k.265


 浴室からはバシャパシャという水音と、上の子二人サンドラとエドのはしゃぐ声。


 玄関ホールからは3番目の子、コウのヴァイオリン。
 ホールは音が響くので、コウお気に入りの練習場所だ。


 それらをバックグランド・ミュージックに、マリューは夕食の片づけをしている。

 コウのヴァイオリンはまだ習い始めたばかりで、上の二人からは「騒音!」と
レッテルを貼られてしまうレベルだが、 マリューにとってはどんな名ソリストでも敵わない、
素敵な音色に聴こえる。


 じんわり暖かい時間。



 そこへ、更に素敵な音が重なった。

 ムウが帰宅した音。
 すぐに大きな声が聞こえてくるはずだ。

「たっだいま〜♪」

 ほら。
 くすっと笑いながら、時計を見れば時計は20時をとっくに回っていた。
 しかし連日の残業続きで、酷い時には午前様の事もあったことを考えれば今日は大分早い。

「ぱぱっ!」

「おーっ、コ〜ウ!やってるな!」

 ヴァイオリンの音が消え、変わりにキャッキャ笑う声が聞こえてくるところをみると、
ムウが高い高いでもしているのだろう。
 玄関ホールは見えないが、その光景ははっきりと目に浮かぶ。

 幸せだ。本当に。

 マリューは大きな声で言った。

「おかえりなさい!ムウ」





 それから直ぐに洗い物を終えたマリューは浴室に向かった。
 7歳になった長女のサンドラは面倒見が良く、1つ年下のエドの風呂係を
自ら買って出る程だが、任せっきりには出来ない。
 マリューが脱衣場の扉を開けたとたん、口ゲンカの声が溢れてきた。

「ママー、サンドラが水かけたー」

「あれくらい、なによ!エドはもっといっぱい掛けたじゃないの!」

 脱衣場のバックグランド・ミュージックだ。
 まあ、それも悪くない。長く続かなければ、だけれど・・・

 マリューは二人にパジャマを着させながら、苦笑混じりに返事をする。

「はい、はい。湯冷めしないうちにパジャマを着てしまいましょうね」

 そこへ再びヴァイオリンの音が聞こえてきた。これは・・・

「あれ〜?これコウじゃないよ。すっごい上手」

「ママ、お手本かけたの?」

 伴奏付きのきらきら星−−−確かにコウではないが、教本に付いていたものでもない。
 急いで玄関ホールに行ったマリューと子供達は、コウの小さいヴァイオリンを
器用に奏でるムウを発見して目を丸くした。

 気付いたムウが3人を見てにやりと笑う。その口は「どうだ」と動いた。





 2時間後。
 マリューが3人を寝かしつけ居間に戻ると、ムウはでソファーでぐったりしていた。

「お疲れ様でした」

 玄関ホールでのリサイタルは1時間近く続いた。
 伴奏付ききらきら星をノーミスで演奏しきったムウに子供達が群がり、
ぴったり離れず足に噛り付いたまま幾度と無くアンコールをねだったのだ。

「あ〜ホント、つっかれた〜。ヴァイオリンなんてウン十年ぶりだもんなあ」

 首を回し、両方の肩を代わる代わる揉みながら言う。

「みんな中々寝なかったのよ、興奮しちゃって。パパ、カッコ良いー!って」

「そうか〜。頑張った甲斐はあったみたいだな」

 マリューは背後に立つとムウの肩をそっと揉み始めた。
 ムウの逞しい背中についた、いつもはしなやかな筋肉が今夜はガチガチだった。

「あなたが弾けるなんて知らなかった」

「軍に入ってから・・・っつうより、ガキの頃以来だからな。
オレが弾ける事知ってる奴は誰も居ないよ」

「・・・・・子供の頃?」

 ムウがあまり話したがらない幼少期のことと聞いて、マリューの声が少し緊張する。

「オレ、6歳から習い始めたんだ、ヴァイオリン。お袋が何かやっといた方がいいって
言って。最初は嫌々無理無理で、数え切れない位レッスンから逃げてたよ」

 逃げ回る幼いムウを想像して、マリューの頬が緩む。

「先生は学校出たての若いおねーさんで、今思えば結構美人さんだったかも」

 もっちろん、マリューさんには敵わないけど。
 そういって肩を揉むマリューを見上げる。

「ありがと。でも、ちゃんと前向いて下さいね」

「このおねーさん、中々諦めてくれない人でさ。若いから体力もあったのか、
屋敷中走って探し回って、最初の頃は毎回鬼ごっこでレッスン終わっちゃうんだよ」

 思い出したのかぷっと吹き出す。

 そのあと、おねーさん先生(リュカさんというらしい)に仕掛けた様々な悪戯を
嬉々として話すムウに、マリューは笑わせられっぱなしだった。

 笑いながらも手は休めなかったので、強張っていた首筋も大分ほぐれ柔らかくなった。

 マリューが「はい、お終い」と両の手のひらでぽんぽんと肩を叩くと、その手をムウが握った。
 促されて隣に座る。
 
「サンキュ、マリュー」

 ムウはマリューの頭を肩に抱き寄せ、額にキスを落とした。

「疲れたろ?」

「平気よ。明日からのムウに比べれば」

 マリューはムウをちらっと見上げて、笑った。

「カッコイイお父さんの名前、返上する気無いんでしょう?」

「は?まあ、オレはカッコイイけどさ、改めて何?」

「子供達みんな期待してたわよ。明日は何を弾いてくれるのかって」

「あちゃ〜〜〜」

 ムウは頭を抱えた。

 私も期待してるのよ、というマリューの台詞にも、ムウは顔を覆った両手の間から
もごもごと答えた。

「あのさ、アレしか弾けないんだよね。ちゃんとしたのは」

「あれって・・・・・きらきら星のこと?あれ一曲きり・・・なの?」

「・・・・・・・・・・そう」

 はあ〜とマリューは天を仰いだ。
 それなら調子に乗って1時間も弾かなきゃよかったのに。

 子供達とベッドに入ってから寝かしつけるまでの間のやりとりで、
かなり煽ってしまった感のあるマリューはその呟きを心の中だけに留めた。

 口から出たのは別の、もっと建設的な意見だった。

「明日にでも、ヴァイオリン用の楽譜見繕って買ってきましょうか?」

「無理。オレ楽譜読めないもん」

 マリューの提案を瞬殺してムウは言葉を続けた。

「きちんと楽譜の読み方とか教えてもらう前にさ、み〜んな燃えちまった」

 ムウは努めて明るく言ったが、マリューは息を呑んだ。
 半ば予想はしていたのだが・・・

 身体のどこかが痛むような表情のマリューをぎゅっと抱き締める。 

「ヴァイオリンは勿体無かったけど、今はこんなに良い声の奥さんがいるしね」

 ネグリジェの中に侵入しそうになったムウの手を軽く叩きながら、
マリューはソファーから勢い良く立ち上がった。

「そ、そういうのは・・・寝室にして下さい!」

 ソファーに座ったままのムウにも、マリューの首筋から耳が真っ赤なのが見て取れた。

 それがマリューの"ご褒美"だと判っているムウはにっこり笑うと立ち上がった。
 そして、やや速い足取りで寝室に向かうマリューに言った。

「はーいっ、超特急で風呂入ってきまーす♪」




 翌日、家路を急ぐムウの手には初心者用のヴァイオリン教本があったのだった。




                                (2006/3/3)



☆あとがき☆
初お絵描き!
がむばったのでUPしてみました。
恥ずかしいです〜

「ブルジョア」という言葉から出てきたのがヴァイオリン(単純!)
ムウにはピアノよりこっちかなあ〜と。

その他のキャラで楽器を連想してみると・・・
 ライバル・アンディはやっぱりヴァイオリン。
 種のスーツCDで楽器が少しは出来るといってた
 イザークはピアノかなあ。
 スーツCDの内容受けるとつうとアスランは何も出来なくて、
 キラ様もちょっと・・・カスタネットくらい?

 すぐ想像できたのは腹黒ぎちょー。
 レイがピアノなんだから、育ての父もピアノだろう!と。
 しかし直ぐに違う楽器を奏でるギルさまが浮かびました。

   テルミンです!似合うっ絶対似合う!
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