delusions02



アンシェルはソロモンと話すのを好んだ。

歳若い金髪の青年医師の卵は、アンシェルの話をただ聴いているのではなく、
対話が出来る数少ない相手であったから。

話の内容が自らが学ぶ医学の分野は言うに及ばず、音楽絵画といった芸術部門、
更には政治経済に至っても機敏に的確に、時にはユーモアさえも交えて言葉を返してくる。
子供のような、綺麗な微笑みと共に。

その笑みがアンシェルにはとても心地が良いものであったから。











しかし、それは"かつて"の事。











今、ソロモンは自ら屋敷に足を運ぶ事はない。
アンシェルが呼び出さない限り。












そして、今日も―――――。
ソロモンを載せた迎えの馬車が屋敷に戻ったのは、昼も過ぎた頃だった。










天井から床までを繋ぐ大きい窓。
足が沈み込む毛足が長い絨毯も、低めの家具もダークブラウンの落ち着いた色調に
統一された寝室。
アンシェルはいつもこの部屋で、ソロモンを抱く。



半分だけ引かれたカーテンでは、雲ひとつ無い青空からの陽光を遮る事は難しい。
実際、寝室の中はかなりの光が満ちていた。


この明るい室内に響くのは、軋むスプリングの音だけ。
真昼とはいえ、情事が行われているとは思えない程の静けさが室内を支配している。
しかし、それもいつもの事なのだ。



ベッドで組み敷かれているソロモンからは初めての時こそ若干大きな声が聞かれたが、
それ以降甘い吐息や声が零れることが無い。
苦痛の所為からなのか時折眉根を寄せるくらいで、その無表情といってもいい顔の先には
窓と青い空が広がる。


アンシェルも息を乱す事は無かった。
しかし、ソロモンから目を逸らす事は決して無い。


もう両手で足りない程身体を重ねたというのに、二人の様子は不気味なほど静かなものだった。









アンシェルの胸の下、ソロモンの柔らかい金糸が広がっている。
初めて抱いたときより大分伸びたようだ。
その脇に両手を付いたアンシェルが口を開いた。

「ソロモン・・・・・」
応えは無い。

「何故、ここへ来る?抵抗もせずに」
耳に届いていないのか。
青い空に吸い込まれたようにソロモンの視線は動かない。


軽く頬を叩く。
驚いたようにアンシェルを見たソロモンに、再度問うた。

「あなたが、御呼びになるからでしょう?」
口調は静かだ。
しかし、続く言葉には責める様な響きがあった。



「抵抗など・・・・僕はあなたには逆らえないというのに?」



ソロモンが浮かべた、自嘲とも取れる微かな笑いがアンシェルの中の"何か"に触った。




―――――・・・見たい・・・・・



「そんなに援助が欲しいのか。支援という金を失うのが怖いのかね」
言いつつも身体は動きを止めない。

「まるで・・・・・」
ゆっくりと、言う。

「いや男娼そのものではないか」


ソロモンの青い瞳が凍りつく。



―――――この美しい瞳から零れる様が、見たい



―――――涙が、全てが、見たい






「快楽を感じなければ、己が心は清いままだとでも言いたそうだな」

アンシェルは、力なく投げ出されていた自分よりも2回りも細い腿を広げた。
同時に身体を進ませる。

ソロモンが大きく目を見開いた。
「・・・・・・・っ!」

今までに無い激痛だろう。

アンシェルの動きが激しくなる。
これまでの手加減をしていた情事とは比べ物にならない激しさで。
身体を貫く熱い物の存在を否が応うにも意識させる為に、強く。

苦痛から、それとも快楽から逃れるかのように、金糸を激しく左右に振った。
アンシェルは激しく揺れるソロモンの顎を押さえ、指できつく噛み締めた唇をなぞる。


―――――もっとだ


言葉でも嬲る。
「部屋にも鍵は掛かっていないぞ。どうだ、出て行ったら?」

「うあ・・・あ!・・・・やぁっ!・・・・・・・ああっ・・」
ソロモンからこぼれるのは悲鳴や喘ぎばかりで言葉にならない。

それは痛みに因るものか、それとも痛みを凌駕しつつある快楽によるものか。
答えは、次第に悲鳴が姿を消し、喘ぐ声に甘さが混じることが示している。
満足そうにアンシェルの口元が歪んだ。

寝室の静けさは、喘ぎ声と熱い吐息にその支配権を委ねたのだった。






アンシェルはソロモンの金糸をそっと撫でた。
何度も、優しく。
「耐える姿さえ、美しい・・・」

しかし、行為は更に激しさを増す。



大きく見開いたソロモンの瞳から、涙がひとすじ流れた。



「アン・・・シェ・・ル・・・も・・・う・・・・」

ソロモンが、アンシェルを見た。
焦点の合っていない、虚ろな視線だが、真正面からアンシェルの顔を見つめる。
これまでの情事では決して無かった事だ。

頬を撫で微笑んで見せるが、アンシェルは動きを止めない。


「ああっあああっっ・・・・・うぁぁ・・・・・っ!」
ソロモンは大きく開いた口から零れてしまう喘ぎも、止め処なく流れ出る涙も
止めることが出来なくなっているようだった。
シーツを掴む手も、力むあまり関節が白くなっている。


全身に汗を滲ませながら、ソロモンはこれまでにはなかった反応を返してくる。
耳朶を噛む、首筋を舐め上げる、胸の飾りを弄る、唇での所有の印を刻む―――――
その度大きく身体を震わせ、感極まった声を上げる。


アンシェルはそんなソロモンに愛おしげに口づけた。
「美しい・・・・・」


そして、自らもうっすらとではあるが汗をかき始めた身体を、更に強く激しく動かした。
その行為に追い詰められたのか。




ソロモンはベッドの上で跳ね上がるように、大きく身体を逸らす。


「ううああっ!・・・・っ!・・・ああああああああっ!」














いつの間にか高度を落とした太陽の光がベッドにも届く。
逃れる術も無く、成されるがままのソロモンの金糸が輝いた。


アンシェルは再び美しいと呟き、達し息を弾ませるソロモンにそっと口づける。
何度も。

「んっ・・・ふっ・・・・・んんっ・・・」

アンシェルの左手がソロモンの後頭部を押さえた。
角度を変え、唇が重なるたびに深くなる。

口づけの深さが増すにつれ、アンシェルの中の"何か"が再び蠢き出す。
"何か"は貪欲に欲する。


―――――もっと、もっと、見たい


正体の分からぬそれが求めるものがアンシェル自身にも解らず、自問する。


これ以上何を欲する?
どうしたいというのか?


"何か"は答えない。

ただ、己の性的欲求が更なる高まりを求めていることは感じられた。
ソロモン自身に触れてみれば、ピクンと身体を震わせ、アンシェルの手に
再びの硬度を伝えてきた。


もう一度深く口づけると、至近距離からソロモンの瞳を見つめた。
耳元で低く囁く。
「まだ、日は高いな」


怯えたように見開かれた眼に満足し、アンシェルはソロモンを抱き締めた。










―――――――――――――――――― アンシェル、それを愛情と云うのですよ