――記憶――





ハーレイが紅茶をいれる。
それは薄いカップに注がれて、心地良い薫りと柔らかい湯気を伴い、ブルーに差し出された。
目と鼻と舌で楽しみ、午後のティータイムを満喫するブルーの前に、ハーレイは二枚の紙片を置いた。
手に取り、まじまじと見つめながら「これは…?」と問う。

「あなたの…ご両親です」

ブルーはさして驚く事も無く、その紙片を見つめていた。

しばらくして。
傍らに立ち尽くすハーレイに言葉を かける。

「君は、見たの?」
「はい」
「どうだった?」
「素直に嬉しかったですよ。この人たちに育てられたと…分かって」

………うん。僕もそう。
ブルーは印刷された写真に指先で触れた。
そうっと、優しく撫でている。

アルテメシアを陥落させた後、テラズNo.5から入手した莫大なミュウに関する情報の中に、
それらは有った。
成人検査とそれに続いた過酷な実験により、15歳以前の記憶を完全に失った長老たちと呼ばれる
最古参のミュウたち。その彼らの育ての親たちのデータが含まれていたのだ。

顔写真と略歴。
たったそれだけのものだったけれど―――――彼らは知ることが出来たのだ。
自分の家族のことを。

「どんなご両親だったんだい?」
「育て始めた時はもう大分高齢で、私が最後の子供だったようです。夫婦とも教育者で。
穏やかそうな容貌でした」

現在とは違い、当時は髪の色や瞳など実の子のような、面差しの似た子供を養育都市の夫婦は
育てていたのだ。
だから、ハーレイの育ての親は共に同じような金の髪に褐色の肌を持っていた。
手渡されたものを見て、ブルーは微笑む。

「ああ…君のご両親らしいね」
「あなたのご両親も、そうですよ」

若い夫婦。
夫の方はブルーのような銀髪で、やや神経質そうな感じを受けるが、意志の強そうな色素の
薄い蒼の目を持っていた。
妻は淡い金髪にブルーの瞳。微笑む姿は、限りなく優しい。

とても―――あなたらしい。
思った通りを伝えれば、ブルーはそうかな、と小首を傾げた。

「僕が最初の子供だったんだね。暫くして、次の子供――今度は女の子だ――を育てている。
 その後にも二人」

ブルーは、多くはない彼らの歴史を指でなぞる。
最後の行には簡単な日付。
行年だ。
ハーレイを含めた他のものもそうだが、育ての親が亡くなって既に200年以上の年月が
過ぎ去っていた。

「彼らは……穏やかな人生を送れたのだろうか…」
「沢山子供を育てているのですから、きっと―――」
「…そうだね。彼らは思い出をいっぱい、いっぱい持っていたのだろうから…」

小さい子供との記憶は幸福感に満ちているものね。
幼い頃にシャングリラにやってきたリオやキム、ハロルド、ルリらとの事を
思い出しているのだろう。
ブルーは本当に幸せそうに笑った。

でも、とブルーは言葉を続ける。

小さい子供を育てるのは本当に大変だ。
きちんと面倒をみた訳じゃない僕が言うのもおかしいけれど。
養育セクションはいつも、それは大騒ぎだったよね。
一年中24時間体制だし。

ええ。
その様子を思い出し、ハーレイは頷いた。
ブルーは座ったまま、視線を上げた。
瞳は穏やかだけれど、笑みは消え真顔でハーレイを見上げる。

「僕たちは、感謝しなければ―――――彼らに…」
「……………」
「ミュウで無い子と違って、病弱だったり、障害があったりした僕たちを、きちんと育ててくれた
 この人たちに」
「………はい」

今はもういない彼らだけど、墓参りに行ける訳ではないのだけれど。
感謝の気持ちを忘れないようにしていれば、大丈夫。

「こんな素敵な人たちも人類なんだ。敵ばかりな訳じゃない。大丈夫、僕たちは解り合える。
 絶対に―――」
「はい」

改めて頷くハーレイに、これは貰って良いんだよね?と紙を見せる。

「ええ。皆持っていますよ」
「じゃあ、僕も……大事にする」

そうですね。
ハーレイは再び微笑んだブルーに、同じような笑みを帰した。

「これ、枕の下に置いても大丈夫かな?」
「え…それはちょっと…」
「僕の枕の下なんだから、良いじゃないか」
「ですが―――」

一緒のベッドで眠るハーレイは、困ったように笑う。
実際困るのだ。
ブルーはあまり寝相は宜しくない。
紙が皺くちゃになるのは確実だった。

それに―――――ほぼ毎晩繰り返される睦言。
いくら育ての…とはいえ、親の写真の近くで……。
ハーレイはため息をついた。

「じゃあ、別々に寝よう」
「はい?!」
「僕は寂しいけれど、ハーレイが嫌なら仕方ない」
「え…?え…?!」

慌てるハーレイに、ブルーが笑いかける。
悪戯っ子の微笑みに、もう一度ため息を零すと「せめて…裏返しでお願いします」と呟いた。

顎を上げ、唇を持ち上げたブルーに求められるままキスをする。
まだ執務時間中なのだが、愛しい人は首に手を回し解放してくれる様子はない。

大好きだよ。
耳元で囁かれ、ハーレイは身体の熱が上がったのを感じた。

「あまり嬉しがらせないで下さい。我慢が…出来なくなる…」
「ハーレイがそんなに不真面目だとは知らなかった」
「あなたが―――――」

そうさせるんです。
深く口づけし、きつく抱き締めた。

抱きかかえ、ベッドに運ぶ。
のし掛かり、腕の間に閉じこめれば、ブルーは「手短にね」と笑った。
その笑顔に―――――無理です、と告げ服を剥いでいく。

ブリッジになんと言い訳をしたものかと思いつつ、ハーレイは熱に溺れていった。




















---------------------------------------------------- 20071122 あなたたちの腕の中も こんな風に温かかったのでしょうね もう思い出せないのだけれど でも感謝しています 育ててくれたことに きっと沢山の愛を注いでくれたであろう事に 僕はいま、幸せですよ 父さん 母さん