ライブラリーにページを繰る音が響く。
唯一の閲覧者、ソルジャーブルーの指先が立てる音だ。

それはまるで穏やかな波のようで。
広い部屋を規則的に渡っていく。

それが、はたりと止まった。
ブルーは顔を上げて、尖り気味の顎に指を当てた。
手袋を外したきれいな親指の先と、折り曲げた人差し指の第二関節で支え、
物思いにふけっている。

穏やかな優しい音が消えてしばらくして―――。
きゅっと結ばれていた口元が綻んだ。
微かに微笑んで、本に目を落とすと、顎を支えていた人差し指である文字をなぞっている。
何度も、何度も。

ブルーの微笑みは、深くなった。










―― 迎え火 ――










その日の夜。
勤務終了後のいつもの報告にハーレイが青の間を訪れると、ブルーは既にベッドに
入っていた。
ベッドサイドに立てば、日没直後とも黎明ともつかぬ深い色合いの瞳が姿を現す。

「お休みの処、申し訳ありません」
「ううん…。遅くまでお疲れさま、ハーレイ」
「いえ―――」

ハーレイは今日一日にあったことを話し始めた。
既に報告済みのシャングリラ後部の亀裂、サイオンキャノンの照準のずれに対する
処置から、本日の昼食で不足メニューが出たこと。
菜園のトマトの出来が良いことや、また、ユウイとカリナが取っ組み合いの喧嘩を
したことまで。
非常に細かいことまで、逐一口にする。
ブルーはハーレイの話す内容によって表情を変え、頷いた。

「それでユウイとカリナは仲直りしたの?」
「…ええ、まあ…」

ハーレイはくすっと笑って、リオが仲裁に入った事を話し出した。
間に入ったものの、2人から激しく責められて結局泣き出してしまい、それを
ユウイとカリナが一緒になって慰めたのだという。

起きあがり声を立てて笑うブルーを、それは幸福そうに見ていたハーレイだったが、
すっと体を動かした。
ベッドサイドに置かれていた、淡いブルーの光を纏ったクリスタルの水差しを取り、
同じ素材の華奢なグラスに注ぐ。
そうしてブルーに差し出した。

「少し喉が渇いていますね」
「そうかな…」

そう言いながらも、素直にグラスを口に運ぶ。
小さな喉仏がこくん、こくんと上下した。

飲み干してしまったグラスを受け取り、濯ぐべく別室へと足を向けたハーレイに
ブルーが声を掛けた。

「昔の地球の、ニッポンという国では夏に亡くなった人が帰ってくると
 云われていたんだって」
「帰ってくる?亡くなった人がですか?」

少し離れた場所でハーレイが応える。
サーッという水音が聞こえた。



身体は無くしても精神は残っていて、あちらの世界から1年に1度帰ってくると
云うんだ。
戻ってくる人たちが迷わないように、夕方家の前で小さな火を焚くんだそうだよ。
その火を"迎え火"って言うんだって。

僕も―――きっと帰ってくるだろうね。
ハーレイは僕の為に火を焚いてくれるよね?

戻ったらこのシャングリラの中を隅々まで回って、皆の様子を見て歩こう。
あちらの世界の住人になった僕は、どこでも行けるんだからね。

だから、良くふれておいて。
この期間は不埒な行為は禁止だって。
特にブラウには、よ〜く言い含めておいてくれよ。

ああ、ハーレイ、君もだよ!
もし誰かとソンナコトをしていたら、酷い悪戯をするからね!



ブルーはくすくすと笑った。

「ライブラリーでそんなことを考えてらしたんですか?」

ハーレイは嘆息した。
きれいになったグラスを手に、呆れたように言葉を続ける。

「大体、あなたが先にあちらに行くなんて決まってなんていないでしょう?」
「…おや?ハーレイは僕より先に死んでしまうつもりなの?
 僕を置いていくつもり?」
「いや―――」
「そんなことが出来ると思ってるの?この僕を置いていくなんてこと出来ると?」

思わず半歩後退るハーレイを追うかのように、ブルーはずいと身体を乗り出した。

「許さないよ、絶対。あっちの世界まで追いかけて、襟首掴んで
 引き摺り戻してやる…!」

口にした言葉の内容はきついけれど、口調も顔も笑っている。
巫山戯ているのだ。
それを見て、ハーレイはくるりと背を向けた。
グラスを拭く。

「そんな心配は必要ありませんよ」



私が貴方を独りにするなんて有り得ないし。
ブルー、あなたがあちらに行ったなら、隣には私が居るでしょうから。



ハーレイはグラスの内側の雫も全て拭き取り、繊維が残っていない事を確認して
水差しに被せる。

その袖をぐいと引かれた。
振り返ると、ブルーが顔を覗き込んでいる。
目をまん丸に見開いた、驚いた表情で。

「ブルー…どうかされましたか?」
「どんな顔してあんな台詞を言うのかと思えば、おまえは……」
「あんな台詞?」

ハーレイが繰り返すと、ブルーがはっと我に返る。
途端その頬が、見る見る紅潮し出した。

「…ブルー?」

ばっと勢い良く上掛けを捲り、すっぽりと頭から被ってしまう。
慌てたハーレイが引き剥がそうとするけれど、渾身の力で掴んでいるのだろう、
果たせない。
ブルーはハーレイに背中を向けて丸くなってしまった。

「ハーレイ!そんな普通の顔をしてあんな言葉を言ったのか!」

そう布団の下から怒鳴られて、ハーレイは自分の台詞を反芻した。
意味を理解する内に、顔が熱くなる。

絶対に独りにしない、とか、いつも隣にいるとか。
別におかしな事を口にしたつもりはないのだが、死んだ後も一緒に居るとなると……。
よく考えれば、いやよく考えなくてもこれは―――!

男が女に言う台詞のようにも取れる。
そう―――結婚して欲しいとき口にする台詞に。

その前のブルーの台詞も相当だろうとは思うのだが、ハーレイは顔が赤くなるのを
止められない。
手を無駄に動かしてしまう。

「いや、その…!そういうつもりでは…!!」

あわあわするハーレイの目の前に、にゅっと腕が差し出された。
「ほら!」とややうわずった声は、やはり上掛けの下から。

「僕を独りにしないんだろ!」

もう眠るんだから!
ブルーは催促するように手を振った。

「早く!」
「…分かりました」

まだ顔が赤いものの、ハーレイは跪きその手を取る。
両手でそっと包んでしまうと、覗いた白い指先にキスをした。





その行為と、口づけたところが左手の薬指であったことから、再びブルーの声が
青の間に響くことになるのだが―――それはまた別のお話。




























---------------------------------------------------- 20080814 あなたが望むなら火を灯しましょう ですが、決して独りでは帰したりはしない この腕の中に閉じ込めます それが叶わぬのなら―――私も一緒に参ります