「ハーレイ…っ!」

ブラウの声にはっと我に返った。
すまないと振り返れば、腰に手を当てて「どうしたんだい…!」と呆れ顔だ。
彼女の様子に、的外れの返答すら出来ていなかった事を知る。

意識を奪われていたのは、少し先に居るブルーにだった。
レーダー管制の女性クルーと何か話をしている、彼の白い指先。
次の航路についての説明でも受けているのか、宙を示したり画面に触れたりと
忙しげに動いている。

あれが私の―――。

「ハーレイっ!聞いてないのか!」

またしてもぼんやりしてしまった私に、語気も荒げに「もういい」と言い捨て
ブラウは自席に戻ってしまった。
私はその背中に「すまない」と声を掛けるのが精一杯だった。

―――もう限界だ…。













―― Vous etes plus beau qu'une rose ――




Lecon 5










眠れない夜はもう20を重ねた。
昼間時には夜にと勤務があるのだから、身体は疲れる。

だが、眠れない。
酒に薬にと様々なものに力を借りなければ、微睡む事さえ出来ないでいた。

そうやって手に入れた眠りも、浅い。
すぐに目覚めてしまうのだ。
だから、あんな失態を。
昼間のことを思い出し、唇を噛む。

―――ブルーの指に見惚れた。

細く優雅な指が仄暗い中で自分に与えるものを思い出し、ブリッジだというのに
妄想に溺れた。
そんなタガが外れた真似をしたのは、睡眠不足の所為だと思いたかった。
精神力が落ちているのだと。

けれど―――違う。
分かっていた。

だから……。
私の足は青の間に向かっている。

もう、堪えられない。
堪えきれない。





何も告げないのに、その扉は開いた。
踏み入れると、すぐに閉じる。

「………おいで…」

高いところから響く、穏やかな声。
それだけでジンと身体が痺れた。

睡眠不足の重い身体を引きずって、スロープを上がる。
柔らかい青い光に包まれて、彼の人はそこにいた。

ベッドに腰掛けている。
重いマントだけ外した格好は、その身体のラインを際立たせる。
自分よりも遙かに細く小さい人の前で、私はただただ唇を噛んで俯いていた。

「疲れているの、ハーレイ?」

このところ"らしく"ないよね。
ブルーの言葉に、ろくに返事することすら出来ない。
「申し訳…ありません」とだけようよう絞り出した。

「それは僕にじゃなくて、ブラウや他のブリッジクルーに言ってあげて」
「………はい…」
「どうしたの…?」

ブルーは微かに震える私を見上げて、手を伸ばす。
あの白い指先、ブリッジで見惚れる程、求めて欲して焦がれて止まない優雅な
指が私に伸びてくる。
私は凍り付いたようにゆっくりと近づいてくるそれを見ていたが、頬に触れられる瞬間
飛び退いた。

「ハーレイ…?」
「―――っ!申し訳ありませんっ…!」
「僕は謝って欲しい訳じゃないよ」

小さくそう言いながら、ブルーが立ち上がる。
更に下がろうと足を引いた私の腕を掴んだ。

「―――ぁ…っ!」
「どうしたの?」

頬が熱い。
きっと顔は赤く染まっているに違いない。
酷くみっともない顔をしているだろうに、身体を引き寄せられ、覗き込まれた。

みっともないだけじゃない―――欲望に呑み込まれそうな、浅ましい顔なのに…。
見ないで欲しい……だが、私は逃げることが出来なかった。

掴まれた手首から全身に広がる痺れ。
痺れはすぐに甘い疼きに変わり、身体が震え出すのを止められない。

何を求めて…私は―――っ!

理性は悲鳴を上げ、あらぬ事を口にする前に自分の部屋に逃げ帰るよう
怒鳴っているのに…。
床に縫い止められでもしているかのように、足が動かない。
まるで、欲しいものを得るまでは絶対に帰らないと叫んでいるかのように…。

「何処か具合が悪いの?酷く苦しそうだよ…?」

ブルーの手の平が頬を包む。
その瞬間、身体が、理性を凌駕した。

「わ…わた…し…は…もう…堪え…られな…い……っ!」

足から力が抜け、がくんと床に跪く。
細い身体に縋り付き、白皙を見上げた。

「身体が…疼いて……あなたに…抱いて…ほ―――」

震える唇に指を押し当てられる。
薄く開いたままであったけれど、もう言葉を発することが出来ない。
小刻みに息を吐き出すだけ。

そこへブルーが降ってくる。
優雅に微笑んだ、白く美しい顔が。

「…君みたいな子が口にする言葉じゃない」

唇の戒めを外すと、私の額に口づける。
優しい柔らかい感触に、私の中で何かが割れた音がした。
自然に言葉が溢れる。

「ああ、ブルー…―――………旦那さま…」






『君の欲しいものをあげるよ』

そうブルーは言った。
あの日、私にスカートを履かせた時、確かにそう言ったのに…。
彼から与えられるもの全てを拒絶してきた私は、何と愚かだったのだろう。

あの空気のような服も、辱めも、鞭も全てが快感だった。
あんなに嫌だったピンクのリボンの縛めも、はしたない状態になると音を立てる
金の鈴でさえ気持ち良かった。
心地良かったくせにそれを認めようとせず、あまつさえ逃れようとさえした。

―――逃れられる筈などなかったのに…。

ブルーに額に口づけられ、私は自分の心の奥底を見た。
これまで必死に隠して蓋をして、そんなものなど存在しないものだと
思いこんでいた場所を。



私は―――小さな女の子になりたかった。
力の強い男性に守られ、優しく抱かれる女性に。



自分の身体など、他の誰よりも知っている。
元々の資質もあったし、人の倍鍛錬も積んだ。
その結果が実った大きく立派な体躯。

虚弱なミュウに在る得べからざる逞しい身体は、誇らしかった。
そう…誇らしい、とても―――。

こんな体躯を持つ自分の中に、そんな欲望が在るなんて…。
歪んだ願望が存在すること自体を認めなかった。

本当は苦しかったんだろう…。
だから、人の倍、時には自分の身体を痛めつけるように鍛錬に
励んだのかもしれない。
そう考えると、自分の滑稽さに嗤うしかない。

こんな愚かな私の全てを見抜いて、ブルーはそう言ったのだ。
自分ですら気が付かない苦しみをさえ、分かってくれていたのだ。
そんな彼が主でなくて、何だと云うのか。

私は心からブルーを"旦那さま"だと認めた。






「苦しかったね…」

その言葉に瞼の裏が熱くなる。
堪えようとして、この人の前ではもうその必要が無いのだと思い至り、
堰を切る―――ぽろりと涙が溢れた。
その雫をブルーは唇で掬ってくれた。
ぼろぼろ涙を零しながら、私は顔を上げ笑う。

「はい、旦那さま」
「…そう呼ばれると、嬉しいな」
「旦那さま…旦那さま、旦那さま…」

私は繰り返しブルーを呼んだ。
くすぐったそうに笑う白い顔を見ることが、嬉しくて堪らない。

ぽすんと座った細い足に頬摺りをする。
柔らかい内股に鼻を押しつければ、ぴくんとブルーが震えた。
見上げれば、心なしか頬が赤い。

「ご奉仕させてください」

白皙がこくんと頷くのを待って、顔を股間に埋めた。
手は使わない。
ジッパーを歯で噛んで引き下ろし、鼻先をその奥へ差し込んだ。

少し膨らみつつあるブルー自身をそろりと唇で食む。
ゆっくりと引き出し、舌を絡めた。
括れに沿って、舌先で円を描く。
ぴくん、ぴくんと上下に動くブルーを、そのまま吸い込み頬張った。

浸み出してくる滑り。
少し塩気のあるそれが、美味しくて堪らない。
もっと、もっと味わいたくて、音を立てて吸った。

一心にしゃぶっていると、押し殺した息と共に口の中に温かい液体が広がる。
自分のものはあれだけ嫌で堪らなかったのに、ブルーのものは不思議と甘い気がした。
ちらりと視線を上げる。
満足そうな表情に、まるで己が達したような快感が私の身体中を駆け巡った。
舌を這わせながら軽く吸い上げると、くすぐったそうにブルーが笑う。

「―――…っもうお終いだよ、ハーレイ…」

静かにそう言われて、私は唇を離した。
柔らかい先端にキスをする。

「さあ、ハーレイ、服を脱いでベッドに上がって…」
「…はい」
「そう、ゆっくり脱いで見せて……―――やっぱり、綺麗だよ、お前は…」
「そんなこと…!」
「…主の云うことが信じられない?」
「いえ!でも―――」
「こんな時は『ありがとうございます』だ。今日はまだ良いけど、これからは
 きちんとそう言うんだよ」
「…はい…」
「ハーレイ、こっちを向いて、足を開いて…。腰を少しずらして、もっと開くんだ」
「………っ…」
「うん、そう。もう少し腰を突き出して……うん、それでいい」

恥ずかしくて堪らないけれど、命じられるがまま身体を開いた。
触れられてもいないのに勃起し淫らな液体を溢れさせている自分と、その下で
お強請りでもするかの如くヒクヒクと蠢いているであろう尻の奥までを曝している。

「み、見ないで…下さい…」
「ダ〜メ。これを付けて貰うんだから」

ブルーの手から放られたものは、ヒラヒラと宙を舞い、途中きらりと金の光を反射した。
ベッドに落ち、音を立てる前に分かった―――アレだ。
ころころと転がり、私の足にぶつかる。
身動き出来ず凝視する私に、ブルーが云った。

「自分で付けて。もう勃ってるから、出来るよね」
「…っ…はい…、旦那さま」

いい子だ。
私はたった一言で満たされ、恥ずかしさに硬直していた身体が動き出す。
恥ずかしくて死んでしまいたい程なのに、私はそのピンクの戒めを手に取り、
自身に巻き付け始める。
さらさらと滑るシルクの感触だけで、イってしまいそうだ。

「…っ、…く…ぅ…」

零れてしまう声だけは辛うじて噛み殺し、手を動かす。
途中ちりん、ちりんと為る鈴が、また私を煽った。
きゅ、きゅ…とリボンが締まる度に、快感が自身を突き抜ける。

ブルーの目の前だというのに、私はその快感を追わずにはいられなかった。
不必要に何度もリボンを引いてしまう。
ぱくぱくと口を開く先端のスリットから止めどなく涎が溢れ、それは棹を伝い
リボンの色を変えた。

「あ…ふ……ぁ…あ…、ん…は…ぁ…」

かなり時間を掛けて、何とか巻き終えた。
先端だけを晒して、残りははしたなく色を変えたリボンに覆われている。
そんな私のものはビクビクと震え、上下する度に鈴を鳴らした。

「良く出来たけど、途中の行為は、何?」
「…ぁ…申し訳、ありません…」

―――いやらしい子だ。

ブルーの言葉に、鈴が一際大きな音を立てた。
開いた腿がガクガクと震え、私は背中を反らす。

「―――っ…はあぁ…っ!」

一言でイってしまった。
背筋から脳天までを電気が駆け抜ける。
涙が溢れた。

「旦那さま…っ、もう…!!」

自ら膝を開き、ヒクつく孔を晒した。
我慢出来ない。
欲しくて堪らない―――固いものが、そこに。

「お尻に…ください…っ!」

震える足の向こう、ひたすら涎を流す己の向こうで、ブルーが息を呑んだ。
一瞬の真顔の後、にやりと笑う。

「おねだりなんて、何てはしたない子なんだろうね、ハーレイは…」
「す、すみません…でも、もう我慢出来ないんです…!」

お尻に下さい…!
そう繰り返す唇を、覆い被さってきたブルーが覆った。
深く私の口蓋を舐ると、耳、うなじと舌を這わせる。

指が画鋲のように尖った私の胸を抓った。
あまりの快感に背中が反り、ブルーを乗せたまま浮き上がる。

「こらこら。処女のくせにみっともないよ」
「ああっ…!すみません…!!」
「でも、そんなお前も可愛いよ」
「はぁ…っ、ああっ!」

唇が、舌が、指が、言葉が。
その全てが私に快感を与えた。
身体がグズグズに蕩けてしまいそうだ。

でも、あの奥が疼いた。
熱く燃えて、うねって、欲しい欲しいと叫んでいる。
言葉にしようと開きかけた唇を塞がれた。

「分かってる―――僕も限界だ」

両足をぐいと開かれて、いつの間にか取り出されたブルーのものが、
孔に宛われる。
すぐ後の予感に身体がわななく。
すると、すぐ目の前のブルーが笑った。

「本当にいやらしいね、この子は」
「…は、…は…っ」
「自分から服を脱いで、主人を誘って」
「…ぁ……は…」
「淫やらしい言葉で強請って」
「…は、早く…ぅ…!」

―――いけない子だ…!

言葉と共に貫かれた。
瞬間、物凄い嵐が身体を走り抜け、こぷりと白いものが零れる。
入れられただけで達してしまった私は、だが根本から縛められている為に
吐き出すことが出来ない。

苦しくて、苦しくて堪らないのに。
私は全身を満たす幸福に、打ち震えていた。
ボロボロと歓喜の涙が溢れて止まらない。

そんな私にブルーが、唇を寄せてくる。
繋がったままだったから、少し背中を曲げて。
私も必死で顔を上げる。
互いの唇が触れ合う寸前、囁かれた。

「こんな姿を見せるのは、僕にだけだよ…」
「…はい、旦那さま」

心から私は答える。
そして―――唇が重なった。














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