delusions00






「すみません・・・兄さ・ん・・・」




最後まであなたの手を煩わせてしまって





この期に及んでもなお
あなたに刃を向けるような

こんな愚かな僕でも
哀れんで下さるのですね

あなたが僕にくれた最後の言葉には
哀しみのニュアンスが入り込んでいたと
そう感じたのは
僕の思い上がりではないですよね



でも
僕はあなたに背いてしまったことを
今でも後悔はしていません

悔やまれるのは
ただ
僕に力が足りなかったこと







知っていますか
兄さん

あなたが命じた同属殺し
それは僕のあなたに対する信頼のある部分を崩壊させました
あれ以来
僕の心の中では時折冷たい風が吹き抜けるのですよ
それは止むことはないのです

小夜に対する異常なまでの敵意
荒事を好まないと言っていた
そのあなたが彼女にした仕打ち

それらによって
僕は
昔と同じようにあなたに接することが出来なくなりました

あなたの言葉を信じ
全てだと思い
あなたの為に行動することが
出来なくなりました


勿論
僕が小夜を愛してしまったことが一番の原因ではあるのですが


あなたが似合うと言ってくれた白を
もう二度と身に纏うまいと思うほどに

僕にはあなたの心の在り処が分からなくなってしまったのですよ
あなたの眼差しの先にあるものは何なのでしょうか
今の僕には見えません

















やはり
僕たちは間違っていたと思いませんか


兄さんも気が付いているでしょう


小夜たちには勝てない


武力なら
財力なら
権力なら

力だけであれば

僕たちは確実に
彼らになど
敗北することはなかったでしょう


でも
僕たちが蔑み切ってきた人間たちとの
あの優しくて暖かい関係には勝てません



これは今なら確信を持っていえます
やはり話し合うべきだったと

僕たちはともかく
ディーヴァを受け入れてくれる度量が
彼らにはあったとは思いませんか


本当に僕にもっと
力が
強さが
あったなら


















小夜をのこして逝かなくてはならない事は
確かに心残りではありますが
実はさほど心配はしていません

僕でないのは残念なのですが
ハジというシュヴァリエも居ることですし

それに

何より

あの人間たちに囲まれて生きていけるのなら
大丈夫だと思えるのです


















こうして再び
あなたの腕の中に入ることが出来るとは思いませんでした



ああ
あなたの腕は暖かい


不思議ですね
シュヴァリエとなったからには
体温は普通の人間よりかなり低い筈なのに


あなたの腕の中は昔と変わらず暖かいですよ


あなたに抱かれたことも
望んでそうなった訳ではありませんが

抱かれたことに対して
嫌悪という感情は今でもありません

どうしてでしょうね




今こうして思い返してみれば
あなたが僕にしてしてくれた仕打ちは
結構酷いものがあると思いませんか




でも

でも



知っていますか
アンシェル


僕はあなたの事が嫌いではありませんでしたよ











聴こえますか
アンシェル

もうあまり時間が無いみたいです
この言葉をどうしてもあなたに



「ありがとうございました、兄さん」








赤い石となり砕け散っていくソロモンの身体を支えていたアンシェルが身じろぎした
硬質な音が響く中に何を聴いたのか

























僕たちは遠からず滅びる

願わくば
アンシェル
あなたの最後も穏やかであらんことを