断崖の縁に立つムウの髪を、吹き上げる海風がなぶる。
明るい陽の光の髪は短くなったものの、マリューに初めて会った時よりはいまだ幾分長い。

そろそろクリスマスの準備を始めようかという、この感謝祭の時期になると、
如何に南国オーブにあってもシャツ一枚では過ごせない。
ムウも薄手のコートを羽織っていた。
淡いベージュの裾は、髪と同じように潮風に踊る。

この場所に来るのは、久しぶりだ。
かつて幾度も大きな争いが起こり、数多の命を飲み込んだ場所。
歴史の教科書でしか知らない昔のものから、ムウがストライクやスカイグラスパーと呼ばれた機体で
大空を駆けたものまで・・・
そんな所以からか、この記念公園ではこの世のものでないものと出会うことがあるという噂すらある。

炎が立つようになびく金髪に縁取られた端正な顔は、鮮やかな青い海を見つめたまま無言だった。
しばらく眺めていたが、右手に下げていた小さな花束を放った。

三色の花束3つ――――緑、青、白が風に流されながら、白く波立つ海に音も無く落ちる。

「こんなもんで、悪いな」
誰に云うでもなく、一人呟いた。









ThanksGivingDay











感謝祭を明日に控え、フラガ家ではマリューが準備に励んでいた。
キラやアスランなどの帰省しないモルゲンレーテの同僚に声をかけた為、
明日は結構な人数が集まることになる。
手伝いを申し出たがあっさり戦力外通告されたムウは、TVを点けっ放しにしてソファーに寝転がった。


その様子にマリューはちょっとかわいそうなことをしたかなとも思う。
けれど、仕事と家事を両立させ、社内では理想の女性と云われるマリューの本心を言えば、
家事は全部自分でやりたい―――――
モルゲンレーテの仕事は確かにやりがいがあるけれど、もっと、もっとやりたいのは
ムウの身の回りのことだ。
その思いはあの身を引き裂かれるよりも辛い出来事を乗り越えた今、更に強まっている。


10時を過ぎて、マリューがキッチンから声をかけた。

「ムウ〜、珈琲でいいかしら?」
「オレ、ちょっと出掛けて来るわ。昼までには戻るよ」

返事はすぐ後ろで聞こえた。
ムウはシャツの手首のボタンを掛けながら、キッチンに顔を出した。

「仕事?」
「いや・・・・・マリュー、忙しいだろ?帰りにテイクアウトの中華でも買ってくるよ」

マリューの問いかけにあやふやな返事を返すと薄いコートを羽織った。
玄関脇のボックスから車のキーを取り出す。

「・・・気をつけて」

ムウは軽く微笑んで見せると、ドアの向こうに消えた。





残されたマリューは感謝祭の支度を中断し、タオルで手を拭きながら顔を曇らせた。
先程までムウがいた居間に向かう。
消し忘れたのか、TVではニュースが流れていた。


何があったのだろう
また、あんな顔をして


記憶を取り戻して、しばらくするとムウは時折あんな表情をするようになった。
陰を含んだ表情・・・・・
場所ははっきり判らないのだけれど身体のどこかが痛いというような・・・・・
言葉にするのはむつかしい表情。

ネオとして生きた2年間のことを思い出すのだろう。
それも多分、あの3人の子供達の事――――ムウは何も言わないが、マリューは確信していた。

あの顔はマリューをも哀しくさせる。
それをムウも敏感に感じ取り、マリューの前ではしないように気をつけているようだ。

だが、時折その陰が滲み出てしまう。
無自覚なのだろう。

そんな時はマリューも気が付かない振りをする。
さっき、そうしたように。

不意に、あるニュース映像が目に止まった。
感謝祭の他愛も無い映像。

マリューは急いで2階の寝室に上がり、自分の携帯端末を取り出した。





断崖に立つムウは動かない。
潮風が直接当たる身体はかなり冷えているだろうに、動く気配は無かった。

ムウの意識は、時間を遡っていた。
過去にネオと呼ばれていた頃、同じように感謝祭を明日に控えた日。
ガーディールーの通路で、預かっている3人の中で一番小さなステラに肘を掴まれた。

あしたはかんしゃさいなんだって
ステラ、ケーキがたべたい

整備の者にでも言われたのだろう。
ケーキ?と問えば、こっくりと頷く。
通路の奥を見やれば、目立つ黄緑と青の頭がさっと引っ込んだ。

二人に言われてきたらしいステラは、だめ?と小首を傾げる。
ため息をついたネオは、ステラの金髪をくしゃりと撫でると食堂へ歩き出した。


翌日、結局用意出来たのはチーズケーキが1ホールだけだった。
それでもネオの思いを理解する数少ない戦艦乗務員である調理長の精一杯の心遣いなのだ。
3人の部屋で、囲んで食べた。
アウルは生クリームがのったケーキが良かった等と文句を言っていたが・・・





感謝祭の宗教的な意義はもはや失われて久しいが、それでも家族親族が集まる
大切な年中行事としてこのオーブでも定着している。
昨年はマリュー手作りのスタッフィングと小ぶりな七面鳥の丸焼きが食卓に並んだ。
七面鳥に掛けたクランベリーソースとグレービーソースは共に美味で、甲乙付けがたかった。
副菜のサツマイモ料理――名前が分からないけれど――もデザートのアップルパイも、
とても美味しかった。


あの時4人でチーズケーキを囲んだ、それが如何におかしな光景か分かる。
今ならば―――――

その光景の中で、3人は思い思いの表情をしていた。
不満そうなアウルにケーキをフォークで突くだけのスティング、そして嬉しそうに頬張るステラ・・・・・





「しょうがねーじゃねーか、俺だって、知らなかったんだから」





マリューと暮らすようになり、季節季節の行事にそれぞれ何をするのか知った。
鷹として戦場で過ごした時期は勿論、士官学校時代でも、親と過ごした短い時間でも
そんなものは経験しなかった。
おおよそ家族の行事というものには縁が無かったのだ。

今更それを不幸だと嘆きはしないが・・・彼らにしてやれなかった後悔が渦巻く。



「ケーキの恨み言でも何でも聴いてやるから、たまには出て来いよ、な・・・・・」



呟いたムウは踵を返した。




















テイクアウトの中華を買い家に戻ると、入る前から食欲をそそる香りが漂っていた。
クランベリーソースの香りに七面鳥の焼ける匂い―――――

え?焼ける匂い??
ムウは慌ててドアを開けた。
キッチンに飛び込む。

おかえりなさいと笑うマリューは、ムウの持っている紙袋に手を伸ばした。

「あら、そっちも良い匂いね。エビチリかしら?」
「マリュー?感謝祭は明日だぞ??」
「ええ、知ってるわよ」
「もう、焼いちゃうのか?」
「そうよ、明日は朝ピクニックに行こうと思って」
「???ピクニック?」

訳が解らないといった顔のムウに、にっこり微笑む。

「朝からいい天気で、しかも暖かいそうよ」
「ああ・・・それで、ピクニック?」
「皆が来れば賑やかになるし、その前に二人だけで感謝祭の食事がしたいなぁと思って」

いいでしょう?
食卓の上のタオルを持ち上げれば、2人分のコップにフォーク、ナイフなど
すっかり支度が整えられたバスケットが現れた。

「マリューが大変でなきゃいいよ。行こう」
「嬉しい!実はもう場所も決めてあるの」

ムウは買ってきた中華を並べ始めた。
隣に並んだマリューは中国茶を淹れる。

「へえ〜、何処?」
「ほら、海沿いの記念公園」

ムウの手が止まる。

「ここから近いし、あまり人は来ないし―――――ムウ?」

後ろから抱き締められた。
うなじに顔を埋めたムウの息を感じる。

「・・・ごめん・・心配かけてるな、俺は」

顎の下にあるムウの腕をぽんぽんと叩く。
寝かしつける赤ん坊の背にするように、そっと。

「そんなこと・・・・・」

でもね、といいながらくるりと向きを変える。
今度はマリューがムウの広い胸を抱き締めた。
ぎゅうっと力を込めて。

「あなたが苦しいときは、傍に居させて。手を握る位しか出来ないけれど」
「・・・サンキュ、マリュー」

二人の唇が重なり合う。
口づけは次第に深くなり、ムウの手がマリューの腰を抱き寄せた。

このまま寝室に雪崩れ込まれては、支度が――――!
慌てたマリューは両手でムウの胸板を押した。

「ちょ・・・ん、んむ・・・・・ムウ・・・!」
「・・・・・」
「ん・・んふっ・・・ん・・聴いて!」
「・・・なあに〜?」

不承不承離れたムウの顔には、ほんの少しの不満とこの先へ膨らむ期待と
腕の中の伴侶への溢れんばかりの愛情があった。
そんな剥き出しの感情にマリューの頬が染まる。

ちょっと無理したけど、言ってよかった

心の底からそう思うが、これから"ちょっと無理した"明日の夜のことを考えると、
気が重くなる。
それをムウに言わなくてはならないことも。

「明日の食事会なんだけど、ピクニックに行くために夕方に変更したの。
 そうしたら、ね・・・・・」
「うん?」
「・・・夜なら予定が空くから、カガリさんとラクスさんも来るって・・・・・」

ムウは固まったまま、目を軽く見開いた。
ジェスチャーで床を指差す。

ここに?
国家元首が2人来るの?

マリューは苦笑いして頷いた。
ムウは盛大なため息を1つ吐くと、しゃーないな〜と笑った。

「んじゃ、支度しようぜ。そんな大人数になるんなら俺も手伝う事あるだろ?」
「はい、よろしくお願いします」
「戦闘開始といきますか!」

ムウの明るい声が、フラガ家に響いた。