僕をシュヴァリエに導いて下さってから あなたは僕を抱かなくなった 尊敬し 敬愛するあなたに 組み敷かれる事は 僕の精神にとって 苦痛以外の何物でもなかったんです あなたを憎んでしまいそうで 怖かった だから もう抱かれないと分かったとき とても嬉しかった でも 僕とディーヴァの間に 子が生せないと分かると あなたはまた 僕を酷く扱う様になった しかし そこにも喜びを感じてしまう 僕がいました・・・・・
delusions―――fly me to the moon





ロンドンに向かう自家用ジェットの書斎。 ソロモンがオーダーし、アンシェルが引き取ったケーキは、三分の二が手付かずのままだ。 1ホール丸々であったから、致し方がない。 「どうでしたか?」 「悪くは無いが、これ以上は無理だな」 アンシェルが見せた眉間の縦皺に、ソロモンは思わず苦笑する。 「兄さんは、あまり甘いものが得手ではありませんでしたね。珈琲でも運ばせましょう」 連絡しようと立ち上がった傍らに、同じように立ち上がったアンシェルが近寄った。 細い腰に臙脂の腕が絡まる。 「・・・兄さん?」 「必要ない」 言いながらソロモンをぐっと引き寄せる。 空いている方の手を後ろから回し、金糸の頭を僅かに傾けた。 こちらの方が良いからな、囁きながら首筋に顔を埋める。 敏感な場所で熱い吐息交じりに囁かれた所為で生じた、ソロモンの背筋に走ったものは、 一気に腰まで駆け下りた。 言いようの無い疼きが起こる。 しかし、扉一枚向こうにはアンシェルの秘書もボディーガードも居る。 それを知るソロモンの理性が、快感を押し止める。 「い、いけません・・・兄さん・・・誰が来るかも・・んっ・・・知れない」 「誰が来ると云うのだ」 再び吐息が掛かり、ソロモンの身体が震える。 アンシェルは、ぺろりと首筋を舐め上げた。 「んあっ・・・!」 隣室が気にするソロモンは自分で口を覆い、声を殺した。 大きく跳ねたソロモンの後頭部から首、肩と撫で下ろし、ネクタイを緩め ワイシャツを寛がせる。 アンシェルは、露になったうなじに犬歯を立てた。 「・・・!」 ソロモンはきつく目を閉じ、奥歯を噛み締めた。 そうでもしないと、あられもない声が洩れてしまう。 首筋に鋭い犬歯で2つの穴を穿たれ、大きく開いた唇で吸い付かれ、 吸血されている時の快感は、決して言葉にはならない。 穴を穿たれた瞬間と唇が肌に触れる瞬間、それぞれの快感は強いが刹那的だ。 ずっと続くものではない。 逆に、己の身体から血液を吸い出される時に生まれる快感は、 時間を経る毎に徐々に強まり、大きくなる。 これに呑み込まれる―――限界以上血液を失う―――時、死ぬのだろう。 それは、この世で至上の瞬間なのではないか。 首筋に牙を立てられる度に、ソロモンは思う。 「・・・んんっ・・・あ・・んああ・・・・」 声を殺しきれなくなった頃、ようやく解放された。 アンシェルは膝に力が入らないソロモンを抱え、ソファーに座らせる。 既に血は止まり、小さな痕跡だけを残す首筋を押さえ、 ソロモンは息を弾ませている。 半開きの形の良い唇から僅かに犬歯を覗かせ、頬を紅潮させている姿は 天使のような容貌と相まって、恐ろしい位扇情的だった。 1年ぶりに抱いてみたいと思わせる程に・・・・・ 口角についた真っ赤な血を親指で拭き取ったアンシェルの瞳に 間違えようの無い欲情を見て取ったソロモンは、襟元を掻きあわせ首を横に振った。 余韻で震えてはいるが、しかし、はっきりと言う。 「いけません、アンシェル!」 「・・・何が・・・いけない・・・」 ソロモンの座るソファーに、ゆっくりと腰を下ろす。 じりじりと後ろへ下がるソロモンに、にじり寄っていく。 ガゼルを狙うチーターのように。ゆっくりと。 「このアンシェル・ゴールドスミスの書斎に、私の許可無く入ってくる者が居ると思うのか」 「ですが―――――」 「口を、閉じろ」 ソファーの端まで追い詰めたアンシェルは、ソロモンの両膝の間に身体をいれ、 両手首を掴むと己に引き寄せた。 口付ける。 啄ばむように細かく何度も重ねた。 ソロモンの唇はきつく結ばれたままだ。 両手首をそれぞれ掴んだままソファーの背に押し付けると、 アンシェルのキスはむさぼる様なものに変わる。 唇を割り、舌で歯列をなぞった。 それでも口を開かないソロモンの両足の間を膝で刺激する。 既に強張りを形成しつつある、彼自身を――――― 「んああああっ!」 堪えきれず、嬌声が書斎に響く。 同時に見開かれた両眼の碧い瞳は、潤んでいた。 まだ残る理性と高まりつつある欲望がせめぎあう瞳。 それが、深い碧を至近距離から覗き込んだアンシェルの嗜虐性を揺さぶった。 開いたソロモンの唇から自身のそれを離す事無く、アンシェルは呟く。 膝の動きは止めない。 「・・・・・こんなにして、何を躊躇う?」 「・・・しかし・・ん・・・扉・・の・・向こう・・・・には・・・っ!・・」 きゅっと口角を上げ、にやりと笑った。 「・・・そうだな、大勢いるな」 「そう・・で・・す・・・・・んあああ、アンシェルですから止めんんんっ―――」 ソロモンの言葉を摘み取るように深く口付けた。 逃げようとする舌を絡め取り、きつく吸う。 ソファーに押し付けられたソロモンの身体が強張り、震えが大きくなっても、 構わず咥内を蹂躙した。 身体の強張りは次第に解け、鼻から甘い息が漏れ出す。 粘着質の水音と共にゆっくり唇を解放する。 ソロモンの放心したような表情に満足を覚えるが、今夜はそれだけでは足りない。 スーツを脱がせ、ワイシャツのボタンを外してもソロモンは抵抗しなかった。 胸の突起を舌で嬲り、服の上から彼自身を撫でる。 「んんっ!」 びくっと身体が跳ね上がるくらいの快感が走り、それに見合う大きな声が上がりかける。 ソロモンは自分の親指の付け根を噛み、辛うじて堪えた。 噛み締められた部分に、ぷっくり赤い玉が浮かぶ。 アンシェルは座ったままのソロモンにのしかかかりながら、その血の玉を啜った。 「そうまでして、声を上げたくないか・・・ならば、耐え続けるがいい」 股間をまさぐる手がベルトを外し、チャックを下ろし、ズボンの中に侵入する。 直接自身を握りこまれ、ソロモンは身を仰け反らせた。 それでも、声を上げることはない。 アンシェルはソロモンを押し倒した。 服を脱がされまいとするが、零れだしそうな喘ぎ声を抑えることで精一杯なソロモンには 大した抵抗は出来ない。 アンシェルはズボンを剥ぎ取り、足を大きく開かせた。 ソロモン自身を握り締めながら、耳に唇を触れさせ低く囁く。 「外が気になって仕方が無いのだろう?その割には、酷いな」 ここは。 云いながら、強く扱いた。 「ふああああああっっ!やめっ・・・!・・・・・い・・や・・・んああ・・!」 もう止める事が出来ない――――― 艶を乗せた声が、ソロモンから一気に溢れた。 間断なく上がる嬌声を聴きながら、ソロモンを高みへと追いやる。 程なくあえぎ声の間隔狭まり、身体がガタガタと震えだしたのを認めると、 アンシェルは手を止めた。 「・・・?!」 もう・・・もう少しなのに、どうして・・・? アンシェルを見上げるソロモンの瞳は、如実にそう訴える。 縋り付くような目・・・・・ 「・・・いきたいか?」 そう意地悪げに問えば、唇を噛み、ふいと顔を横に逸らす。 アンシェルに晒された頬は、紅潮していた。 そうか、と再び扱く。 ソロモンは唇を噛み締めたまま、激しく顔を左右に振った。 そうして、彼が達しようとする直前で止める。 それを幾度か繰り返した。 それは、ソロモンの口から懇願の言葉が洩れるまで続いた。 「・・・も・・・許し・・・て・・に・・さん・・・」 「・・・ならば、言う事があるだろう?」 「・・・・・い・・い・・かせ・・・て・・・・下さ・・い・・・」 「フフフ・・いい子だ・・・!」 アンシェルは、スボンを下ろしソファーに座った。 ソロモンを抱え上げ、自分を跨がせると、一気に己の強張りの上に落とす。 「く・・ひっ!はうあああああああっ・・・!」 ソロモンはアンシェルの厚い両肩に手を掛け、膝の上で大きく反り返った。 散々焦らされた部分は一度も触れられぬのにすっかり緩んでいて、 抵抗無くアンシェルのモノを飲み込む。 たらり、と左の口角から垂れたものが銀の糸を引いた。 「ふっ・・!・・・あああ・・・あっ・・んああ・・・!」 「いいぞ・・・」 「も・・・・・・・く・・!・・」 激しく突き上げられ、ソロモンは幾分も持たない。 背筋がびくんびくんと痙攣し、高みまでもう間がないことを示している。 そこへ、アンシェルが冷水を浴びせるような言葉を吐いた。 「この部屋、このような場所と自家用だからな。防音設備は万全ではないぞ」 快感に眉を歪ませ、アンシェルの為すがままに首を揺らせていたソロモンの目が はっと見開かれた。 快楽に溺れ、霞が掛かったような瞳で呆然とアンシェルを見る。 「あまり声を出すと、流石に誰か来るかもしれんな」 こんな風に。 「アンシェル様?」 ドアがノックされた。 ソロモンは怯えたようにアンシェルを見た。 にやりと笑ったその表情に、瞬時に理性を取り戻す。 片袖だけ通し、着ているというより身体に纏わり附かせていると 言った方がいい状態のワイシャツに、だらしなく首に掛かるネクタイ。 何より、床に散らばるベルトとズボン――――― 己のあまりの姿に、羞恥心から頬が熱くなる。 一気に身を離し、服を掴んで書斎に隣接した仮眠室に逃げ込もうとした腕を アンシェルが掴んだ。 ソファーに投げ飛ばされる。 座わらされた形になったソロモンに、再びアンシェルの身体が圧し掛かってきた。 「な、何を?!―――――嫌ですっ!!」 力比べでは到底敵わない。 押し返そうとした両腕はあっさりと背中で固定され、剥き出しの腿の間に入り込まれ、 足を開けるだけ開かされた。 涙が零れた。 「や、止めて下さい!アンシェル!!」 「扉のすぐ外に居る。あまり大声を出すな」 「でもっ・・・何故っ!嫌だ!止めて・・・お願いですっ、兄さんっ」 ソロモンの悲鳴にも似た願いは無視され、今度はゆっくりと自身を埋め込む。 「―――んんっ!・・や・・・にい・さ・・ん・・・!はっ・・!!」 窮屈な体勢で飲み込まされた事で、ソロモンの中の感じる部分に当たる。 絶頂に昇り詰める直前で中断された為、身体はあっという間に火がついた。 アンシェルも手加減せず、激しい律動を繰り返す。 その顔には過去何度も嬲られたソロモンが良く知る、 残酷な笑顔が張り付いていた。 「入れ」 それが扉の向こうに居る秘書に向けられたものであると、 身体を突き上げられているソロモンには、すぐには気が付かなかった。 カチャッという音で扉の方に顔を廻らせば、既に秘書は書斎内に居た。 後ろ手に扉を閉め、表情の無い目でソファーを見ている。 浅ましく身体を繋げる自分達を―――― どう・・して・・・? ソロモンは息を飲み、アンシェルに振り返った。 アンシェルは愛おしげに目を細めるが、その笑顔は深みを増している。 ギシっとソファーが軋んだ。 アンシェルは本格的に嬲る気らしい。 淫らで浅ましい姿を消す事は最早出来ないが、この声だけは聞かせたくない。 僅かな理性が奥歯を噛み締めさせた。 「・・・・ん・・・はっ!・・・・ふ・・んんぅ!・・」 こんな状況で、ソロモンはこれまでより数段興奮している自分に気がついていた。 これはあまりに焦らされ過ぎた所為だ、そうに違いない――――そう考えたいが、 身体は裏切っている。 ちらちらと視線を投げ、秘書の存在を確かめる度に快感が大きくなる。 見られている―――― そう思っただけで、ソロモンの身体は埋め込まれたアンシェルを締め付け、 自身の先端から透明な液体を溢れさせた。 こんな状態でもアンシェルの与える快感を拒めない己の身体に、悔し涙が零れた。 そうして、その瞬間は訪れた。 「―――――!」 身体を弓なりに反らせ、焦らされ続けた精を吐き出す。 そのあまりの快楽に殺しきれなかった声が、固く噛み締められた奥歯を抉じ開けた。 高らかな嬌声を上げかけた唇を、アンシェルのそれが覆った。 喘ぎ声は二人の咥内でくぐもったものに変わり、室内に響く事はなかった。 自覚無くアンシェルの腰に絡み付いた両脚を解かれると、ソロモンはソファーに崩れる様に 上半身を横たえた。 今だ荒い息のソロモンを見下ろし、アンシェルは何事も無かったかのように静かに言った。 「紅茶を頼む」 「かしこまりました」 恭しく頭を下げ、秘書は出て行った。
僕を再び抱くようになった あなたは 僕を以前にも増して酷く扱う様になった やはり あなたに抱かれる事は 僕にとって苦痛でした でも 激しいけれど 頻繁でなくなって 分かったことがあります 僕にとって もっとも苦痛なのが 何なのか それは――――
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