星の揺る夜。
シャングリラ最上部にある展望室に、ハーレイはいた。

つい。
つい。

流れる星の最後の瞬きが、見上げる褐色の肌に色を添える。











― make a wish ―










今、アタラクシアでは珍しく流星群に見舞われている。
雲と共にあるシャングリラでは緊急事態に備えて、艦長のハーレイ以下臨時体制を
布いていた。
自室でながらもソルジャーにまで待機を願った程である。

ピークを過ぎ、ソルジャーにも"任解"を伝えたのが3時間まえ。
これから降ってくる小天体の大きさや軌跡を全て予測し、もう大丈夫と確認出来た為、
艦長であるハーレイもつい先ほどブリッジを後にした。

明け方までもう余り時間が無い。
ブルーの部屋を訪れるといういつもの習慣も、流石に今夜はちょっと無理な時間で。
だが、理由は分からないが高揚した気分が、ハーレイをベッドから遠ざけていた。
時間が時間であるので酒を呑んで寝てしまう訳にもいかず、どうしたものかと
思案しているうちに辿り着いたのが、この展望室だった。

昨日の夜の早い時間には、教授が子供たち相手にこの部屋でちょっとした
観測会が開いていたが……。
この時間には、無論人影は無い。

夜空を背景に、長い尾を引いて流れる星くず。
その様を、灯りを落とした展望室で暫く独りで見上げていたハーレイの背後で、
シュンと扉が開く音がした。

「……ハーレイ?」

思いもかけないブルーの声に、驚いて振り返えれば、きっちりと制服を着たままの細い姿。
藤色のマントを翻して、近づいてくる。

「ソルジャー、お休みになられなかったのですか?」
「うん、何だか眠れなくてね」

何処かお加減でも―――と口に仕掛けたハーレイに『大丈夫』と思念を送り、
「ハーレイも遅くまでお疲れ様」と口に出して言って微笑んだ。
ブルーは、ハーレイがしていたようにガラス越しに流星を見上げる。

地上よりも近い所為だろう。
星が発する炎に、白い顔が浮かび上がる。
その横顔をハーレイは眩しそうに見つめた。

静かに空を眺めるブルーが、とても幼くいたいけにも、また、神職者のような
荘厳さを纏っているようにも見えて。
抱き締めたい衝動と、膝を折れと叫ぶ内なる声に挟まれて、ハーレイは
立ち尽くしていた。

「ハーレイは、何を願ったんだい?」

そう声を掛けられ、我に返る。
ブルーの紫の瞳はまだ、流れる星を映していた。

「…願う…ですか?
「地球に伝わる言い伝えだよ。何だ、ハーレイは教授の特別授業を聴かなかったの?」

咎めるような物言いだが、ブルーの口角が上がっていた。
ハーレイも笑って「すみません」と答える。

「流れている間に3回唱えるんだそうだよ。むつかしいね」
「3回ですか。それは確かに難しいですね」
「でもこんなに沢山流れているんだから、ずっと唱えていれば上手くすれば
 1つくらいは出来そうだと思わないかい?」

歌うように言うブルーは、今だ横顔しか見えないけれど、その瞳は子供のように輝いている。
それは、大気との摩擦で燃え尽きる星の光の所為だけではないと思った。

彼の瞳に宿る光は強く、瞬くことが無いから。
ハーレイはブルーの願いを思った。

「あなたの願いは―――地球へ辿り着くこと、ですか」
「そう―――皆でね」


でも、これは"願い"でないよ

きっと…必ず実現する
実現するんだ

僕と
君と

みんなで


そうだろう、ハーレイ?
ブルーは振り向き、微笑みながらもまっすぐ深い褐色の目を見つめた。
肯定以外の返事は要らない、そんな視線。
ハーレイは、頷いた。

「では、ハーレイは?」

尋ねられて、思案げに星を見た。
一際強い光を放って、星が流れる。
青い蒼い光―――――

「私の願いはささやかなものですよ」
「聞きたい」
「私の願いは……一日でも長く生きること、です」
「…一日でも、長く……」
「ええ。一日でも、一時間でも長く」

…………うん、良い願いだ。
ブルーは破顔一笑し、ぽんとハーレイの肩を叩くと踵を返した。
ふわりとマントが広がる。

「おやすみ。良い夢を」

ハーレイは、その背中に同じ言葉を返す。







私の望みはただ一つ、あなたの笑顔だけ。
あなたを悲しませないためなら、何でも出来ます。


"地球へ"と"皆でね"


あなたの願いで、より重いのはどちらか。
共に本当の願いなのでしょうけれど。
どちらかを選べと云われたら―――――


あなたは何の迷いも無く、確実に"皆でね"を選ばれる。
私はそう確信しています。


だから、今の私の願いは"一日でも、一時間でも、一分でも長く生きること"。





あなたよりも、長く―――――





仲間の死を哀しむ、あなたの涙を少しでも減らせるのなら。
一秒でも、あなたより長く生きます。
この流れる星々に誓って。

























----------------------------------- あなたのためなら あなたの笑顔のためならば 20070723