カタン。
微かな物音にヒルマンは目を覚ました。
ベッドから下りた誰かが足音を忍ばせている。
靴を履く音がしたかと思うと、不意にその気配が消えた。
瞬間移動が出来るのは、子供たちの中ではジョッシュしかいない。

今年もまたか―――。

ヒルマンは一つため息をつくと、上掛けの上に乗せてあったカーディガンを羽織る。
他の子供たちを起こさないように、こっそりと扉を開け通路に出た。
サンタの正体を確かめようと後を追った子を追いかける為に。










I Saw "Soldier" Kissing Santa Claus 










サンタクロースなんていないよ!

ハイジがそんな事を云うものだから、思わず怒鳴り返してしまった。
―――嘘つきって。

そしたら……。
泣かせようなんて思ってなかったのに。

ぎゅっと瞑った目からぼろぼろ涙を零す姿を見て、どうして良いか
分かんなくなっちゃって、ボクは走り出してしまった。
逃げちゃったんだ、ボクは……。

頭から毛布を被って考えた。
どうしたら、どうしたらいいんだろう―――。

そうだ…!
本当にサンタクロースがいることを教えてあげれば、会わせてあげれば
きっと笑ってくれる。
絶対笑ってくれる。
ボクは夜遅く、ベッドを抜け出した。





少し暗くなった通路を、なるべく足音を立てないように走る。
何分もしないうちに、ボクは動く影を見つけた。

いた…!
ボクは慌てて壁の影に隠れる。
声を上げてしまいそうな口を押さえて、そうっと顔を出した。

ほら、やっぱり居るじゃないか!
間違いない、サンタクロースだ!!

大きな身体に真っ赤な暖かそうな服を着て、三角の帽子も被ってる。
その帽子の下の髪は真っ白だし、お顔の下にはやっぱり真っ白くて長いお髭。
絵本と同じだ。

『起きて…!』とハイジに"呼び掛ける"けれど返事がない。
何度呼んでも返事が返ってこないから、怒ってるのかなとビクビクしてたら、
すーすーって…もう寝ちゃってる。
ホント、女の子はしょうがないなあ。

カメラも持ってきてないし、どうしよう…。
座り込んでボクは考えた。

ハイジにプレゼントを手渡してくれるのが一番良いんだけれど、サンタさんは
そんなコトしない。
こっそり靴下の中に置いていくだけ。
恥ずかしがり屋って訳じゃないんだろうけれど、それってあんまりいい方法じゃないと
ボクは思うんだけどなぁ。
だから、ハイジみたいに「いない」なんて云われちゃうんだ。
へんてこりんだけど、でも決まりだからってヒルマン先生は言っていた。

それにサンタさんは忙しい。
そりゃそうだ。
何人いるか分からない子供たちのプレゼントをたった独りで、それも一晩で
配らなくちゃいけないだから。
ハイジだけ特別扱いしてなんて云えないよなあ。

でも―――。

頼んでみる…!
シャングリラの分のお仕事が終わったら、ハイジのところへ行って下さいって。
ちょっとでいいんです、ほんの1分、ううん、2分で良いんですってお願いしたら、
きっと聞いてくれる。
サンタさんは子供が大好きなんだから…!

でも、ホントに本当に忙しいから、もしかしたら駄目かもしれない。
けれど、うん、やるしかない。
ボクは立ち上がって、サンタさんの後を追いかけた。





このブロックの分は終わったのか、サンタさんがエレベーターに向かう。
ボクみたいに"飛べ"ないのかな。
サンタさんなのに…。
エレベーターが止まった階を確認して、ボクも"飛んだ"。

点滅する数字が示したのはブリッジの下、公園だった。
ボクは隅っこの木の陰に"着地"する。
葉っぱの陰からこっそり覗けば、ゆらゆら揺れる赤い服が見えた。
エレベーターからまっすぐツリーに向かっている。

公園の真ん中には、とても大きいクリスマスツリーが飾られてる。
ボクの背の何倍もあるヤツだ。
ブリッジよりも高い、一番天辺の星はソルジャーが付けた。
もう電気は消えちゃっているけど、その星だけは月の光を反射して光ってる。

ツリーの傍にソリを止めたのかな。
ここは広いし、あのツリーは目立つもの。

よく見えないな。
ソリは無いみたい。
トナカイも居ないのかな。

ん…あれ……。
ツリーの下に誰か居る。
こんな遅いのに、誰だろう…。

一番下の枝に座ってる…。
あのマントは…あれって…もしかしてソルジャー…?

サンタさんとなに話してるんだろう?
う〜ん、この距離じゃ聞こえない。
でも、近づくとばれちゃうし。
こんな遅くにってソルジャーに叱られちゃう。

あ…、サンタさんがソルジャーと握手してる。
ソルジャーの手がサンタさんの帽子を取った。
ほっぺを触ってる。
屈んで―――……っ!?え…っ??



わ…ぁ……!!!
ソルジャーとサンタがキスしてる…!
ちゅうだぁ…!



ああっ!
サンタさんの身体が光っていく…。
あ…あの服は…キャ…プ…―――。










「…ふう…」

静かな公園に響いた盛大なため息に、ブルーとハーレイが振り向いた。
ヒルマンが赤毛の少年を抱えて、二人を見ている。

「今年は、ジョッシュかい…?」

くすっと笑いながら言うブルーに、ヒルマンが眉を顰めた。
珍しく不機嫌な顔の彼が寝間着姿なのに気付くと、枝の上の人は笑みを
深くして「ご苦労様」などと言う。

「……お分かりなら、気をつけて下さらないと。こんなお巫山戯も困ります」
「ごめんね」

謳うように言うと、ブルーは元の姿に戻ったキャプテンにぴょんとダイブした。
躊躇いなく飛び込んできた腕の中の人をハーレイはそうっと下ろすと、ぼそりと言う。

「もうそろそろ止めませんか…」
「…何を?」
「サンタごっこですよ」
「ええ〜」

子供っぽい非難の声を上げたブルーに、ヒルマンも口を開いた。

「そうですね」
「アレ?ヒルマンも反対なの…?」
「子供たちにサンタクロースの存在を信じて貰う行為自体は反対ではありません。
 ですが―――」

そこで言葉を切ると、ジョッシュを抱えたままヒルマンは器用に肩を竦める。
言わなくてもお分かりでしょう、と態度で表した。

「僕としてはクリスマス・イブの夜更けに配達を請け負ってくれたサンタさんへの
 お礼のつもりだったんだけど…」
「子供には刺激的過ぎますよ」
「そうかな、ハーレイ…?」
「………………ええ」
「―――嫌だった…?」

すうっとブルーがハーレイの胸に身体を寄せる。
まるで、甘えるように。

「ブ、ブルー?!」
「……………」

人前でする行為ではない。
ハーレイは目を白黒させた。
熟睡させたジョッシュを抱えて、言葉を発することも出来ない程の驚きに硬直した
ヒルマンだったが、ブルーから漂ってくる甘い香りに「…ああ…」と得心する。

「キスされて、嫌だった…?」
「そんな事……―――っ!?ブルー、あなた相当酔ってますねっ?!」
「…みたいだね」

ヒルマンは昼のテラスでの光景を思い出す。
ブルーは今日の昼食時、厨房のスタッフからクリスマスの晩餐用だと試飲に
渡されたシェリー酒をお代わりしていたのだ。
たまたま時間の重なったヒルマンが見ていただけで、3杯。
普段食が細いと嘆いているスタッフだ、ブルーがお強請りなどしなくても、
瓶を青の間に届けるくらいのことはするだろう。

「じゃあ、サンタが嫌なの?!」
「そんな…」
「僕のサイオンを纏ったまま動けるのはハーレイしかいないんだよ?!」
「それはそうですが…!」
「体型だってぴったりじゃないか!最近ちょっと出てきたお腹だって―――」
「出てきてませんよっ!」
「………………」

ブルーの酒癖があまり芳しくないのは、ヒルマンも経験済みだ。
君主危うきに近寄らず。
即時撤退を決断する。

「お疲れさま、ハーレイ。お休みなさい、ソルジャー」
「うんっ、お休み〜」
「ちょ…ちょっとヒルマン待て!」

ヒルマンを引き留めようと伸ばした手を、ブルーがしっかり捕まえる。

「駄目だよ!ハーレイは僕の質問に答えるっ!僕とのキスが嫌だったの?!」
「ソルジャーっっ、しっかりして下さい!!ヒルマーンっ!置いていくなっ!」

ヒルマンは肩越しにヒラヒラと手を振るだけで、振り返りもしない。
スタスタとエレベーターに消えた。



「やっぱり僕とのキスが嫌だったんだね…!」
「そ、そんなこと無いですよっ!」
「じゃあ、サンタが嫌?」
「ですから―――」
「う〜ん、そうすると今度は誰に頼もうか…ゼルじゃ喋り方でばれちゃうし…
 ちょっと痩せてるけどドクターでもいいかな?でもそうなると―――」

この"お礼"もドクとすることになっちゃうかな…。
それでもいい?
いいの、ハーレイ…?

意地悪に囁く人は、縋り付くように胸にぴったりと身体を寄せて、潤んだ瞳で
見上げている。
ほんのりと赤く染まりだした瞳に、酔い以外のものを見つけてハーレイは
盛大にため息をついた。

「あなたって人は……私をからかって面白いですか…?」

周囲をスキャンし誰もいないことを確認すると、憚ることなく細い腰に腕を回す。
ぎゅっと抱き上げると、腕の中でブルーは微笑んだ。
答えは?と視線で促してくる。

「はぁ…―――良い訳ないでしょう…」



そんなあなたは私だけのものだ。



真っ直ぐに見つめて、ハーレイは囁いた。
額に口づけると、すっかり赤くなった瞳を覗き込む。

「一体どうしたんです…?」
「僕だって―――プレゼントが欲しかったんだ…」
「毎年、きちんと差し上げてるでしょうに…」

待てなかったんですか…?
耳元で低く囁くハーレイの声に、ブルーはこくんと頷いた。

「―――欲しいよ、ハーレイが……今すぐ…!」

そんな言葉を返されて、ハーレイの全身が沸騰した。
木の幹にブルーを押しつけるけれど、いつもの余裕はない。
少し乱暴な行動にブルーは顔を歪めた。

「ハーレイ、もう少し優しくして…」
「それは次です…!青の間でゆっくりと、優しくして差し上げます…!」
「…酷いサンタだ」
「でも、あなただけのサンタですよ…」
「…フフ…嬉しいな…」

まだまだ辺りは暗く、空には星が瞬く。
だが、夜の支配は半ばを過ぎた。
幾時間もしないうちに夜が明ける。

けれど、ベッドから飛び起きた子供たちが歓声を上げるまでの数時間はまだ
恋人たちのもの。
きらびやかなツリーの下で、二人の影が重なった。










あのね、ハイジ、ボク昨日の夜サンタを見たよ!
本当にいたんだ!
君の枕元にもプレゼントがあったろう?
本当に彼が運んでくれたんだよ!

どうして起こしてくれなかったって?
だって君良く寝てたじゃないか…!

え?
何度も起こしたよ!
ホントだってば!!

そんなに怒らないでよ!
大丈夫だから。
来年もサンタさんは来るよ!
絶対!

どうしてって?
えっへん!
ハイジ、君だけに教えてあげる!

だってね、サンタさんは仲良しなんだもの、ソルジャーと!
とってもとってもとっても仲良し!
ボク、見ちゃったんだから!



―――サンタとソルジャーがキスするところをさっ!
















----------------------------------- 大人だってプレゼントが欲しい 一年頑張った自分へのご褒美 大好きな人の笑顔だったり ちょっとした言葉だったり 大人だって 大人だからこそ プレゼントが欲しい 20081214