あの人がいる。



この真っ暗な通路を曲がった先で、自分を待っている。
どうやって士官専用宿舎に入ったのか。許可を得て、ではないだろう。
腕組みをし、壁にでも持たれているらしい。

気配を消す様子が無いところを見ると、これは逃げるなという意味か。
既に疲れきっているソロモンは、重い身体を引き摺るように進む。
彼の方へ―――――










My pleasure










果たして。
角を曲がったソロモンの視界に、暗い灰色の背広姿のアンシェルが現れた。
足元に落としていた視線を、ゆっくりと上げる。

「・・・随分と掛かったな」
「こんなところまでわざわざ来て頂いて、すみませんでした。
 明日にでもご報告にあがろうと思っていたのですが・・・」

ソロモンはアンシェルに近づきながら、言葉を続ける。

「首尾は上々です。彼は我々の計画に乗るそうです」
「・・・・・・それは、そうだろうな」

アンシェルは己の前に立ち、訝しげな表情の弟の顎を掴んだ。
強引に上を向かせ、歪んだ顔を寄せる。

「対価は、これほど上等な"獲物"だ」

その低い声にソロモンは身を硬くするが、ついと顔を振り兄の手を外した。
俯き、長い前髪で表情を隠す。

「せっかく来て頂いたのに申し訳ないのですが、もう消灯時間も過ぎています。
 こんなところでする話でもありませんし、明日早い時間に伺いますから――――」
「帰れと、云うのか?この私に?」

振り解かれた左手で柔らかな金糸を掴んだ。
ソロモンが顔を顰めるのにも構わず、グイと引き上げる。

「―――つっ!」
「・・・・・どの口が云うのだ」

固く瞼を閉じたソロモンの、白磁のような頬を己の鼻先でなぞる。ゆっくりと。
綺麗な曲線に沿って降下し、「これか」と呟き、到達した唇を塞いだ。
そのまま、身体ごと廊下の柱に押し付ける。

「!・・・ん・・ふ・・・・んんっ・・」

手入れされた髭が頬に触れる感触も、口内を蹂躙する生暖かい舌も、すっかり慣れたものなのに。
ソロモンの身体は、普段には無い速度で熱を持ち始める。
抑えきれない艶を帯びた声が、塞がれた唇からくぐもって漏れた。

開いた足の間に、アンシェルが身体を押し付ける。
湧き上がる熱を煽られながら、ソロモンは思った。

―――これだ、これなのだ・・・・・あの老人の与えたものなど、比べ物にならない














数時間前の同日夕刻。
アンシェルに告げられた、ホテルの部屋を訪ねた。
直通エレベータのある最上階だ。

靴が沈むほど厚い絨毯を踏んで、奥に進む。
黒いスーツに身を固めたボディガードと思しき男たちに通された先に、主はいた。
まだ日が残るというのにバスローブを着て、太い葉巻を燻らせている。
テーブルの上には、深い紫の液体が注がれたグラスも置かれていた。

年齢に相応しからぬ体躯は枯れるといった言葉とは無縁のようだ。
白い総髪に大きな鷲鼻、深く窪んだ眼窩には鋭い光を湛えている。
制帽を取り、軽く会釈するソロモンの全身をねめつけた。

「ソロモン・ゴールドスミスです。お会いできて光栄です」
「近くで見ると、凄いな。軍人に有るまじき風貌ではないか」
「申し訳ありません。生まれつきなもので」

老人の棘の在る言葉を、笑顔でさらっと流す。

「これなら、どんな陰口を叩かれても仕方ないのう」

怒らせるつもりなのか、口元を歪ませて吐く台詞は毒を多量に含んでいる。
ソロモンは可笑しげにくすっと笑った。

「ガス抜きとしては有効な手段でしょう?経費もかかりませんし。特段気にしていません」

そう云った後、ソロモンの笑顔が変わった。
底冷えのするような、薄い笑いに。
その美しい曲線を描く唇から、低い声が零れた。
軍務に支障をきたさない限りは・・・ですが、と。

乾いた拍手と共に老人が嗤う。

「ほっほっほっ。良い目をするの」
「お褒めに預かり、恐悦です」
「じゃがの、私が見たいものはそれではない」

男は指を鳴らした。
軍服を着た屈強な男が二人現れる。
ソロモンとは異なる軍服だった。

「この敵軍の兵士に―――嬲られるところだ」

ソロモン顔から笑顔が消え、美しい青い目が細められる。

「あまり良い趣味とは思えませんが」
「若造に理解出来るものではない。アンシェルに云われてきたのだろう?」
「・・・・・・・・・・」

老人は現れた二人の男に顎をしゃくって合図を送った。
「―――始めろ」

二人がソロモンを挟んで立つ。
背はさして変わらないが、身体の厚みは倍近くもある。
命じられて――――からなのか、男たちの目に欲情の色は無かった。

ソロモンとて、望んで抱かれる訳では無い。
兄から言い含められていなければ、とっくに部屋を後にしている。

彼らに主導権を握られて、いい様に嬲られるつもりは無かった。

一人にすうっと身体を寄せ、掬い上げるように見上げる。
見つめたまま微かに微笑み、ゆっくりと唇を開いていく。

男が、息を呑む。

ソロモンはすこおし首を傾げ、細く白い首筋を晒した。
誘われた男は、項にむしゃぶりついた。

「んっ・・はぁ・・・!」

軽く仰け反りつつ、その様子を呆然と見ているもう一人にもチラリと視線を投げる。
いざなう様に腕を伸ばせば、男は躊躇うことなく手に口付けてきた。

―――たわいない

その思いが表れたのか。
立ったまま、制服を脱ぐことも無く二人の男の愛撫を受けるソロモンの口角が上がる。

寝室に喘ぐ声が響き始めた。











「うお・・・っ!」

押し殺した低い声。
荒い呼吸で、肩で息をする男が倒れこんだ。
白い精をソロモンの引き締まった腹部に散らして。

もう一人の男は既にベッドを降り、2杯目の水を飲み干していた。

寝屋に場を移してもなお、ソロモンは全裸ではなかった。
肌蹴た制服のシャツにだらしなく緩んだネクタイ、それらを纏わり付かせたまま上半身を起こした。
頬に飛んだ数滴の、最初の男の精を親指で擦り取る。
その表情は、全裸の二人とは対照的に、静かなものだった。

「もう仕舞いか。だらしない・・・・・!」

3人が絡み合う様子をワイン片手に鑑賞していた老人は、ソロモンを抱いた男たちを下がらせると、
隣室に控えていた黒スーツたちを呼んだ。
彼らは、汚された身体を拭い再び制服を纏おうとしたソロモンの両脇に立つと、その腕を掴んだ。
縛られこそしなかったが後ろ手に拘束されて、老人の前に引き出される。

「あなたの望みは達成された。違いますか?」
「・・・・・・いや、まだだ。私が望むのはそんな余裕の在る顔ではない。
 その美しい顔を苦しみと快楽に歪ませるところが見たいのだからな―――あれを」

奥の部屋に続く扉が開くと、何とも形容しがたい獣じみた臭いが漂ってきた。
それと共に先ほどの軍人が一人の男を引き摺って来る。

彼らと比べて頭二つ分も低い、褐色の髪は脂じみて太い束になっていた。
垢で変色した皮膚に、元の色も判らぬほど汚れた衣服、裸足の足には黒い爪。
浮浪者だった。

半裸のソロモンの前に投げ出される。
のろのろと顔を上げ、身動きできない様子の美しい青年を認めると、にやりと笑った。
途端、黄色い不揃いな歯が現れ、涎が糸を引く。

赤く濁った目に欲情を見て取ったソロモンの全身が震えた。

「来るな・・・!」

浮浪者は這うように前へ出る。
歌う様な老人の言葉が、ソロモンの耳に響く。

「どうじゃ、あれに抱かれてみるか?」

嫌だ!
ソロモンは細かく首を振った。
絶対に嫌だ・・・!

腕を掴んだ二人がソロモンの膝裏を蹴り、跪かせた。
ぐいと上半身を前に出し、浮浪者の鼻先に顔を近づかせる。

「へへ・・・」

足と同じ色の爪を持つ、汚れた手が伸びてきた。
ソロモンは思わず顔を背ける。



「もういい」

老人の言葉が発せられると、バタバタという物音と悲鳴を残して浮浪者は消えた。
篭もる臭気をなくす為窓が大きく放たれた。
春の妙に暖かく湿った空気が室内に呼込まれる。

老人は手を動かし、ソロモンを拘束している黒いスーツの男たちを呼んだ。
呆然としたままのソロモンは、老人の眼前に座らされる。

「怖かったか?」

ソロモンは言葉もない。
まだ微かに震えているほどだ。


春の夜風が通り抜けると完全に臭いを消す為、窓を閉めた室内で麝香がたかれた。


老人は立ち上がりながら、背後の二人に視線で促す。
向き合うように立たされたソロモンの白い頬を、幾筋もの皺が刻まれた手で撫でた。

「恐怖や嫌悪感だけだったか・・・?」

呟きながら、柔らかいソロモン自身を撫で擦った。
再び腕を掴んでいる男たちも、空いている手でソロモンの身体に愛撫を始めている。

「あの汚らわしい男に抱かれている自分を想像してみるがいい」

脳裏に最前の光景が蘇る―――びくんと身体が震えた。
同時に背筋がぞくぞくした。

「どうだ・・・あの黄色い歯でここを噛まれたら・・・?」

云いながら胸の突起を抓る。
息を吐き、ソロモンは大きく震えた。
背中を走るものは強くなり、ソロモンを飲み込もうとしている。

「あの薄汚れた指がここに捻じ込まれたら・・・・・?」

二人の男の手が、双丘を割った。
谷間に沿って、上下に撫でる。
どちらのものともしれない指が、秘所に押し込まれた。
ごつごつした関節が通り抜ける感触も、内壁を擦られる感覚も桁外れの快感を呼ぶ。

「ん・・・んんっふああっ・・・!」

緩やかに撫で擦られていただけのソロモン自身が急速に立ち上がり、先端から透明なぬめりを
溢れさせたかと思うと、勢いよく精を飛ばした。
それを塗り込める様に老人はソロモン自身を握り込み、強く扱いた。

「ああああああっっ!!」

あまりの快感にソロモンの膝が腰が砕け、立っている力を失う。
老人はしゃがみ込んだ背後で膝立ちになると、腰を掴み一気に貫いた。

「ひいいいっああああ・・・・ああっ・・・・!」

ソロモンから溢れ出した白濁液が、絨毯に零れた。

達しても、崩れ落ちることは許されなかった。
ソロモンの中にあってじっと収縮を味わっていた老人の分身は力を失わず、
すぐに律動を繰り返し始めたから。

身体を折り、耳元で囁く。

「思い出して想像しろ。下賎な男に組み敷かれる己の姿を!」

老人の目の前で、汗で光る白い背中が震えた。

「いい子だ・・・・・」

老人は背筋を舐め上げた。

「ひ・・ああっ!・・んあ・・・ふ・・・・・んあぅ・・・」
「・・・・・いい子だ」

足の長い絨毯に両手両膝を付き、獣のように抱かれる。

「あふうっ!あひ・・ああ・・・んんぁ・・あああああっ」

快感に四肢は強張り、勝手に腰は蠢く。
ソロモンは金糸を振り乱し、口元からは声高な喘ぎ声と銀の糸を溢れさせていた。

「はあっああああっ!・・・・ん・・いああ・・んんっ・・・!」

二人の男に嬲られていた時よりも、遥かに乱れ快楽に溺れる姿に老人は満足げに嗤った。
腰を繰る速度を上げる。
己の腰を、双丘に強く打ち付けた。

「くっ!」

老人のモノが太さを増し、欲望を吐き出した。
その刺激が更に快感を招いた。
ソロモンの身体が反り返る。

「んあああああああああああっ!」















くちゅっという音を残して、アンシェルの唇が離れた。
まだ、数時間前の記憶の海を彷徨うソロモンが「あ・・」と声を上げる。
濡れた瞳で見つめた。

それを至近距離から見つめ返すアンシェルの暗い瞳には、強い光。
刺す様な、斬る様な冷たい瞳。
今までソロモンを嬲っていた口から、氷のような言葉が発せられた。

「あの男から連絡があった。もっとイかせてくれと泣き付いたそうだな」

あれ程浮かされていた熱は瞬間的に冷め、すうっと血が引く。

「いいえ!そんなことは―――」
「何と言った?どう強請った・・・?」
「ぼくは・・・強請るなんて・・・・・あっ・・つっ!」

アンシェルが更に髪を引き上げた。

「私が嘘をついたと・・・?」
「・・・・・いいえ」
「では、何だ?」
「あの老人が・・嘘を・・・あなたに」

ふ、と鼻で嗤う。
しかし、右手は離さない。

「だが――――」

もう片方の手が頬から首筋を通り腹を撫でる。
その先に、腹に付きそうな角度で頭を擡げているソロモン自身があった。

「いたぶられると感じる、マゾだというのは本当らしいな」

服の上からもはっきりと分かるそれを、かなりの力で握った。
ソロモンの顔が苦痛で歪むほどに。

「あの男との会話、知りたいか・・ん?」
「・・・・あ・・う・・・ああっ・・・」
「貴様の痴態を、聞きたいか?」

力を弱めることなく、上下に扱いた。

「うあああっ!はあああああっ!」
「そんなにイイか、苦痛が!」
「んあっ・・く・ああ・・はあっ・・・・・んはっ・・!」

頭を左右に大きく振りながら悶えるソロモンを見て、改めて会話が脳裏に蘇る。










「楽しい夜を過ごさせて貰った。契約は成立だ」
「ありがとうございます」
「良い弟を持ったな、アンシェル」
「はい」
「―――――帰すのが惜しい程の素晴らしい身体だったぞ。好い声で啼いたわい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「背中も感じやすいようだったな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・そうですか」
「知らん筈はなかろう。あいつを仕込んだのは、おまえだな?よく仕込んであるわ」
「・・・・・ありがとう、ございます」
「わしがいずれ奪ってみせると言ったら、貴様どうする?」
「・・・・・無理だと思いますが。アレが、私から離れることはありません」
「ほう、大した自信だの」
「事実ですから」
「ふん、まあいい。あまりに締りが良いから、先にイってしまった。
 わしも年だからな、そんなことも無くなって久しいんだが」
「・・・・・・・・」
「嬉しくての。ついもっと苛めてやった」
「・・・・・・・・・・ほう」
「イきかけたあやつの根元を握り締めた。・・・くく、それはもう好い声で強請りよった」
「・・・・・・・・・」
「もっと良い思いをさせてやるからここに残れと言ったら――――結果は見ての通りじゃ」
「・・・・・・・・・・・・」
「そのまま帰したからの。せいぜい喰い千切られん様にな」











「ああっ!んあ・・く・・あああ・・んああああっ・・!」

アンシェルは扱く手を止めない。

もう立っていられない・・・
ソロモンは目の前の、苦痛と快楽を与える身体にすがり付いた。
小刻みに震え、喘ぐことしかできない。
肩を掴んだ指の関節が白くなっていた。



言われるように、苦痛は快感に転じていた。
あの老人が、戯れではあったが与えようとした屈辱にも性的快感を味わった。
確かに自分はマゾヒズムを内包しているのだろう。

けれど。

これほど感じるのは、彼だから。
アンシェルが与えてくれるものだからだ。
数時間前の性的快感など、今のこれに比べれば―――――



「んあああああああっ!」

一際大きな声を上げて、ソロモンは欲望を放った。
アンシェルの身体に沿って、するずると崩れ落ちる。

廊下にへたり込んで、脱力した視線を上げれば。
アンシェルの瞳は、先と変わらぬ冷たく青白い光を放っていた。



ああ、怒っている。



咥えろ。
アンシェルは低くそう言って、ベルトに手をかけた。

「・・・はい」



あなたの怒り・・・それは嫉妬ですよね。



膝立ちで、アンシェルの手を押さえ、自分がすると意思表示する。
カチャカチャという音が響いた。

「素直だな―――――恥ずかしくないのか・・ソロモン?」

アンシェルの嘲り笑うような口調にも、嫉妬を感じて。
それを嬉しく思う自分がいる。

「いえ。恥ずかしくはありません」

前を寛がせ、アンシェルを取り出す。

「ほくは、兄さんの仰ることに従います」
「こんなことでもか!」

はい。
口を開いて、舌を伸ばす。

「いかせてみせろ、ここで・・・!」

跪いたソロモンは、返事の代わりに、アンシェルを口に含んだ。



あなたの意思がぼくの意思であると、以前お伝えしました。
あなたの意に沿って、あなたと共に行動すること。

それこそがぼくの喜びなのです・・・









end