―――Do you like me? 







ある夜更け。
突然空間を切り裂いて、ブルーが現れたのは2時間程前。
今はすっかりくつろいで、アンダー1枚といった恰好でハーレイのベッドに
寝そべっている。
両肘をついて胸から上だけを起こし、その間で本を開いていた。

「ブルー、そろそろ戻られた方が良いのではないですか?」
「…うん…」

視線を上げないままブルーは応えた。

「もう遅いですから」
「…うん」
「明日は会議もありますよ?」
「………うん」

はらり、ページをめくる。
「聞いていらっしゃいますか?」
「うん」

本の世界に没頭するような、無防備な姿を見せてくれるのは、
とても嬉しいことだけれど―――。
ハーレイは困ったように、でも何処か嬉しそうに微笑む。

「ブルー」
「…うん…」

やはり視線を上げようとしないブルーを、もう一度呼んだ。
うん、としか答えない小さい姿に問い掛ける。



わたしの事、好きですか?



うん、と返事したブルーがページを繰り掛け、止まる。
そして、みるみる顔の色が変わった。
ばっとハーレイを振り返り、真っ赤な顔のまま口を明けたり閉めたりする。

「―――!?なっ……ばっ……?!」
「好きですか?」

わたしのこと。
重ねて問うハーレイに、今まで読んでいた本を投げつけると来たときと同じように
姿が消えた。
しっかり本を受け止めたハーレイがクツクツと笑う。
その短い金糸に覆われた後頭部を見えない何かが、こつんと叩いた。

『聞かなきゃわかんないのかい?!』
『はい』
『本当に…?』
『ええ。言葉で、聞きたいですね』
『……じゃあ、服とマントとブーツを部屋まで持ってきて…』
『こちらの本もお持ちしますよ』
『それはいい。またお前の部屋に行って読むから』
『…わかりました』

サイオンでの会話を済ませると、ハーレイは身支度を始めた。
明日の朝、青の間からブリッジに上がってもおかしくないようにしっかりと制服を着る。

口元を綻ばせて、椅子にかけられたマントと服、それにブーツを手に取った。
"またお前の部屋に行って読むから"という台詞が頭の中をぐるぐると巡る。

本当にあの人には敵わない。
自分を嬉しがらせる、天才だ。

浮き立つ心が歩調に表れてしまっているけれど。
もう遅い時間だから大丈夫だと自分に言い聞かせ、ハーレイは逸る気持ちのまま、
扉の向こうに消えたのだった。





















数日後。

僕のこと、好きかい?

不意に投げつけられた言葉に、ハーレイは面食らった。
周囲の視線が自分に集中するのを、肌で感じる。

いつの間にか長老と呼ばれるようになっていたアルタミラからの古参のミュウたちを
集めた会議が終わり、皆が三々五々帰っていくその最中にその言葉は発せられたのだ。
歩き始めていたゼルは吃驚して眼を見開き、ヒルマンはその傍らで対照的に
眼を瞑っている。
エラは座ったまま瞬きすら忘れて固まり、ブラウは腕を組んで背もたれに寄りかかった。

皆の視線を一身に浴びて、ハーレイはため息をついた。
先日の意趣返しなのだろうが……。
このタイミングかと、呆れる。

顔を上げた。
ちらりとブルーを見れば、面白そうに眼を輝かせている。
ハーレイはもう一度息を吐いた。

トントンと音を立てて書類を整えると、立ち上がる。
周囲から絡みつく視線を気にせず、まっすぐにブルーを見た。





勿論、好きですよ。
愛してます。




ひゅーっとブラウが口笛を吹く。
他の者たちは一様に固まったまま、動かない。

「聞こえましたか、ブルー?」

そう言って、にっこり微笑んだ。
ほうっと周囲から吐息が漏れる。

「やるね〜ぇ」
「はっ!ソルジャーのお巫山戯けに乗る奴があるか!」
「まあ……いいんじゃないか…」
「………」
「エラ、大丈夫かい?」

空気が緩んだ。
口々に何か言いながら、皆は頭を振ったりして会議室を出て行った。



「…やってくれた」

二人だけ残ると、ブルーは机に突っ伏した。
頭を抱える。
仕返しを仕掛けたのに、綺麗に躱してくれた大きい身体を恨めしげに見上げた。
背中を向けた彼の人の表情は分からないけれど、書類を組み直す仕草に
いつもと違うところはみられない。
悔しげに睨んだブルーの表情が―――変わった。

すっと立ち上がり、するするっとハーレイの背後に近寄る。
擦り寄り、下から覗き込んだ。
ばっとハーレイは顔を逸らす。
にやっと笑って、ブルーは言った。

「もう一度、聞きたいな…」
「……何をです…」
「さっきの台詞さ」
「……………」
「ほら―――」
「…勘弁して下さい…」

やだ。
ブルーは後ろから手を回して、大きな身体を抱き締める。

聞かせてよ、ハーレイ。
腕にぐっと力を込めて、囁いた。

真っ赤になっているハーレイが応えたのかどうか―――。
知っているのは独りだけ。










---------------------------------------------------- 20080221 確認なんかしなくたって分かっているけれど でも、時には聴きたくなる あなたの声で