黒――とは違う。
闇――とも異なる。

一番近い形容は、極めて黒に近い濃紺、だろうか。



星が瞬く夜空を滑空するブルーは、考える。



そこに浮かぶ雲は、明るい陽の光の下で目にするものとは異なった貌を見せていた。
限りなく白く、ふわふわとしていて、触ったら温かさを感じるのではないかと
思わせるほど柔らかい塊。
それらは群れる羊すら連想させるのに。

今、彼らは深い紺を背景に青白く、硬質の淡い光を放っていた。
柔らかさは微塵も無い、冷たく冴え冴えとした表情で空を流れる。
夜の雲は触れたら砕けてしまいそうな、まるで繊細なガラス細工のようだ。
それもまた嫌いではない、そう思う。



藤色のマントの裾をはためかせて、ブルーは飛ぶ。
たった一人で。











―儀式―










ガラス細工の隙間から、もう一つの白い光が覗いた。
美しい曲線を描く白い巨体。


初めて全体を見たものは、例外なく巨大な白い鯨のようだと言う、
ミュウの船シャングリラ。
美しい船だと、素直に思う。


傷一つ無い滑らかな表面は月の光を浴びて、白く輝く。
緩やかな曲線で構成された姿は、巨大だけれど繊細だ。


その周りを2度、3度と巡る。
今日も無事だった。
ブルーは薄く微笑んだ。


ブリッジに帰還を伝える思念を送れば、すぐに―――
ハーレイを筆頭に一様に安堵した応えが戻ってくる。
いつものように。


『お疲れ様でした』
『お怪我はありませんか?』
『御無事で何よりです』
『こちらも被害はゼロです』


それらの声に『もう一度船の外周を点検して戻る』と伝えた。
それも、いつものこと。


もう一度巨大な白鯨の身体をくるりと周回すると、ブルーは最後尾から少し
離れた場所に留まった。
後ろから白い船を眺める。





僕の家族。
愛しい仲間たち。

ほんの少しの不安や恐怖も与えたくない。
その為に僕は戦っているのだから。


けれど、今日の戦闘でも………
ブルーは、重く塞がる胸を押さえた。





ここに溜まるものを処理しなければ。
こんなものを見せるわけにはいかない。

僕が哀しい顔を、苦痛に歪む顔をしてはならない。
長として、皆に平穏をもたらす為に。





胸元をぎゅっと掴み、暗い空の更に奥を仰いだ。

星が、ぼやける。
頬を伝うものはすぐに温度を奪われて、顎先から落ちる水滴はすっかり冷たくなっている。
まるで、夜の雲のように。





戦闘で受け取ってしまう―――命を奪った相手の人間の意思、想い、暖かい記憶。
それらはブルーの心を傷つけ、凍らせる。

また、敵と対峙する事でブルーの心の中に生まれてしまう暗い炎。
闘争心とか、殺意という言葉で表現されるもの。
それは戦士には必要不可欠なものなのだけれど。

どちらも船に帰れば必要ない、むしろあってはならないもので。





苦しさのあまり溢れる涙では、その全てを溶かし流しきることなど出来る筈も無い。
心に残る部分は、隠すしかない。





その為に―――一頻り涙を流したブルーは、微笑む。





始めは、無理に笑顔を作った。
固い笑顔。
それでも、皆は同じように微笑んでくれた。
慕ってくれた。

作った笑顔は次第に本物に変わる。
穏やかで静かな長の笑顔。

仮面を被ることとは違う…と思う。
微笑めば、ブルーの心は実際に暖かくなるのだから。




今ではその表情を手にするまでに、さほど時間を要しない。
僅か数分の、ブルーの儀式。


それを済ませると、ブルーは青い光となってシャングリラに戻っていった。























----------------------------------- 取り留めの無い話。 いつか書き直しできたらいいな。 ミュウに対してはいつも穏やかなブルー。 自ら望んでそうなったのだから、皆にそう見られることは本望なのだろうけど。 悲しみや苦しみはどこで吐き出したり、消化していたのか。 20070719