a piece of mischief



「酒とか、煙草とか女とか、適当にして、長生きして下さい・・・」

あの千秋からそんな言葉。
思わず笑ってしまった。

冗談じゃない。
そんな人生なんて、意味が無いじゃないか。
そんなもの、生きていても死んでいるのと同じ。

思った通りを口にすれば、千秋も苦笑した。
そんな返事は、予想していたのだろう。



だが。
苦笑しながら私を見た、その目は・・・・・
濡れていた。

溢れんばかりの涙ではなかったけれど、
うっすら表面を覆った
僅かばかりのものだったけれど。

確かに、涙で濡れていた。
美しいと、思った。





千秋というやつは、生意気で鼻持ちならない男だ。
しかも、天賦の才能があり、見てくれもいいとくる。
全く持って、気に入らない。

時には私のハーレムを土足で踏みにじったりしてくれた、
いわば天敵、だ。




なのに。
あのラフマニノフを指揮して、ボロボロに疲れているはずなのに。




赤みを帯びた奴の瞳を見た私は、彼の傍にいた。

腕で両目を覆った男の首筋に吸い寄せられる。

細身でも華奢でもない、男。
くそ生意気で気に入らない男。





この、私が?
女をこよなく愛するこの私が?




男に・・・欲情している・・・?






経験のない感覚に軽く動揺したが・・・・・

弟子に欲望を感じるなんて、ダヴィンチの頃からの
芸術家の専売特許のようなもの。

それに。
この気に入らない奴にちょっとした意趣返しが出来る。
・・・・・悪くない。





私は自分の欲望に素直に従った。






実行した途端、千秋は文字通りソファーから飛び上がった。

「な、な、な、な・・・な、何すんだ?!このじじい!」
「キスは挨拶、挨拶♪」
「こんな状態の挨拶があるか!大体、何で首なんだ!」


千秋の紅潮した頬に満足して、ドアに向かう。
エリーゼがイライラして待っているはずだ。


案外旅立つには、いい時期なのかもしれない。
本当に”ベッドまで” 行ったら洒落にならない。

旨い酒と煙草、何より美しい女たちに助けを借りて、
欧州でこの”熱”を冷ましてこよう。





シュトレーゼマンは、千秋にウインクを投げると部屋を後にした。