深い深い青の着物。
"藍色"というそうだ。
それに袖を通す。

少し袖が短い。
丈も、だ。

そう言って振り返れば、今袖を通したものよりも少し明るい藍色の着物を
着たソロモンも困った顔をしている。
やはり丈が短いようだ。
踝の少し上、真っ白い足首まで見えている。

着せてくれた宿の主が流暢な英語で答えた。

これは夏仕様の着物です。
少し短い丈や袖をちょっと引っ張り気味にして下さい。
ほら、この"下駄"もそうです。
踵が少し出る。


それが、"粋"ってもんなんですよ。












―― 指 ――















主に見送られて、宿を出た。
夕闇の薄い赤紫の空を背景に、昇り始めたばかりの月が淡い黄色に光っている。



からり、ころり。



履き慣れない下駄に、僅かに足が痛む。
喧しい履物だな、と少し後ろを歩くソロモンに言った。

これも"粋"なんじゃないですか。
耳ざわりの良い音ですよね。

言いながら、道の両脇にある笹の葉鳴りを聴き、ゆっくりと流れる
雲のシルエットに目を細める。
湿気と熱気を孕んだ空気に些かげんなりしていたアンシェルは、
弟の楽しげな様子に微笑んだ。

道の先、大通りにはたくさんの人影とぼんやりとした灯り。
空気の暑さは、ただ気温のばかりではなく、人々の静かな熱気を含んでいる。
京の祭りが、始まっている。








ゴールドスミスホールディングが出資したサンクフレシュの大きなプロジェクトの為、
両企業のトップである二人が訪れたのが、初夏の京都だった。
商談は大きな障害もトラブルもなく済み、成立の祝いも兼ねた少し遅い昼食会で
二人は宵山に誘われた。

このホテルまでの道すがら、タクシーの窓を流れる町並みの美しさに幾度となく
息を呑んでいたソロモンは、アンシェルを見る。
いいでしょう、兄さん?
視線が、はっきりそう言っていた。

お言葉に甘えましょう、と答えれば、ソロモンは顔をぱっと輝かせて微笑んだ。
それが、3時間ほど前。








大通りに出れば、歩道から溢れんばかりの人の波。

薄暗い夜の街にお囃子の音が流れ、沢山の露店が並ぶ。
また、通りに並ぶ家々の窓辺には煌びやかな屏風や掛け軸などが飾られていた。

老若男女を問わず楽しそうに歩く人の波に、二人も呑まれる。
物珍しいのか、ソロモンはゆっくり歩きつつ、露店や家を覗き込んでいる。

世界的に有名な街である、ここ京都では金髪に着物の外国人は珍しくないのだろうに、
ソロモンの周りには遠巻きに人だかりが出来ていた。
藍色に映える抜けるように白い肌に春の陽を止めたような金糸、それに縁取られた
形容しがたい白皙の美貌の中で輝く青の宝玉が人目を集めずにはおかないのだろう。



それに―――――濃い色の着物に包まれた身体からは、えもいわれぬ色気が漂うのだ。



襟元から見える鎖骨、時折短めの袖口から姿を現す手首から肘までの真っ白な腕、
着物の裾から覗く、薄桃色の踵―――――その全てが、艶を纏っている。

最も、一番惹きつけられているのは、自分なのだが。
宿で藍を纏った彼を目にした時、息を飲んだものだ。







少し離れた商家の軒先で腕を組んで見つめているアンシェルの顔は、
微かに微笑んでいた。
その視線の先で、露店を覗き込んだそろもんは若い店の主に話しかけていた。
言葉が通じているのかいないのか、身振り手振りを交え、談笑している。

何か小さいものを渡されたソロモンが、何かを探すように頭を巡らせた。
アンシェルを見つけ、目を細める。
主と同じように少し頭を下げると、駆け寄ってきた。

「すみません、兄さん。楽しくありませんか?」
「衝立は美しいと思うがな………」

ソロモンは少し伸び上がって、道の先を見た。

「この先はもう見せてくれているところは無いようですね。宿に戻りましょうか?」
「ああ」

戻り始めたが、急に人の数が増した。
二人の間にも人の流れが出来てしまう。

離れてしまい道端に立ち止まったアンシェルは、同じように人の波の対岸に立つ
ソロモンを見た。
目が合い、困った笑顔を向けている。
その手元が気になった。


ああ、また。
両の手の指を組んでいる。

無意識なのだろう。
アンシェルは口元を歪ませ、笑った。


人波が途切れたところで腕を伸ばし、ソロモンの手首を掴むと強引に引き寄せた。
深く指を絡ませ、手のひらを合わせてぐっと握る。
ソロモンがびくっと身体を震わせた。

力を入れ捏ねるように動かすと、半分開いた唇から熱を帯びた息が漏れ出した。
やや紅潮した頬は、人いきれの所為ばかりではない。

空いている右手がアンシェルの左腕を掴んだ。
指を喰いこませ、身体を震わせている。

アンシェルは、ソロモンの指の股に、爪を立てた。

ああ……っ。
声を出すとすぐに、息を呑む音が聴こえた。

弟は兄の胸に金糸を押し付け、下を向き堪えるような吐息を零す。
襟元から覗けるうなじも、ほんのり桜色に変わった。



立ち上る色香に―――――
アンシェルは手を握ったまま、踵を返した。



宿に向かって足早に歩くアンシェルに、引き摺られるように続くソロモンが声を掛ける。

「兄さん………手を…離して下さい…」
「……何故だ」
「解っていらっしゃるんでしょう―――我慢が、出来なくなる」








指、特にその間がソロモンの性感帯の一つであることを知ったのは最近だ。
サンクフレシュのCEOに就任し、別に住むようになってから。
互いに忙しく、1ヶ月、2ヶ月、時には半年も逢わないこともあった。
ある時、久しぶりに会ったソロモンが手を揉む仕草をしていることに気が付いた。

その晩、最中に指を絡ませ強く握ってみた。
するとソロモンは大きく反り返った。
彼の秘所は蠢き、アンシェルを締め付けてきたのだった。








「我慢、出来ないか―――――」

アンシェルはにやりと笑うと、急に方向を変えた。
細い横道にソロモンを引き摺り込む。
人気の無い路地で、木の壁に押し付けると乱暴に口づけた。

指を嬲るのを止めないまま、裾を割る。
硬度を増したソロモン自身は、あっさりとアンシェルの手に包まれた。

「…ん!…ふあっ……あああああっ……!」

顔を仰け反らせ、月光に白い喉を晒したソロモンに囁く。

「着物はいいな、とても……」

無防備に過ぎるところがな。
囁きながら、ソロモン自身を扱く。
更に高く啼きそうな唇を、自分のもので塞いだ。

「ん…!ふ……んんっ……ん…!…ふ……ん…んんんっ!」

手を止めずにいると、小刻みに震えていた身体が腰を中心にガクガクと
大きく揺れだした。



もう、限界か。
だが、自分もそうだった。



今ここで刺し貫いてしまいたいが、まだ往来には人通りが多い時間だ。
唇を解放し、代わりに白い指を愛撫していた己の手をあてがう。
既にしっとりと濡れている布越しに掴んでいるソロモン自信の根元を
きゅっと掴んで言った。

「続きは、宿だ」

至近距離で覗き込んだ青の瞳は、溢れんばかりに濡れ、貪欲にアンシェルを
欲しがっている。
瞼を閉じ、それを苦しそうに隠すと、ソロモンはこっくりと頷いたのだった。


























「うあ………あ!…はあ………んああっ…!…ああぅ……」

月明かりが眩しいほどの室内。
室内といっても木と紙で造られた建物のこと、障子を開け放った部屋は
その境界が曖昧だ。

夜風が通り抜け、遠くの祇園囃子も流れてくる。

二人の耳には、入らないが――――――





宿に着くなり、ソロモンはアンシェルに組み敷かれた。
大きい部屋に敷かれた布団に押し倒され口づけもないまま、乱暴に襟元を開かれる。
唇や手による愛撫もそこそこに、下穿きを剥ぎ取られ膝裏を掴んで大きく広げられる。
解す事も無く、突き入れた。

ソロモンは大きな声を響かせた。





アンシェルは、まだ着物を着たまま。
大き目の布団で、膝立ちになり腰を穿っている。

同じ布団の上に両手両膝をつき、後ろから貫かれているソロモンの着物は腹部の周りに
纏わり付いているだけ。
胸も背中も、月明かりの元にされしている。


白く光って藍の着物と対象をなし、とても美しい。
アンシェルは言った。
着物はお前に良く似合う、と。


「あ…は…うあ…!…はっ…ああ……」

ソロモンの足の間には、白い水たまりが出来ている。
もう2度……いや、3度か。
達し精を吐き出しても、深く呑みこまされているアンシェルが許しを与えてくれない。

苦痛なのか、快楽なのか。
判別の付かない大きなものに、ソロモンは翻弄されていた。
ただ、ただ喘ぐ声を響かせて。


少し月が高度を上げたころ、アンシェルの動きが激しさを増した。

「……くっ…!」
「ん…あっ……ひうっ!あああああっ…!」

突き抜ける快感に一つ大きく金糸を揺らすと、重なって布団に崩れ落ちた。
肩を揺らし荒い息を吐いていると、アンシェルに横向きに抱えられた。
顎を取られ、唇を覆われる。

ん……。
鼻にかかった声を漏らして、ソロモンは身体を預けた。
脱力した体から、更に力が抜けた。

「このまま、眠ってしまえたら、気持ち良いのでしょうね」
「何だ。気絶するほど"して"欲しいのか…?」

からかうようなアンシェルの言葉。
大きな手はソロモンの胸の突起を弄り肌を撫でる。
その手を押さえて、くすっと笑った。

「いえ。明日も打ち合わせがありますからそれは困ります」

兄さんにそこまでされると、足腰が立たなくなりますから。
うなじに唇を這わせるアンシェルの後頭部に手を当てた。

肌の上を滑る唇や手が与えるじんわりとした緩やかな快感を味わいながら、
ソロモンは庭の向こうから微かに流れてくるコンチキチンという囃子に耳を傾ける。

「兄さん、月が綺麗ですよ」

歌うようにそう言えば、ようやくソロモンを解放したアンシェルが立ち上がった。
着物を直すと、明るい月の光に照らされた縁側に腰を下ろす。
柱にもたれかかり、少し頭を後ろに反らして、視線でソロモンを呼んだ。

乞われるがまま、アンシェルの足の間に入り込む。
後ろから抱かかえられる格好で、ソロモンも月を見上げた。


「………良い月だな」
「ええ」





縁側には二人の作る一つの影が、いつまでも映っていた。












----------------------------------- 背景が桜でちょっと…なんですが、 自分的にはこういうイメージなんです。 TV本編の少し前。 こういう時間を沢山持ってくれていたら いいのですけれど。 2007.7.13