隠しの下、口の端を上げたのを見咎められる。 なあに、余裕じゃない。 可愛くなぁい。 弄られ過ぎて赤く腫れた胸の尖りを抓られた。 びくっと震えると、脇腹を強く摘ままれる。 次は首筋、そして太股の内側とあちこちを抓られ、堪らずブルーは腕を振った。 ぱちんと誰かの手にぶつかる。 さっと空気が変わった。 おしおきしなくちゃ。 その台詞とともに、全身を痛みが走った。 女たちがブルーを平手で叩き出したのだ。 白い肌にほんのり赤い紅葉のような模様が増えていく。 「やめて、ご、ごめんなさい!やっ、やめて!おねがい!」 ブルーの目を覆う布がまた濡れ、すぐに雫を零した。 振り下ろされる手から逃れようとするが、先ほどと違い押さえつけている力は緩まない。 顔以外の全身が赤く色づくと、今度は抓られた。 鬱血し、場所によっては血が滲む。 ブルーから泣き声だけしか発せられなくなると、ようやく“おしおき”は終わった。 横になって身体を丸め、しゃくり上げるブルーを女たちは満足げに見下ろす。 すると1人が気づいた。 「ねえ、この子…」 「あらあら、そそうしてる」 「え?!やだ汚い!」 「違うわよ、また射精してるの」 「そういえば、痛みにも反応するって言ってたわ」 「あいつらにすっかり仕込まれちゃってるのね」 「まだ勃起してるみたいよ!」 「手間が省けたじゃない」 「は?手間〜?あなたは楽しみが減ってがっかりでしょ」 「言うわね」 そう答えた女が嬉々として細い足首を掴んで、広げた。 皆が囃し立てたように、ブルーの陰茎は震えてはいたがしっかり勃っており、 先端からは白いものが混じった体液を零している。 時計を見上げた女が、ぐるりと周りを見回した。 目配せすると、1人が棚の奥から銀色の箱を持ってくる。 じゃブルー、そろそろ食べさせてもらうわ。 その前に、いつもの成長剤をあげる。 平たい銀の箱が開けると、数本のガラスの筒と光る針があった。 ブルーは弱々しく顔を振るが、許される筈もない。 女は慣れた手つきで注射針を取り付け、小瓶の液体を満たす。 「しっかり押さえてて」と声を掛けると、震える白いペニスを摘まんで針を突き立てた。 悲鳴を上げもがくブルーに素早く液体を押し込む。 すると、身体に合っていたサイズのものがぐんと大きくなった。 それに透明なコンドームを被せ、一気に圧し掛かった。 ああ、気持ちいい。 スプリングを利用して、激しく腰を上下させる。 抱かれるのではない。 女がブルーを咥え込んで犯すのだ。 1分も経たないうちに、初めの女が立ち上がった。 勿論イッてなどいない。 1口め、ごちそうさま。 次はわたし。 そう手を上げた女もブルーを押し込むと、数度腰を前後させただけで離れてしまう。 次も、その次も。 イクことが目的ではない。 自分好みの快感を貪るためだけにブルーの身体を利用するのだ。 女たちは繰り返し何度も細い身体に跨るのだった。 頬をぴたぴた叩かれて、目を覚ます。 身体に纏わりついていた熱も滑りも無くなっていたが、目隠しはされたままだ。。 ブルーは起き上がることも、声を出すことすら出来ないほど精も根も尽き果てていた。 ペニスが掴まれコンドームが外されると、ぴしゃりと顔に液体が掛かった。 匂いで精液だと分かる。 女たちに貪られている間に射精したものだろう。 拭うことも出来ずに横たわっていると、ぺたぺたと足音が遠ざかっていく。 姦しい話し声も小さくなっていく。 もう目隠しを外しても咎められる事は無いのだが、そんな気力もブルーには 残されていなかった。 眠い、眠ってしまいたい。 このあと“掃除”に来る“飼育係”にまた犯されるのに。 分かっていても、どうする事も出来ない。 眠い、眠い…眠い。 目隠しの下で、ブルーは目を閉じた。 もう涙は出なかった。 ふふふ、また遊びましょうね。 今度はあの大きな子も誘おうかしら。 ああ、新しく来た子ね。 ミュウには珍しく“大人”だものね。 素敵!
---------------------------------------------------- 20140114 本当に人形になれてしまえたらいいのに 痛みも 感情も 涙も いらない