何がどうしてしまったのだろう。



混乱しきったハーレイは、椅子に腰掛けるブルーから目を逸らした。
俯いた途端、淡いピンクの巨大なハイヒールが視界に入り、思わず目をつむる。
それに自分の足が収まっているなどと、到底信じられない。いや、信じたくなかった。

けれど、そのピンクが今現在の自分の格好を思い出させてくれる。

メイド服―――――パフスリーブのブラウスは純白で、その上のエプロンは目に鮮やかなショッキングピンク。
同色のスカートはサテン地で尻を隠すのがやっとの、超ミニだった。















―― Vous etes plus beau qu'une rose ――




Lecon 1










君の欲しいものをあげるよ。

久しぶりの休日に呼び出され、青の間に来てみれば。
私は絶句した。

「これは………」

君のものだよ。
気に入って貰えたかい?

その服を手に言葉を続けることが出来ない私に、ブルーが言った台詞。
私は目を瞬いた。

「は…?はい??」

目を白黒させる私に、椅子に座ったままのブルーはにっこり微笑んだ。

「今日一日これを着て過ごすんだ」
「え…?私が、ですか?!」
「そう」
「ご冗談でしょう?」
「……いや」

ブルーは身体を起こすとテーブルに肘を付き、組んだ手に顎を乗せる。
笑みが深く、濃くなった。

「君の望むものをあげると言っただろう?」

これが君の心の奥底でずっと隠れてきたものさ。
そういうブルーの笑みは見たことの無いもので。
私はピラピラした服を下げたまま、呆然と彼を見つめた。

何を言っているのか……。
私は困惑した笑顔を返した。

「ブルー?」
「着るんだ」

私は反論しようと口を開いた。
だが、言葉を発することは出来なかった。

「命令だよ、ハーレイ」

決して大きな声ではなかったのに。
私は抗うことが出来なかった。





言われるままに服を脱ぎ、全裸になる。
ブルーの目の前で。

小さな下着を付け、ガーターベルトにストッキングまで履く。
素肌にブラウスを纏い、スカートのジッパーを上げた。

あまりの姿に顔から火が出そうだった。
少しでも露出を減らそうとスカートを引っ張る手を押さえられる。

「仕上げにこれを―――」

足下に置かれたのは、ハイヒール。
弾かれたように顔を上げた私に、ブルーは"どうぞ"と手で促した。

どうして、逆らえない……?

唇を噛んだ。
途端、ブルーの静かな、それでいて強い声が飛ぶ。

「可愛い唇に傷が出来てしまう。やめなさい」
「…………」
「返事は…?」
「…………」
「ハーレイ」

低いゆっくりとした口調で名前を呼ばれて……。
私は返事をした。

「紅茶を煎れてくれないか」
「…かしこまりました」





部屋の隅から茶器セットを運んでくるだけで、押し込まれた足が悲鳴を上げている。
ブラウやエラがパーティ以外で決して履かない理由が解った。

ポットを持つ手が震える。
注ぎ口がカップと触れ合い、カチャカチャと音を立てた。
震える理由、それはハイヒールの所為だけではない。
ショッキングピンクのサテン地の下が蠢いている。

「や…やめて、下さい…」
「ちょっとでも零したら、お仕置きだよ」

楽しそうに言うブルーは、手を止めない。
スカートの下、下着越しに"私"を掴み、弄んでいる。

「先が…濡れてるね」

かあっと頬が熱くなった。

「それは、あなたが―――!」
「あなた…?」

ぎゅっと手に力が込められる。
鋭い痛みに、上がりかけた悲鳴を奥歯で噛み殺した。

「今、僕は君の何?」
「…………」
「今自分がどんな格好をしてるかを考えれば、わかるだろう?」
「…………」
「ほら、答えなさい」
「………―――っ!旦那さま…です…」

爪を立てられ、逃れることが出来ない私は消え入りそうな声で答えるしかなかった。

「そうだね、良く出来ました。ご褒美をあげるよ」

強く上下に扱かれた。
私はあっという間に昇り詰め、堪える間もなく下着を汚してしまう。
ブルーは目の前で手を広げ、さも不快そうに眉を顰めた。

「イっていいなんて、言ってないよ…?」

やっぱりお仕置きが必要みたいだ。
そう言って私を見上げた。
冷たいけれど、熱を孕んだ視線に射抜かれ、背筋に走るものがある。

それは、紛れもない快感だった。

「俯せになって」

テーブルを指差した。
そんなことをすれば、短すぎるスカートから下着が丸見えになってしまう。

でも、私は従った。
与えられるものへの期待を、心の奥底に隠して。





く…。
声が漏れた。

紅茶セットの片付けをしながら、震える手を堪える。
尻の奥に異物が存在している。
身体を屈めるたびに、一歩足を進めるたびにそれは存在感を示し、私の内壁を刺激した。

それに―――いつ動き出すのか。
呑み込まされてすぐにスイッチを入れられた時のことを思い出し、息を吐く。

「―――っ!?ぅわっ、あぅ…っ!」

膝が砕けた。
セットは辛うじてテーブルの上に置けたが、無作法な音までを消すことは出来なかった。
ブルーの眉間のしわが深くなる。

「何を考えていた?」
「…申し…訳…、ありませ…ん…っ」
「"何を考えていたか”を訊いてるんだよ、僕は」
「―――んぐっ!」

後ろから、小さな羽音のような機械音が微かに聞こえてくる。
ローターの音に、耳まで犯されているようだ。

「ん…う……」

私はテーブルに手を付き、浅い息を繰り返して無理やり押し付けられる快感を
やり過ごそうとした。
しかし、それは許されない。
ブルーが手の中のものを弄ると、尻奥のモノの振動が激しさを増した。

「主人の問いにも答えられない、耳障りな音は立てる…お前は仕様の無い子だね」
「も……し…訳あり…ま…ん…っ…、ぅっ!」
「こっちも、またこんなに汚して―――」

白い細い指で、スカートをめくられる。
露にされた小さな布切れは、取り替えたばかりだというのにもうビチョビチョに濡れていた。

「もっとお仕置きをしないと駄目か……」

身体に直接教え込まないと解らないんだね、お前は。
ブルーは震える私を突き飛ばした。

しりもちをつく格好で、無様に床に座り込む私の足の間に膝を付く。
下着をずらして、みっともなく勃起した私を掴むと、その根元にリボンを結んだ。
金の鈴のついた淡いピンクの柔らかい戒め。
ブルーはそれでしっかりと私の根元を締めると、茎にも絡ませた。
ぐるぐる何重にも巡らせ、吐き出すことが出来ないよう拘束する。
私は痛みに顔を歪ませた。

「僕の前でこれ以上粗相をしたくないだろう?」

戒められた痛みと苦しさに震え、しかし透明な液をまだ溢れさせる私に、
ブルーは濡れて冷たくなった下着を被せる。
先走りが付いた手で、私の頬を撫でた。

「その顔も、可愛いね」

怯えを隠すことが出来ない私に口付ける。
触れられた唇から、ぞくっとしたものが身体を駆け下りた。

謂れの無い仕置きを受けているというのに。
見たくも無い服を着せられ、縛られ、悪戯されているというのに。
射精すら自分の意のままにならないというのに。



身体の中は、心地良い快感と、支配されることへの喜びで満ちていた。
それに"可愛い"という言葉が甘美に響く。



うっとりとする私の耳に、冷たい声が飛び込んできた。

「あの時のことを考えていたんだろう?」

入れられて、動かされた時のことを。
潰れた尻を撫でられる。

「そんなに、気持ち良かったかい?」

今もそんなに気持ち良い?
縛られてるのに、たくさん溢れてるよ?

「―――!違いま…す…っ」

恥ずかしくて、私は顔を横に振った。

そう。
なら、仕事を始めて。

ブルーはついと立ち上がり、椅子に戻る。
優雅に足を組むと、読み止しの本を開いた。

「……はい、旦那さま…」

私も立ち上がる。

ちりん。
青の間に、鈴の音が響いた。






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