何回も目にした。

ハーレイが女性たちに扉を開けてやるという行為。

彼女たちは、特に手や足が欠損している訳でも無く、扉を開ける力が無いほど
非力でもないのというのに。
どうしてそんなことをするのか、ブルーは不思議だった。









ある日、昼食時間が偶然重なったとき、ブルーに訊ねられた。
何故そんなことを聞くのかと思い目を丸くしたが、暫く考えた後、ぽつりと答える。

「……分かりません」

改めてそう訊かれると、自分の中に明確な理由が見当たらない。
テーブルに視線を落とすと、言葉を足した。

「私の住んでいたところがそういうことをしなければならない習慣でもあったのか、
 あるいは両親の躾のお陰かもしれない。あるいは、何かに感銘を受けて自分もそうしよう
 と思ったのかもしれません。
 でも、分からないんです」

私にはあの実験室以前の記憶が全く無い。
他の皆は、割と憶えているようなのですが。

そう、ありのままを答えた。
もうあまり残っていない珈琲を口に運びかけて、その手が止まる。

正面の軽く見開かれた紫の瞳が哀しみと後悔を湛え始めたのを認め、慌てて付け足した。

「身体が憶えていて、自然にそう動いてしまうんですよ。
 女性たちから批判が上がったのなら止めますが…」
「いや、その必要は無いよ」

ブルーはトレーを手に立ち上がった。

「いい習慣だと、僕は思う」

ふわりとした笑顔で言った。
歩きながら、ぽんとハーレイの頭に手を置く。
その瞬間、蘇った記憶。

もっと大きな手であったけれど、同じように優しく撫でるようにされて―――――



ちっちゃな紳士だな、ハーレイ
えらいぞ



低くて穏やかな大人の男性の声だった。
頭が髪が覚えていた、恐らくは―――――父の記憶。



身体が温かくなり、涙腺が緩みかける。
けれど、今は執務時間中で。
ハーレイは、ぐっと奥歯を噛み締めて堪えた。

記憶を呼び覚ますきっかけを与えてくれた人を振り返る。
入り口に近い場所で他のミュウと話をする、小さい背中に。

ありがとうございます、と呟いた。








----------------------------------- わたしの感じる全ては あなたが与えてくれるもの 20070715